3.忍び寄る影 ☆
宿場町・マチャルテは、ウスバロからさらに一日、東に歩いた場所に位置する。周辺には『マチャの森』と呼ばれる森林が広がり、東に進むと、いよいよツォイボヤン山脈を越える険しい山道が待つ。
ツォイボヤン山脈は、すなわち王国直轄地の東の境界である。その向こうは、かつて豪族たちが割拠した『東方諸候領』だ。これから山脈を越えようとする者にとって、マチャルテは険しい国境の関門に備える場所だ。一方山を越えてきた旅人にとっては、心と体の疲労を癒す安息の地でもある。
「……………」
宿屋の二階、リリィは窓辺に腰掛け、煙霧にかすむ町並みを眺めていた。
雨期、ツォイボヤン山脈を越えるのは困難だ。峠区間の天候が不安定で、危険だからだ。ひどければあと半月、この町で足止めを食わされる。
灰色の町並みに目を遣りながら、リリィは生まれて初めて『孤独』に苛まれていた。
「……………」
リリィの目は、何かを捜していた。遠く、町が霧の中に消えるあたりを。何を捜しているのか?隙を見せれば心に浮かぶ、あの少年の姿か。自分を愛した、たったひとりの……
目をつむり、リリィはかぶりを振った。
認めたくなかった。離別した人を想い、孤独を感じるようでは並の人間と変わらぬ。自分はそれほど心弱い存在なのか。
思いに耐えられなくなり、彼女は傍らのバイカヴァルを手に取った。歌口に唇を添える。夜の町に高く、低く響く、物悲し気な笛の音。その音色に溶けた感情を汲み取れる者はいたか。否、道行く者はみな、音の源を一瞥するだけで足早に過ぎて行く。
だが、たったひとりだけ……窓辺に掛ける少女を凝視する人影があった。物陰に潜むその影は、マスクから覗く眼光で少女を射抜いた。
「ついに見つけたぞ……」
人影はマントを翻し、夜の闇へと消えていった。




