2.かみむし ☆
ハルと子供が作る料理だ。豪華なものでも、凝ったものでもない。それでも湯気を上げる温かな食事は、旅が続いていたリリィの心と腹を満たした。欠けたところひとつない、陶器や銀の高価そうな食器が、素朴な夕食に彩りを添えた。
「お母さんは街に行ってるって言ってたけど、何をしてるの?」
リリィは、気になっていたシールの母親のことを尋ねた。幼い魔法使い見習いは、表情を変えることもなく答えた。
「わかんない。けど、りょう主さまのおうちにいるって」
『りょう主さま』――すなわち領主様は、この東方諸侯領を治めるマクベス公のことだ。
ツォイボヤン山脈より東の土地は、貢献と服従を条件に、いにしえより王国から独立を認められてきた。かつては幾多の豪族が割拠し、また豪族に対抗する町村は集まって自治国を形成していた。その中から頭角を現した現マクベス公が、王国の後ろ盾と軍事力を背景に周辺の諸国から従わせ、そして去年の戦いを最後に諸候領を統一した。シールの父親が戦死したのは、その戦いだろう。主の野望の成就を見届けられず逝った無念が慮られる。
だがその戦いも、事実上刃を交わす前には決着していて、激しい戦闘はなかったと聞いている。だからリリィには引っ掛かるものがあった。また城に入っているという母親のことも気になった。戦争未亡人が、主君の城で何をしているのか。その点はハルも気になったようだ。
「おふくろさんがいる街って、ザカヴァのことか?」
シールがうなずいた。ザカヴァはマクベス公の居城がある街だ。そしてその場所こそ、リリィとハルの次の目的地だった。
「ここからならもうだいぶ近いわね。五カロルーテほどかしら。半日もかからない」
「うん。だからあした行ってみようよ!おねえちゃんたちは、こんやはうちにとまっていって!」
シールの目が輝く。子供ひとりでも行けない距離ではないが、出づらかったか、あるいは家にいるよう言いつけられているのか。それが同伴者を得ることで街に出られ、もしかしたら母親に会えるかもしれない……そんな根拠のない希望を抱いているようにリリィには思えた。ハルも同感だったようだ。
※
食事が終わると、シールはふたりを寝室に案内した。
ガラス窓から差す月の淡い光に、室内がぼうと照らされた。衣装掛けにドレッサー。鏡は上部を丸く加工してあった。簡素だが、上品な意匠だ。そして並んだ二人分のベッド。ここは夫婦の寝室ではなく、客間のようだった。頻繁に使われていた様子はない。月明かりの元、寂しげなその空間は、久方ぶりの客人に困惑しているようにも見えた。
「すげぇ!ふかふかのベッド!お姫様みたいだぜ!ウヒョーーーッ!!」
そんなリリィの感傷を台無しにするハルの奇声。ベッドに飛び込もうとする彼女をシールが制する。
「ちょっとまって!」
「な、なんだ?」
「……おねえちゃんたち、かみむしいない?」
「あー」
かみむし――すなわち『髪虫』とは、頭髪に湧く寄生虫だ。目を凝らして見ないと気付かないような小さな白い虫で、健康を著しく損ねるような害はないが、痒みから、不眠や引っ掻き傷の化膿を起こすことがある。
そしてボリボリと後頭部を掻くハル。
「そういや最近、頭が痒ぃんだよな」
「ちょっ……!」
リリィはのけ反り、半歩引く。
「こんなところで掻かないでよ!うつるでしょ!」
髪虫は、刺激すると飛んだり跳ねたりして周囲の者に感染する。
「ああ、悪ぃ悪ぃ。おめぇみたいな髪の長い奴に湧いたらシャレなんねーな」
「長さの問題じゃないわよ!」
「シールのかみは白いから、かみむしがいてもわからないんだよ!」
「ああ、私もなんだか痒くなってきたわ!」
暗がりに溶ける長髪に手を遣り、汚い物を見るようなリリィの表情にもハルはどこ吹く風だ。シールが声を張り上げた。
「……湯あみのじゅんびするから!」




