4.母のうわさ ☆
翌朝も、にぎやかな朝食の準備が始まった。外出のため、弁当も作られた。ミンナは保存が利かないが、日帰りの行程なら十分だ。シールはひとつ、リリィはふたつ、ハルは三つ。蔓で編んだバスケットに詰め込んでシールが持った。
朝食後、一行は出発した。
「さあ、いよいよ乗り込むぜ!領主様の街によ!」
ハルが大げさな動作で拳を上げた。その後ろをリリィとシールが並んで従った。リリィは腰下まである薄手のケープを羽織っていた。ローブが暑かったので脱いで行きたかったが、布服だけでは片腕が目立ってしまう。そのためシールに借りたのだ。彼女の母親の物だろう。シールは昨日と同じドレスだった。
この季節、雨が降ることも少ない。春の陽気のもと、一行は昼前には街近くに到着した。
前方、街道の右手に一本の高木が見えた。セクタンギと言う種類の樹木だ。真っ直ぐ伸びる太い幹は、大型の木造建築物の柱としてよく利用される。高さは二十ルーテにもなる場合がある。そしてその孤高の樹形こそが、目的地を示す目印だった。
「マクベス公の治める諸候領の中心都市、ザカヴァね」
諸侯がいなくなった今、『諸候領』と言う表現はもはや適切ではない。ただ統一から一年、その呼び名は依然一般的だった。マクベス自身は元の自国『マクベス国』を改め『マクベス公国』を正式な国名と定めた。『王国』としなかったのは、統一に当たって後ろ盾となった大平原の『王国』に遜ってのことだった。
そしてその首都たる中心都市、ザカヴァには、街を囲う城壁も、頑強な城門もなかった。元々はキシュル同様、東西を貫く街道沿いの宿場町だった。商業施設は賑やかだが、国としての産業は農業や林業が中心だ。農業には土地が必要だし、木を切るには森がいる。またシールの父のような軍人も多くは郊外に居を構えているため、人口が分散しているのだ。建造物も、街道沿いに細長く集まる程度だ。
そして街が無防備なのには理由がある。ハルは街道を望んだ。春霞と往来が巻き起こす砂塵に曇る視界の先に、屹立する尖塔が見える。
「あれが領主様の城か?」
「そうよ」
リリィが短く答えた。塔は右側、すなわち街道の南側に位置していた。視線を下げると、高い城壁が行き交う人々を威圧していた。城は一辺が二百ルーテほどの正方形で、全周を強固な城壁で固めていた。有事には街の住人全員を収容でき、かつ長期戦に備え、水や食料の備蓄施設を地上にも地下にも有していた。
※
賑わう街で、リリィとハルは情報収集を開始した。商品を物色するふりをしながら、まずは領主の評判を探った。商業を重視する領主マクベスは、商売人たちからはおおむね好評なようだった。征服されたはずの隣国から来た行商人の中にも、自らの征服者を悪く言う者はいなかった。
シールの父親が亡くなった、昨年の戦いのことも聞いて回った。戦闘は海に近い、東の最果ての地で起った。最後まで服従を拒否していた小国を攻めたが、いざ刃を交えると敵勢はわずかで、リリィが伝聞で得ていたとおり、半日を待たずして決着してしまったらしい。
実際に従軍した者にも話を聞けた。戦死したのは有能な将軍だったが、敵部隊の側面に回り込む最中に待ち伏せに遭ったとのことだった。マクベス軍は十倍の戦力を有しており、わざわざ陽動に兵を割く必要もなかった。戦いのあまりにあっけない幕切れに、将軍は犬死にだったのではとも囁かれていたらしい。
果物の露店があった。スカーフを巻いた恰幅の良い婦人の前で、赤、黄色、緑、茶、紫……色とりどりの果実が円錐の山を作っていた。
そんな中、ひときわ大きな緑の果物があった。ひと抱えもあるその果実はマスクァと言う品種で、シールですら、生まれてこの方口にした機会を全部言えるほどの高級品だった。
「一コ三万八千ソリタぁ!?」
値札を見たハルが卒倒した。
「あら、美味しそうじゃない。人数分貰おうかしら」
「ままままままままマジかよ!」
「お嬢ちゃん、太っ腹だねぇ!」
資金は豊富だ。話好きそうな露天の婦人はほくほく顔だ。うおおおおおお、ハルは動物のような雄叫びを上げた。
「シール、食べたいものがあったらほかにも取って」
「うん、わかった!」
彼女も満面の笑みだ。リリィはロッドで、すぐ近くにそびえる高木を指した。
「ハル、あのセクタンギの袂でお昼にしましょう。先にシールを連れて行っててくれる?」
「おっしゃあ!行こうぜ、シール!」
「うん!」
ひとり残ったリリィは、会計しながら、他の店と同様領主の評判を尋ねた。マスクァ三個プラスその他諸々、総計十二万ソリタお買い上げの上客に口が軽くなったのか、婦人はお決まりの賛美に続けて、少し声をひそめた。
「……でも最近は、新しい妾に入れ込んでるとか」
「妾?」
「それも、去年の戦争で亡くなった部下の奥様だったって言うから……」
懸念どおりの情報。
「正室はいるんでしょう?何をしてるのかしら?」
「お妃様は数年来病で臥せっておられてねぇ。長らく側女も置かず、お妃様一筋かと思ってたんだけど、お世継ぎも出来ず、戦も終わって気がお緩みになったのかねぇ」
足元の小箱に金貨をしまい、大事そうにふくらはぎで挟んだ婦人が顔を上げた。
「おっと、今のはあたいが言ったってことはナシにしておくれ」
慌てる婦人にリリィはロッドを軽く上げて了解を示した。




