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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第3話 召喚士の休日
34/228

4.待ち伏せ (2) ☆

 ゆるゆると坂を上る。街道の右は切り立った崖だ。漆黒の空間には、昼間ならマチャの森が広がっているだろう。左手は低木の林。もっと登れば、それすらなくなり、わずかな山の草花のほかは、岩ばかりの不毛な景色になる。

 

 ホウ、ホウ……

 林から袋鳥(ふくろどり)の声がする。聞き慣れた鳴き声だ。だが、リリィの表情が険しくなった。歩を止め、耳を澄ませる。


 ホウ、ホウ……

 同じ場所から鳴き声が続く。彼女は全感覚を研ぎ澄ませる。マチャの森ならともかく、このあたりに袋鳥はいない。これは袋鳥の声ではない。


(前にふたり、後ろに……三人か)


「いるのはわかってるわよ!」

 威嚇の声を上げたその瞬間、林の中から人工的な赤い光が飛んで来た。松明(たいまつ)が投げ込まれたのだ。そして右手首に走る衝撃と激痛。


「うッ!」


(しまった!……)


 その矢がどこを狙ったものかはわからない。だがそれは、リリィにとって最も不幸な場所に突き刺さった。ロッドを握る右手首を、内から外に貫通したのだ。ちょうど、二本に別れている骨のあいだだ。痛みに手放したロッドが崖下に落ちた。しかも……


(腕輪が外せない!)


 貫通した矢が邪魔になり、腕の魔封環(サーリング)を外せなくなった。返しの付いた矢はそう簡単には抜けない。加えて折ろうにも鉄の矢だ。腕輪を外せなければ召喚術が使えない。いや、それが目的の射撃だったか。だとすれば恐るべき正確さだ。


「こんばんわ、お嬢さん」

 背後からの声にリリィは振り返った。


 現れたのは三人。前のふたりに見覚えはない。そして後ろに立つフードの男……顔すらマスクで覆ったその姿も記憶にない。だが、決して見知らぬ人物ではないはずだ。


「こ、こんばんわ、なんの用かしら?」

「ちょっと、お嬢さんに礼をしたいって人がいるんでね」

「そ、そう?」

 リリィは不敵な笑みを崩さない。

「心当たりが多すぎて、誰だかわかんないわ」

「そりゃそうだろうな」

 マスクの裏からのくぐもった声。前のふたりが道を開ける。後ろの男が進み出、フードを外す。そしてマスクも投げ捨てる。


「!!……」


 松明の明かりに浮かび上がる男の顔。その顔面は……ほとんど焼けただれていた。こわばり、変色した皮膚。崩れ落ちた鼻。破裂した唇。生気を保っているのは、右目の周りのわずかな部分だけ。


「お前は……生きていたの!?」

「舎弟はふたりとも黒焦げになって死んだがね。この格好は地獄にも嫌われたらしい。その()()()()右腕のせいで大やけど。おかげでふた目と見られない姿になっちまった」

「……………」

 背後にも気配がした。ふたり。飛び道具を持っているのはそのどちらかだろう。ロッドを握って立ち止まっていたとは言え、細い右手首を一撃で射抜く精度は驚異的だ。殺す気ならとうにできたはずだ。そうしないということは、別の目的があるに違いない。リリィは三年前のことを思い出した。この、眼前の男が自分に何をしようとしたか。身の毛がよだつ。


(剣を使いたいけど……左では握り直さないと。一度地面に置いて抜くか。いや……左足の甲に立てて抜き、振り返って後ろのふたりを先に始末して、うっ……)


 痛みに戦術がまとまらない。そして今ようやく気付いた。おぞましい姿の男は、何の武器も持っていない。両脇の男たちも、強大な力を有するリリィと対峙するにはあまりに心もとない、野盗たちの一般的な武装だ。つまり……


(後ろ!……)


 だが気付くのがほんの一瞬、遅かった。


 ドスゥッ!


「グアアアアアアアアッ!!」

 夜の山道に絶叫がこだました。


「ぎゃああああああああああああっ!!」


 射抜かれた手首とは比べものにならない激痛が右上腕部を襲った。思考が飛んだ。うずくまって、剣を抜きかけた手で反射的に衝撃の部位を押さえるが、生温かい液体の手触りしかわからない。


「ひぎいっ、ひぎいいいいいッ!!」

 リリィは地面をのたうち回った。そして右肩にぶら下がった、質量のある、それでいてもう自らの意思で制御できない部位の存在を感じた。


「無様に地面を転げまわるのはどんな気持ちだ?」

 歪む視界に脚が見えた。見上げると、岩のような体躯の男。手にした斧の刃を紅に染めるのは松明の炎か、それとも自らの血か。

()()()をする右腕は切り落としちまわないとな」


(!……)


 大男が左脚を上げた。もう斧は必要ない。骨まで砕かれている。足で体を踏みつけ、引きちぎるつもりだ。


「ウガアアッ!」


 渾身の力をリリィは振り絞った。

 忌々しい靴底が背中を蹂躙する寸前、彼女は身を転がした。腕を引きずる感触を彼女は感じた。刹那、体重が消えた。直後、全身を何度も打ち付ける衝撃。


挿絵(By みてみん)


「しまった!」

 やけどの男が叫んだ。地面が闇に消える淵。その際に立ち、男は漆黒の空間を見下ろした。


「あーあ、落ちちまった」

「腕を切られてここから落ちたら助からんだろう」

「ちぇっ、若い娘を無茶苦茶できると思ったのによお」

「……………」

 冷えた山の夜風が吹き抜けた。マントの裾が翻った。男はフードをかぶり直し、投げたマスクを拾った。


(女……絶対に逃がさんぞ……)


 ……………


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