1.街道上の出来事 ☆
■物語の舞台
第3話は、第2話の舞台となったウスバロの町付近で起こった昔の出来事からスタートします。そのひとつ東の宿場町・マチャルテに逗留していたリリィは、雨期が明けるのを待ち、さらに東へと旅立ちます。しかしその道中、悲劇に見舞われます。
■登場人物
・リリィ
右腕に死霊を宿した召喚士の少女。
・アレス
森に住む老人。傷付いたリリィを助ける。
・エウロペ
アレスの飼っている大型の老犬。
■その他
・1ルート(複数形『ルーテ』)
距離の単位。約1.8メートル
・1カロルーテ
距離の単位。1カロルーテ=1,000ルーテ≒1.8キロメートル
・1ソータ(複数形『ソリタ』)
通貨の単位。約0.5円。ただし食料や日用品は、我々の世界より概して安価。
「畜生!」
爪先がぬかるんだ街道を蹴飛ばす。水溜まりに映った青い月が跳ねた泥にゆがむ。よたった歩き方は、お世辞にもガラがいいとは言えない。
「俺は剣を抜かれたから殺したんだ、なあ!?」
「そうですよ、そうですよねえ!」
ならず者らしくない、ひょろっとした男がおべんちゃらな口調で応じる。反対側を歩いている小男も太鼓持ちか。うんうんと頷くが、男の怒りは収まらない。
「オヤジも年だぜ!『盗っ人はコロシはやっちゃいけねえ』なんてよ!挙げ句お前ら以外の舎弟も取り上げやがって、クソ喰らえってんだ!」
「アニキ、今日はもうそのことは忘れて、一杯やりに行きましょうや」
「おう!こうなったら憂さ晴らしでもしなきゃやってらんねえ!」
反対の足でまた地を蹴る。飛び散った土くれ。その弧を追うように顔を上げた時……視線が止まった。
みすぼらしいローブに身を包んだ少女がひとり。男の前方で、木の根に腰を下ろしている。野宿しようとしていたのか。うつ向いていた少女は、騒々しい声に顔を上げた。
「ほぉ」
歳は十二、三か。年齢に不釣り合いな無表情に、『アニキ』とひょろ長の男は下卑た笑みを浮かべた。視線を合わせるふたりに、小男は困惑の色を浮かべた。
「まだガキですぜ」
「この際どーでもいいんだよ」
『アニキ』が吐き捨てる。少女の顔がにわかに険しくなる。
「お嬢ちゃん、一人旅かい?」
ニヤつきながら歩み寄る男。気付いた時、少女の左右はふたりの男に塞がれていた。
「いけねえなあ。このあたりは物騒だからなあ」
そう言い放って一閃、『アニキ』が腰からダガーを抜いた。男はニヤけた顔を瞬時にすごませた。ヤクザ者お得意の顔芸だ。
「痛い目見たくなかったら大人しくしな!」
少女は何の反応も示さなかった。ただうつ向くと、そのままゆらりと立ち上がった。そしてローブのあいだから両手を覗かせた。黒い布の巻かれた右手首で、銀の腕輪が月光を反射した。少女はその腕輪を外した。途端、むせ返るような異臭。
「うっ!……」
男たちは鼻と口を覆った。少女は手のひらを見せ、小さく唇を動かした。
「ノーモーエンフラーム……」
「はぁ?」
何語か。耳馴れぬ言葉に『アニキ』は気の抜けた声を上げた。
「コムト」
「!!……」
ギヤァァァァァァァァッ!……
三人分の悲鳴が上がる。闇を焦がす赤い光が男たちの身を包む。
「グワワワアアッ!!」
「熱いぃぃぃッ!」
「だずげでェッ!」
人形がのたうち回る。月光とは明らかに異質な紅蓮の炎が、街道と、両脇の並木たちを照らす。
「グエェ、グウェェェッ!」
言葉にならない呻き。冷たい眼差しを向ける少女の耳に、それは届いているのか。やがて彼らは焼けただれ、力尽きた。くすぶっていた残り火が消えると、肉の焼ける臭いだけが残り、あたりは青い月の支配に戻った。『死の舞踏』を観終えた少女は、しゃがんで麻袋とロッドを取った。
(……愚か者)
一瞥ののち、少女は西へ歩き去った。月の光に浮かび上がった並木道が、その姿を隠すように呑み込んだ。
※
『東』の領主と袂を分かち、召喚士の末裔が住むと言う村を目指す少女の身に起きた出来事。東部辺境の交通の要衝・ポーシャンとウスバロを結ぶ街道上で三年前に起こったこの事件が、その少女――すなわちリリィの運命を大きく変えることになろうなど、その時の彼女は夢想だにしていなかった。
……………




