5.討伐 (2) ☆
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いくつかの集落を過ぎながらふたりは歩いた。交替でロバにも乗った。景色は次第に潤いを失い、飲み水を調達するのも難しくなった。
ツォイボヤンの山塊を左手に見ながら四日歩き、五日目の朝、ひとつの寒村に着いた。そこはかつて、『クーパス地方』と呼ばれた地域のはずれだった。『悪の大魔導士』――ほかならぬリリィであるが、その襲撃を受け八千の民兵を失った自治国家は、覇王マクベスの軍門に下った。
リリィは村を望んだ。むき出しの岩肌に寄り添って集まる粗末な石組みの家。砂埃に覆われた景色。彼女は自分の生まれた乾いた土地を想起した。
斜面を段々に切った畑に、耕す者の姿はなかった。少し登って探すと、ひとり、瘦せた少年が鍬を振るっていた。くたびれた様子の彼は、当初異邦の者に不審の目を向けていたが、二、三言交わすとみるみるその目を輝かせた。彼は山の方を指さし、興奮した様子を見せた。
リリィは少年を、二十万ソリタで雇うことに成功した。二十万ソリタは、五、六人の家族が半年食える大金だ。ハルは、リリィが巾着から取り出した十万ソリタ金貨に目を見張った。生まれて初めて目にしたからだ。
少年は、山中でバジリスクを見たことがあるという。ふたりは彼に従い山に入った。道はなく、岩と小石だらけの不毛の斜面を、何度も足を滑らしながら上を目指した。
這いつくばるように登って半日。突如視界が開けた。切り立った崖に挟まれた谷。草一本ないこの場所で、少年はバジリスクを目撃していた。リリィは尖った岩にロバをつないだ。少年はふたりを置き、見晴らしの良い高台へ上った。獲物を探すためだ。
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そこは、『死の谷』とも形容すべき場所だった。
動くものの姿は何ひとつない。見渡す限りの荒漠たる空間。自分の足音が耳に障るほどの静寂。風もなく、よどんだ空気はどこか不快な臭気を漂わせる。
リリィは地形を確認した。目の前に、背丈の倍ほどの大きな岩があった。身を隠すにはそこがいいだろう。離れた右手の崖の上に少年の姿が見えた。視線を下げると、崖下に別の目立つ岩がある。不自然に凸型をしたものだ。ハルの射程距離を考えると、獲物を迎え撃つならあのあたりか。
リリィはハルを呼び寄せ、作戦を伝授した。ハルは頷いた。リリィは崖の上に回り、少年と合流した。残されたハルは、谷底で手前の岩陰に身を潜めた。
どれほどの時間がたっただろうか。
日は西に傾きつつあった。本当に獲物は現れるのか。それとも空振りなのか。そう思いかけたころ、岩が崩れる音がした。ブーツの底に響く、引きずるような振動。
(来た!)
だがハルは岩陰から動けない。音の位置と変化からわかる。間違いなく、自分は獲物の真正面にいる。それが理由だ。
(トカゲの目なんか両側についてるだろ。正面なんか見えんのか?)
(だったら真ん前に立ってみる?)
ハルはリリィの言葉を思い出していた。バジリスクの視界は厄介だ。真後ろ以外に死角はない。不用意に姿を見せれば、たちまちその眼光で石にされてしまう。
鼓動が高鳴る。弓を握る左手が震える。
リリィの授けた策をハルは反芻した。作戦はこうだ――バジリスクに対し、ハルが正面、リリィと少年が側面になるまで待機する。今、現れた獲物がこのまま前進すれば、ほどなくそうなる。その時、リリィが音でバジリスクを誘う。釣られたバジリスクは頭を横に振る。そうすると、ハルがバジリスクの頭部に対し側面の位置になる。つまりバジリスクは右目をこちらに向けることになる。そこでまず、ハルがその目を射る。
するとバジリスクは、自分の攻撃者を探そうと今度はこちらを見るはずだ。つまりリリィがバジリスクの側面になる。そこでリリィが残った左目をロッドで打つ。両眼を潰せば、これで石にされることはなくなる。あとはどう仕留めるかだ。バジリスクの硬いうろこを矢で貫くのは無理なので、リリィがロッドで撲殺する算段だ。
緊張が倍加する。ハルは崖を見上げる。身を伏せて、獲物を伺うリリィのローブが見える。彼女の視線は、まだ谷の奥を向いている。動くには早い。
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初めて見る威容に、リリィも拍動の高鳴りを抑えられなかった。
岩陰に潜んでいたのか。不意に姿を現した怪物。石のような無数のうろこをまとい、尾を引きずってのし歩く大トカゲは、体長十ルーテほど。少年によると、彼が見たものはこの倍近くだったらしい。ならば眼下のそれはまだ若い個体か。獲物としては組みしやすいかもしれない。
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