6.ざわめく宿場町 ☆
宿場町に戻ったリリィは、薬屋に余る髄液を売ろうとした。だが狩りの成功を信じてもらえない。
「バジリスクの髄液だァ?」
リリィの売り込みに、カウンターの奥の店主は片眉を吊り上げた。眉間や頬に刀傷。カタギ者に見えない風体だ。
「そう。買ってほしいの」
「ペテンもたいがいにしろ!」
怒鳴って泳いだ眼がリリィの右腕を捉える。途端、眉に宿る蔑み。「ははーん」、店主は鼻を掻きながら吐き捨てた。
「お前ら物乞いだな。物乞いは物乞いらしく、道端で座ってろ!」
「あんだとォ!?」
身を乗り出すハル。
キシュルのような賑やかな街では、四肢を欠損した者が路端で物乞いをする光景は珍しくなかった。特にこの東方諸候領では、近年まで領主同士の小競り合いが続いていた。そのような戦で負傷し、普通の生活を営むことができなくなった結果、物乞いに身をやつす者も少なくなかった。リリィの欠けた腕を見た店主は、彼女をそんな物乞いたちのひとりと思ったのだろう。
ハルは、ワル風の店主にもひるまず殴りかからんばかりの勢いだ。だが当のリリィは涼しい顔だ。
「あら、そう。じゃあほかを当たるわ」
ふたりは別の薬屋を訪ねた。しかしそこでも、物腰こそ違えど、相手にされないことに変わりはなかった。
「おいおいお嬢ちゃんたち、大人をからかうのもたいがいにするんだよ」
鉱石を鑑定していた壮年の店主は言った。リリィは背中の麻袋を下ろした。
「じゃあ、これで信じてくれるかしら?」
ゴロン、硬さと重みを感じさせる低い音がカウンターの上で響いた。
「なんだ?石像か?」
リリィが置いたのは、折れた石の腕だった。ハルが水筒の栓を抜き、リリィに手渡した。彼女は中の液体をその腕にかけた。
「ちょっ……」
カウンターに水気を撒かれて店主は止めようとしたが、すぐに息を吞んだ。灰褐色の腕が液体に反応し、赤黒く変質していったのだ。固まっていた手首と指が、だらりとしだれた。
「ほ、本物なのか!?……」
店主はおそるおそる、腕を指で押した。柔らかいが弾力はなく、指の形のままへこむ。腐敗臭がする。
「……いくら欲しい?」
「百万ソリタ……と言いたいところだけど、何十枚も金貨を貰っても重たくて仕方ない。二十万ソリタでいいわ」
リリィはハルに合図した。ハルは店の前に繋いでいたロバから水筒を下ろし、カウンターに並べた。十五本あった。店主は目玉をこぼした。
「ちょ、待ってくれ!全部買う手持ちがない。ほかの店の者にも声を掛けさせてくれ!」
バジリスクを狩った者がいる―――
うわさは瞬く間に街に広まった。店の前に野次馬が集まった。店主は薬屋だけでなく、質屋や道具屋など、顔が利く者に声をかけ回って戻ってきた。その中には、リリィを乞食呼ばわりした男もいた。
「あら、あなたも買うの?」
「さ、さっきは悪かったな、つい疑っちまって」
ならず者風の薬屋は手をこね媚びる。滅多に世に出回らぬ秘薬の原料が格安で買えるとあらば、自尊心を投げ打つことなどお安い御用なのだろう。
結局、店主たちは金を出し合い、十五本全てを買い取った。割り引いたとは言え、総額で三百万ソリタ。旅の資金としては十分だった。リリィは安くしたんだからと薬屋に詰め寄り、石蠟癩の治療薬調合に必要な他の材料をタダで譲らせた。
宿に戻ったリリィは、さっそく薬を調合した。調合には、手元に残した四本のうち一本を使った。翌日には完成した。
「お母さんに持って行ってあげなさい」
しかしハルは、苦渋に満ちた表情で拒絶した。
「悪ぃ、リリィ……持って帰ってやりてぇのはやまやまなんだが……あたいは村には帰れねぇ」
「……………」
「あたいの代わりにおふくろに届けてくれ」
無理もない話だった。ハルは儀式を拒否し、村を捨ててきたのだ。戻れるわけがなかった。自らの浅慮をリリィは戒めた。
「わかった。すぐに出るわ」




