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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第2部 第4話 射手の憂鬱
43/228

1.儀式の朝 ☆

■物語の舞台

挿絵(By みてみん)

アレスの元で半年を過ごしたリリィは、ツォイボヤン山脈を越え、東方諸候領に入ります。アーチャーの村を過ぎ、最初の宿場町・キシュルを目指す彼女は、その途中でひとりの痩せた少女と出逢います。


■登場人物

・リリィ

 召喚士の少女。死霊を宿していた右腕と共に召喚能力を失うが、ロッドと剣の腕前は健在。


・ハル

挿絵(By みてみん)

 アーチャーの少女。儀式から逃亡中、リリィに出逢う。


・フレア

 アーチャーの村に住む親切な婦人。


・ミルラ

 ハルの母。


■その他

・ミンナ

 炊いた穀物を丸めて固めた携行食料。我々の世界で言うところのおにぎり。


・1ルート(複数形『ルーテ』)

 距離の単位。約1.8メートル


・1カロルーテ

 距離の単位。1カロルーテ=1,000ルーテ≒1.8キロメートル


・1ソータ(複数形『ソリタ』)

 通貨の単位。約0.5円。ただし食料や日用品は、我々の世界より概して安価。


「おや?」


 牛の歩み、とはゆっくり進むものの例えだ。

 その例えのまま、のろのろと牛の手綱を引いていた婦人が足を止めた。畑を鋤いていたのだろう。中年女性特有のシルエット。衣装は質素なワンピースに前掛け。農作業をする成人女性としてはありきたりな格好だ。頭に巻いた、赤を基調とした鮮やかなスカーフだけが、早春の単調な農村の風景に彩りを添える。

 顔を上げた婦人の視線は、旅姿の少女を捉える。褐色のローブをまとい、腰には長剣。長いロッドを杖代わりに突いている。腰まである黒髪が柔らかな風に泳ぐ。



「お嬢ちゃん、山越えて来たんかい?」

 声を掛けられ、少女が立ち止まる。振り向く体に右の袖が遅れて従う。そこから覗くはずのものがない。婦人の目に憐みの色が浮かぶ。

「あらまあ、片腕かい?不自由だろうねぇ」

「お気遣いなく」

 少女は口元を緩めた。婦人が前掛けで手を拭い歩み寄った。

「これ持っていきな」

 懐から取り出したのは、木の葉で包んだミンナ。炊いた穀物を丸めて固めたスタンダードな携行食品だ。

「塩を振ってある。このあたりの岩から採れる塩は美味しいよ。水筒は持ってるね。もう少し降りたら井戸があるから、水も汲んでいきな。文句を言われたら『フレアに許可をもらった』って言えばいい」

「ありがとう」

 少女は手にしていたロッドを肩に立て掛け、空いた左手でミンナを受け取った。軽く会釈したあと、腰の巾着に入れた。

「このまま下れば街道に出られるよ。迷うようなところはないさ」

 少女はまつ毛を伏せ、再度感謝を表した。暖かな風が土の匂いを運んだ。少女はロッドを握り直し、緩やかなあぜ道を下っていった。ローブの裾から覗くサンダルのかかとが、まばらな葉を付ける木立の向こうに消えていった。



 ※


挿絵(By みてみん)


 仄暗い小屋に立つ少女の口元は固く結ばれ、震えていた。

 握った拳。吊り上がった肩。体のこわばりがわかる。

 壁には二張(ふたは)りの弓。木材を組んだ弓掛(ゆが)けに掛けられている。大きいもの、そして小振りなもの。大弓は一ルーテをゆうに超える。見事なものだ。それを扱う者の屈強な体躯を想起させる。(つる)を張るだけでも数人がかりになろう。

 ただ、その弦がない。張力がかからず、弛緩した弓はどこか空虚だ。砂埃すらかぶっている。小振りのものだけ、射手の存在を感じさせる。足元に矢籠がひとつ。雑に立て掛けられている。中の数本の矢は短い。その小さな弓で使う物だろう。


「さあ、そろそろ行きなさい」

 女性の声がする。低い位置からだ。臥せっているのか。弱々しい声が少女を促す。だが足は土間に貼り付き、離れない。

「怖いのはわかるけど、この村の女はみな通る道よ。四年前はミスリアも受けたじゃない」

「うう……」

 拳の震えが大きくなる。靴底がジリッと砂を噛む。


 その時、戸口の向こうから声がした。別の婦人の声だ。

「準備はまだかい?」

 急かす声が火を着けたのか。少女の感情が爆ぜた。

「おふくろッ!」

 左手が小振りな弓を引っつかむ。はずみで大弓が倒れる。それを直そうともせず、少女は矢籠の肩掛けつかみ上げる。

「すまねぇ!」

「ハルっ!」

 少女が飛び出した。きゃあ、と外で猫を蹴飛ばしたような声。

「どうした!?」

 悲鳴を聞いて駆け寄る男たちに、尻もちをついた婦人が集落の出口を指す。

「ハルが、ハルが!」


 ――()()()()()()()ーーーーーッ!!


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