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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第2部 第4話 射手の憂鬱
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3.誇れるものは ☆

 飛び越えられるほどの幅のせせらぎ。透き通った水がそよそよと石を洗う。

 ズボンが濡れるのも気に掛けず、ハルは膝を突き、清水をすくう。顔を洗い、何度も喉に送る。満足すると、動物のように頭を振ってしぶきを飛ばした。


「ああ、さっぱりしたぜ!」

 吹っ切れた様子で川向うを見る。

「……村は捨てるよ。あんな村何の未練もねぇ。貧乏で、人もどんどん減ってる。子供もな。歳の近いダチもいねぇし、恋人だって」

 そしてリリィに目を向ける。

「おめぇ、恋人いんのか?」

「いないわ」

 心に引っ掛かるものがなくはなかった。ただ、あの……谷あいの召喚士の村、そこを出てからすでに一年近く。日々の出来事が、かつての思いを上書いてゆく。

 リリィはハルの顔を見遣った。その目に、そんな自分の奥底を覗き込む裏心は見えなかった。リリィは心中で己を嗤った。自分くらいの歳の女なら、異性はそれなりに大きな関心事なのだろうか。こんな、()()()()()()には無縁そうな少女でも。


挿絵(By みてみん)


 ハルは、リリィのそばに腰を下ろした。

「……アーチャーの子孫だって言ったって、まともな腕の奴なんかいねぇ。それなのにプライドばっか高くて、()()()()にこだわって……あんなチンケな村、こっちから願い下げだぜ」

 シュッ、と一投。小石を投げる。水が跳ねる。この季節、まだそれに脅かされる魚もいない。川は一瞬でその刺激を洗い流す。

 リリィはハルの横顔を見る。川面に目を落とす表情は、彼女の言葉ほど晴れてはいなかった。


「……心残りがあるんでしょ」

 細い目が険しくなる。図星だったようだ。

「おふくろが……病気なんだ。ほとんど歩けねぇ。世話する奴がいないと死んじまう」

「お父さんは?」

「オヤジ?とっととくたばったよ。あのクソ野郎!」

「村の人たちは世話してくれないの?」

 普通の共同体ならば、そのような者が出れば対処するだろう。そのための共同体だ。だがハルは否定した。

「掟破りの親の世話なんか誰がしてくれるかよ」

「フレアって人は親切だったけど。今朝、ミンナをもらったわよ」

「ああ、フレアさんか……あの人くらいだな。まともなのは」

 リリィは思った。この少女が、別に村人から特別爪弾きにされているわけでもなかろう。言葉遣いは悪いが、嫌われるような性格とも思えない。

 想像はできた。先祖たちの威光と、それに比した自分たちの無力さ。空回りする自尊心。おのずと心がすさぶ。かつて自分が身を寄せた召喚士の村もそうだった。実り少ないツォイボヤンの東麓と言う位置(ロケーション)からくる貧しさが、それに輪をかける。


「で、何の病気なの?薬草の心得は多少はあるわよ」

 放っておけない気がした。だがハルは拳を握った。

「……悪ぃけど、おめぇには無理だ」

 唇を噛む。


石蠟癩(せきろうらい)だ」

「……………」


 石蠟癩は、四肢の先端から始まる病気だ。最初は冷たく、やがて蠟のようにこわばり、弾力がなくなってくる。皮膚が剥がれ、粉を吹く。進行すると、病変は体の中心部に向かう。そして末端は、今度は石化する。大抵は、全身が石になる前に衰弱死する。諸候領北部の風土病で、数は少ないが、発症するとまず助からない。まれに伝染することもあるため、世話も嫌がられる。土地によっては罹患者が山に捨てられることもある。村人たちの介護が期待できないのは、その病名のせいかもしれない。

 ただ、唯一の治療法がある。


「薬を用意してやりてぇんだ」

「あなた、作り方は知ってるんでしょうね?」

 リリィは驚いた。石蠟癩を治す薬、それは……

「知ってる……石トカゲ(バジリスク)、あいつの髄液から調合した薬しか効き目はねぇ」


 バジリスクは魔物の一種だ。人の手が入るような土地にはいないが、そこまで珍しい生き物でもない。遠くないツォイボヤン山脈の北部、分け入った山岳地帯の一部にも生息する。

 ただ、ひと睨みで人を石にする大トカゲを仕留めるのは容易ではない。リリィが文献を読んだり見聞きしたりした範囲では、偶然見つけた死んだばかりの個体から採取した例しかない。無論、そんなものから作った薬が流通しているはずもない。


「だったら……」

「……()()()()()()()()

 ハルは睨む。あたかも眼前に獲物がいるかのように。その横顔を見遣るリリィを少女は見返す。

「今おめぇ、あたいが正気かと思ったろう?でもあたいの気はふれてねぇぜ。()()()()()()()()()できそうな気がするんだ」

 少女は本気だ。疑う余地もない。なら……

「あなたは何ができる?」

「見せてやる」

 ハルは立ち上がった。矢籠から矢を取り出す。三本。そしてそれをつかんだまま、小川の手前の一本の立木を指した。それから腕を水平に動かし、向こう岸の二本。いずれも距離は二十ルーテほど。

「見てろ」

 彼女は弓を構えた。そして番えた。三本の矢を手にしたまま。弦が引かれ、弓が軋んだ。その動きが止まるか、止まらないか、その一瞬、彼女は力を解放した。


 タァン!


 バサバサバサ……

 逃げ立つ鳥たちの羽音。耳に届く音が川のせせらぎだけに戻った時。

「……………」

 三本の矢は、それぞれハルの指さした場所に、寸分たがわず突き立っていた。最初からそこに存在していたかのように。

「……あたいに誇れるものはこれしかねぇ」

「本物の的は動くわよ」

「わかってる。あたいがどんだけの鳥やケモノを殺してきたと思ってんだ?」

「話には聞いたことあったけど……実際にできる人を初めて見たわ」

「あたいも初めて見たぜ。杖で矢をはたき落とすヤツ。おめぇ、相当腕に覚えのあるロッド使いなんだろ?」

 召喚術を失った自分は、他人からはロッド使いに見えるのか。リリィは思った。ハルはリリィに正対すると頭を下げた。

「頼む!手伝ってくれ!」

 その願いは本物か。

「報酬は?」

「金はねぇ。あたいに払えるもんはないよ……身体で払う」

「売春でもするの?」

 リリィのいたずらな問い。ハルは()()()になると、今度は自分の下腹部をバシバシ叩いた。

「あたいはこう見えても生娘だよ!んなことすっか!」

 そしてこぶしで胸を突く。

「手伝ってくれたら、あんたのしもべになる。自由に使ってくれ」

「じゃあ、失敗したらどうする?」

「……村に帰る。頭を下げて、謝って、儀式を受けて……おふくろの世話をする」

 真摯な表情に偽りの影は見えなかった。リリィは表情を緩めた。

「わかったわ。その仕事(クエスト)、受けましょう」


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