5.作戦会議 ☆
街の喧騒から離れた大木の根元で三人は昼食をとった。マスクァの汁やら種やらで顔をどろどろにしていたハルは、小川で洗って戻ってきた。そして蛇のように、三つのミンナを次々と丸飲みにした。
シールは、ひとつしかないミンナすら食べきるのが大変そうだった。表情も浮かない。リリィから母の噂を伝え聞いたからだ。直截的な表現は避けたものの、利発で感受性豊かな少女には、だいたいの事情を推し測れたのだろう。
「『娘さんが会いたがってるから会せて下さ~い』って感じじゃないな」
彼女の言うとおり、問題は思いのほか厄介だった。夫を亡くして喪も明けないうちにほかの男になびく感覚は、シールには理解できないだろう。もしそうではなく、マクベスが権力でシールの母を虜にしているのなら、話はさらに面倒だ。大領主様が敵になってしまう。
「もうちっと踏み込んだ情報が必要だな」
ハルが言うと、リリィも「そうね」と賛同した。
「手っ取り早く、マクベスに聞いてみる?」
「はぁ?」
リリィの突拍子もない提案。ハルは両手を広げる。
「東の国の大領主様だぞ!どーやって会うんだよ!?」
「どうやっても何も、城に行って会えばいいんじゃない」
「その城にはどーやって入んだよ?」
「正面から」
「止められるだろ?」
「止められたら、排除すればいいだけ」
「……ダメだ。おめぇの『排除する』は、殺すってことだろ?」
シールの背中がビクッと震えた。ハルの胸には、バジリスク狩りの時、案内の少年を犠牲にしたことがまだつかえていた。
「門番や中の番兵たちだって、シールの親父さんみたいに奥さんや子供がいるかもしれないんだ。むやみに殺すなよ」
「……じゃあ、死人を出さないように会えばいいわけね」
※
リリィが頭上を仰いだ。屋根のように空を覆うセクタンギの大木。傾いた日の光はもはや届かず、底知れぬ淵のような闇を作る。
その闇の奥で、不意にガサガサと枝葉が鳴った。茂る若葉のあいだから、にゅうと人の脚が伸びる。皮のブーツにズボン。ハルだ。枝から枝へ、軽快に飛び移りながら降りてくる。樹上を住処とする生き物と見まごうばかりの身軽さだ。
「城の形はわかった?」
「だいたいな」
ここは城の西。城壁までは五十ルーテほど。なので樹上からは、城の大部分の領域が観察できる。
パンパンと手の汚れを払ってハルが立ち上がった時、森の奥からシールが戻ってきた。両手いっぱいに抱えた草は多すぎて、顎まで使って押さえている。
「これくらいあればいい?」
「十分ね」
携帯用の油と火打石でリリィが火を起こした。三人は、手分けしてシールが集めた葉を炙った。手のひらほどの大きさの肉厚な葉が炎に曝されると、冬枯れの呪いをかけられたようにたちまち緑を失った。それを布の袋に詰めていく。無論、そこいらの雑草を集めたわけではない。種類はリリィが指示した。野山での食料採取に慣れたシールの知識と経験が活きた。
「火矢はできてる?」
「……肌着は買ってくれよな」
心もとなさそうに腕を胸に当てたハル。脱いだ肌着を割き、矢に巻く。用意した矢は二本。一本は予備だ。リリィは地面に枝を並べ、城の見取り図を作った。
「城壁の高さはどれくらいだった?」
リリィがハルに尋ねた。ハルは手のひらを上下させて答えた。
「三ルーテ半だ。外に衛兵がいたから間違いねぇ。正面よりは少し低いな」
「中の様子は?」
「手前過ぎて直には見えないが、塀の中にもたぶん衛兵がいる。北西の角と南西の角に。交替の様子からすると三人一組だ。建物は高い塔を除けばだいたい二階建て。西向きにバルコニーがあった」
「ここね」
リリィが見取り図の上に小石を置いた。バルコニーの北端だ。そして南端にももうひとつ。その、ふたつ目の石がハルとシールに違和感を与えた。丸く滑らかなひとつ目と違う、いびつな形のせいか。それともそれを置き、まだ指を離さないリリィの仕草のせいか。案の定、勿体ぶった手振りで三つ目の石を取り上げたリリィは、それをふたつ目の石のすぐ横に置いた。建物の内側だ。
「マクベスの居室はここ。このバルコニーの奥よ。そしてシールのお母さんも……恐らくそこにいる」
「えっ!?」
驚くシール。ハルも怪訝な目を向ける。
「ずいぶん不用心なところにいるな」
「普段の居室は南側の棟。ここは……まあ、私的な部屋ね。部屋には隠し通路があって、地下道に行ける。地下道は南に半カロルーテほど続いて森の中に出る。どこの城にもある、緊急用の脱出通路ね」
「なんでそんなこと知ってんだよ?」
「ちょっとね……マクベスとは昔縁があってね」
ハルの視線がリリィを射る。リリィが言う、彼女と大領主との『縁』。それが何かは気になった。だが今それは大事ではない。重要なことは、三つ目の石で示されたマクベスの居室、そこにどうやってたどり着くかだ。
「で、作戦は?その地下通路から入んのか?」
「それは無理よ。封鎖している大きな石の扉を中から開けてもらう必要がある」
「じゃあどっから入るんだよ?」
手にした枝でリリィが指したのは、最初に置いた石だった。
「ここに、直接」
「はあ?」
ハルの語尾が上がる。そこはバルコニーの北端だ。
「二階だぞ、そこ。城壁を乗り越えて、しかも建物の二階にどうやって行くんだよ?」
「……シールの力を使えば」
シールが顔を上げる。
「あたしの……ちから……?」




