8.皆殺しの宴 (3) ☆
「大丈夫、アレス?」
「お前さん……」
「お母さんからもらった衣装、血だらけになっちゃった。もう駄目ね」
そしてエウロペに駆け寄った。だが何度も抱いた白く大きな体は、すでに冬の空気に熱を奪われ、固くなり始めていた。
「ああ、エウロペ……ごめんなさいね……」
リリィは、草むらに倒れる男たちを一人ひとり検めた。息があればロッドで頭を潰した。武器や防具、装飾品など、金目のものは剝ぎ取った。死体は森のくぼ地に投棄した。彼女は大の男の死体を軽々と担いで運んだ。アレスも手伝った。そして最後にエウロペの亡骸を丁重に埋葬した。
「とんだ誕生月の宴になってしまったわね」
日はすでに傾いていた。倒木に腰掛け、アレスはリリィを見上げた。彼女は血に染まった衣装を茜雲に重ねていた。彼の心は複雑だった。娘のように愛らしかった少女が繰り広げた殺戮劇。草に染み込んだ血糊の臭いがまだ消えない。
「……巻き込んで悪かったわね。エウロペにも可哀そうなことをした」
「仕方ないわい」
「こいつらの一党は一網打尽にしたと思うけど、また別の野盗どもが襲ってこないとも限らない。でも大丈夫。あなたは私が守るわ」
その言葉がアレスにはこの上なく嬉しかった。
しかし同時に、彼は悟った。日に日に膨らんでいた畏れ。眼前の少女との平穏な暮らしが、永遠に続くわけではないことを。
「それには及ばん」
空を見ていたリリィが視線を落とした。乱れたまばらな白髪。だがその眼光に宿る魂は、決して老いさらばえてはいなかった。
「お前さんは用事の途中なんじゃろう。ここに留まってはいかん」
彼は知っていた。
こんな時間……日が傾き、空が朱に染まるころ……リリィは山を見ていた。西日を浴び、金色に輝くツォイボヤンの山塊。その向こうに馳せる想い。そのことに気付かれていることを知ったリリィに浮かぶ悲しみを癒すかのように、彼は目尻に皺を寄せた。
「なあに、野盗どもに殺されんでも、この老いぼれ、あといくらもせんうちにくたばる。年寄りの数年に、若者の数日ほどの価値もないわ」
豪快に笑った。
リリィは悟った。それが決して本心でないことを。しかし同時に、それはアレスからの救済でもあった。安らかな時間を過ごしながら、忘れかけていた、なさねばならぬことへの想い。その棘はチクチクと彼女の心を刺す。
そして……
(リリィ、新たな契約を結ぶのだ)
ロッドを握る左腕を見る。いま自分が頼れるのは、この片腕、二本の脚、そして……
(私のサンダルの緒は、まだ切れてはいない)
野心か、欲望か。あるいは暴力と破壊の衝動か。今しがた感じた、命の炎を潰えさせる快感。決して誇れるものでも、称賛されるものでもない自分の内面は、一方で意志の力を焚き付ける薪となる。歩き出さなければならない。
「若い日の時間を無駄にするな」
背中を押すアレス。リリィは目を閉じた。
それはその言葉への同意と、感謝の沈黙だった。




