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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
プロローグ
3/228

1.ゴヤ村の惨劇 (3)


「うおおおおおおおおおおおおッ!!」


 雄叫びと共に大地を蹴立て、男は一気に間合いを詰めた。少女の切っ先は、その男の喉を狙う。後方に控える誰もが思った。あれだけ大きく振りかぶっては少女の思う壺だ。だがその瞬間、少女の左手が柄から離れた。

「ウワアアアアアアアアアッ!」

 幼い外見からは意外なほど低いうなりを絞り出し、少女が片手で剣を後方に振った。刀身は彼女の頭の後ろ。突きの動作は偽装(フェイント)だった。白刃は地面に平行な円盤を描き、男の頸をまさに両断せんと横から襲いかかった。


「おおおっ!!」

 雷鳴のごとき金属音。少女の振りかざした刃身は、男の両手剣により、彼の耳のすぐそばで受け止められていた。

「くっ……」

 太刀の衝撃に男は歯を食いしばった。それもそのはず。少女の剣は無傷のまま、その幅の半分ほども男の剣に食い込んでいたのだ。押された幅広剣は男の頬に押し付けられ、鉛直に血の筋を作っていた。軍勢にざわめきが起った。


「なんて剣だ……」

「あれは、全ナローカー鋼造りの剣だ」

「ナローカー鋼だけで剣を鍛えるなんて狂ってる」

「いやそれ以前になんて怪力なんだ!片手で鋼の両手剣をこぼすなんて!」


 鎧からむき出た丸太のような腕は、隆々とした筋肉の一本一本まで筋立っていた。少女の凶刃を受け止めるのにどれほどの力を要したか、容易に想像できた。もしその腕力がなければ、剣をこぼす代わりに自らの顔面を削ぎ取っていただろう。

「くっ……」

「……なかなかやるわね。この角度じゃ力が入らなかった。私の身長がもう少し高ければ、剣ごと首を刎ねてやったのに」

「お前がその言葉どおり首を狙ってくるのは読めていたぞ」

 ふん……口を尖らせた少女。だがその表情は、すぐに憎しみと闘志のそれに戻った。

「それがどうした!」

「ウグッ!」

 少女の爪先が男の内股を蹴り上げた。呻いた男が前屈みになった。

「くたばれっ!」

 呪いの言葉と共に少女は右腕を引いた。男の剣から離れた刃先が、瞬きする(いとま)もなく正面に突き出された。

「グエッ!……」

 細身の剣は、いともたやすく男の胴を刺し貫いた。背中に突き出た切っ先が月光を反射した。鮮血が刃に(まと)わりながら、自らの宿っていた体に滴り戻った。少女の腕力と妖剣の前には、赤銅(あかがね)の一枚板を打った胴も紙同然だった。身体を貫かれた感覚と共に、男は自らの四肢がその機能を停止していくのを感じた。薄れゆく意識の中で、男は背後の(ともがら)に最後の望みを託した。


(時間は稼いだ。第二波攻撃の準備はできたか……)


(はっ……)

 戦士の敗北に凍り付いていた長が我に返った。彼は剣を振り上げた。

「射手隊、一斉射、てーーーッ!!」

 弓の引手たちが再び礫を少女に浴びせた。少女は男の体を串刺しにしたまま、その広い肩幅の体を盾にした。鎧が矢を弾く音の中に、ズムズムと嫌な音が混じった。いくらかの矢が、むき出しの頭部や手足を貫いているのだろう。矢の雨は途切れることなく続いたが、物言わぬ男の体に守られた少女には、ただの一本も届かなかった。


「……………」

 攻撃が止んだ。少女が戦士の腹を蹴った。剣が抜け、男の体は背中から地面に倒れた。背や後頭部に突き立った幾本かの矢が、思い思いの方向にグニャリと折れた。少女は二度、三度、剣を振って血を切り、鞘に収めた。残忍な刃物の役目はこれまでだった。少女は背からロッドを抜いた。そして相対(あいたい)する軍勢を睨めつけた。六百人の射手隊は矢を射尽くしていた。遠隔攻撃の手立てを失い、木偶の林となった軍勢に、少女は音吐朗々と告げた。


「降伏しろ!領主マクベスに(ひざまず)き、その命に従え!」

「くっ……」


 長は、自らの意思が揺らぐのを覚えた。敗北の予感すらあった。だが、ここで膝を屈するわけにはいかなかった。クーパス地方四万の民を思うと、服従も背走もあり得なかった。彼に従う他の者も同じだった。彼らは盾を掲げ、剣を、あるいは斧、槍、棍棒、鎌、(くわ)、めいめいが調達できる武器を構えた。長は馬に跨った。そして剣を掲げた。


「突撃ーーーッ、踏み潰せーーーーッ!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 鯨波を上げ押し寄せる軍勢。地鳴りのような轟音と、月を曇らす砂塵と共に、地平いっぱいに広がる私兵たちの姿が次第に大きくなる。だが少女にたじろぐ様子はなかった。


(愚かな……)


 目を閉じ、少女は肺の息を吐き出した。そして右手の腕輪を外した。ロッドを構え直し、百ルーテほどに迫った群衆を睨めつける。そこには海嘯(かいしょう)のごとく押し寄せる軍勢。その大軍を前に……青白い月光に抗う少女の桜色の唇が詠唱を開始した。


「ンガ スベア イム デクストラ アムト……」

「ううっ!」


 馬上の長はそれを見た。黒い布が覆う少女の右腕から、白い(もや)が浮かび上がるのを。その靄はゆらゆらと揺らめきながら、人魂(ひとだま)のように尾を曳く無数の塊となってゆく。


「なんだ!?あれは?」

「魔法か!?」

「本当に魔術師なのか!?」


 右腕を突き出し、少女はロッドを軍団の先頭に向ける。


「サント ベロア エンシール デライブ アントゥンガ……」


 詠唱が、次第に声量を増す。それに伴い、白く揺らめく塊も、その輪郭を具現化させてゆく。


「か、顔ッ!?」


 少女が腕を引き、ロッドを頭上に掲げる。その動作は、惨劇の到来を告げる合図だった。鋼の先端が月光を翻した。


「ノーモーボルシュトローヌト……」

「うわあああああああああああああッ!!」


    

  その時、八千の兵は見た。

  それはさながら、死霊の舞い。


  そして呪文は完結した。

  呪わしき契約に従い、魔性の者たちを()び出す言葉(ワード)

  それは……



         コ ム ト……!





        (第1話に続く)


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