6.過去を知って ☆
夜が更けていく。
街道の往来は絶え、夕刻の喧騒が嘘のように静まり返る。風もやみ、耳に届くのは、森の奥から時おり響く袋鳥の声のみ。
「シール、眠くない?」
シールの肩にリリィが手を添える。「う、うん」、シールは答えたが、まぶたはうつらうつらと落ちかけている。もたれてもいいわよ、リリィがささやくと、シールは待っていたかのように体をリリィに預けた。
ハルは火の守りをしている。くべた枝がパチパチとはじけて静寂を破る。
「なあ、リリィ……おめぇ、この街に来たがってたよな」
「ええ」
「この街に来たのは……もしかしてマクベスに会うためだったんじゃねぇのか?」
シールがまぶたを上げた。
「……そうよ」
やっぱりな……ハルの心の声が聞こえた。ハルは続く問いの言葉を発しなかったが、隠しておくのもためらわれたのか。リリィは自ら語った。
「私はね……そう、ちょうどシールくらいの歳のころだったか……マクベスの子飼いの傭兵だったの」
「傭兵!?」
ハルが素っ頓狂な声を上げた。シールも驚き顔だ。
「傭兵と言っても、作戦行動は常に私ひとり。敵対した者は皆殺しにしたから、私の姿を見て生き延びた者はいない。マクベスとの連絡も地下通路を使って、会う時は一対一だったから、彼以外にこの国で私を知ってる者はいない。誰も姿を見たことがないから、世間では『悪の大魔導士』なんて陳腐な呼び方されてたみたいだけど」
『悪の大魔導士』のことはハルも知っていた。狙われたら村、町、国ですら消滅させられる。最も有名なのは四年前の『ゴヤ村の惨劇』だ。マクベスの支配を頑なに拒んでいたクーパス自治国の兵数千が、戦場となった村の住民ごと皆殺しにされた。その恐るべき下手人が、いま目の前にいる。
「マジかよ……」
「……『力』を持っていたころの私は何人でも殺せた。負ける気がしなかった。でもやりすぎた。結局その『力』はマクベスをも脅かすことになって……最後は『お願い』されて彼の元から去った。私のことを口外しないこと、以降の私に干渉しないことを条件に」
その後、リリィは人目を避けながら放浪し……ツォイボヤン山脈を西に越え、召喚士の村に流れ着いた。
「だから、口封じに行くのか?」
「最初はね。そう考えてた。でも……今は少し違う」
リリィは顔を上げた。
「辺境で名前も姿も、『力』も晒した。私の正体に気付いた者もいたはず。でも、何も変わらなかった。言っても辺境は王国の領地で、諸候領とは国が違う。そうだからか。それとも私の存在が、自分が思ってるほど大きくなかったのか。よくわからない。だから彼に会って、自分がどうするのか。何を言うのか。それもわからない。もちろん、殺しちゃうかもしれないけど」
問い詰めるようだったハルの目は、困惑に変わっていた。
「どう?私に愛想が尽きた?」
リリィの自嘲気味の言い草は、逆にハルの迷いを吹っ切れさせた。
「愛想も何も、あたいはおめぇのしもべになるって約束だからな。おめぇが従えって言えば従うし、去ねって言えばサヨナラするだけさ」
右手のひらを上に向ける『サヨナラ』の仕草にリリィの表情が緩んだ。
「シールは?どうする?街に行って私のこと言いふらす?だったらここで殺すかもよ?」
残忍なリリィの言葉。だがシールの瞳にも怯えはない。
「リリィがそうしたいなら、あたしはころされたっていいよ。でも……リリィはそんなことしないとおもう」
「ふたりとも、お人よしが過ぎるわよ」
リリィがくすりと嗤った。三人の笑顔が、心からのものに変わった。リリィが天を仰いだ。そこには変わらぬ闇、そして焚火の炎を映す木々の影があった。
「……じゃあ、そろそろ行きましょうか」




