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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第1部 第1話 旅立ちの日
23/228

10.旅立ちの日 (2) ☆


 ※


「あれはお前の歳と同じ……今から十六年前のことだ」

 エスは戸口に立ったまま、父の言葉に耳を傾けた。


挿絵(By みてみん)


「……ある日、村に若い女が姿を現した。どこから来たのか、何が目的なのか、そんなことはわからなかった。ただ彼女は、村外れの森の小屋に住み着いた」

 その小屋は、つい今しがたまで自分がいた場所であろう。


「彼女は時おり森を出てきた。しかし彼女の方から村の者と交わったりはしなかった。禁断の森に住む彼女を村の者は気味悪がった。だが別に、彼女が何か害をなすわけでもなかった。やがて村の者たちは、彼女に関心を払わなくなった。しかし、私は……」

 彼は息子に対し、『私』という一人称を使った。

「……私は、彼女の冷たく沈鬱な横顔に潜む美貌に気付いた。それは何も私だけでなかった。他に村の若い男ふたりが彼女に関心を寄せた。だが一方で……私は当時、妻を亡くしたばかりだった。そう、お前を産み落として死んだお前の母親だ。今にして思えば、そんな感情をもつだけで妻に対する裏切りだった。しかし理解してくれんかもしれんが……」

 そこでヴォラスは言葉を切った。カサッと手にした紙が鳴った。

「……生きていくためにしなければならないことをやめるわけにはいかなかった。畑を耕し、獣を狩り、そして亜人を見かければ武器を取って血を流す。悲嘆に暮れている暇などなかった。さいわい、お前の世話は私の母……お前の祖母が引き受けてくれていた。乳は赤子を育てていた村の女に頼めた。だがお前の将来を考えると、自分も生き続けねばならなかった」

 ずるい言い方だとエスは思った。だが否定はできなかった。ヴォラス=エッセンバージが父として自分をこの歳まで育ててくれたのは事実だ。


「……彼女がやって来たのは、そんな日々を送って数か月経ったころだった。私以外のふたりは未婚だった。血気盛んな年頃だ。彼らは彼女に下心を抱いていた。そしてしきりに私を巻き込もうとした。彼らにしてみれば、妻を亡くした私に『気を利かせた』つもりだったようだ。執拗な誘いに……私は次第に抗えなくなった」

 その心の弱さが忌まわしい事件を引き起こした。そしてその名が紙片に刻まれることとなった。鼓動が速まるのを彼は自覚した。


「私たち三人は、ついに欲望の赴くまま行動を起こしてしまった。彼女の小屋を訪れた私たちは、三人がかりで彼女を襲った。そして鎖で繋ぎ監禁した。私たちは連日、彼女を自由にした。それはひと月、ふた月と続いた」

 自分の知っているあの小屋が、惨たらしい事件の舞台であったことをエスはあらためて認識した。彼はリリィの母・ハイアライアからリリィに宛てた殴り書きで、そこまでは知っていた。だがその後のことは記されていなかった。ハイアライアはどうなったのか……

 ヴォラスは無感情な目を変えなかった。エスは本能的に恐怖した。自分の父親から、もっと恐ろしい言葉が語られる……その予感は、彼が心を迷わせる間もなく現実となった。


「やがて彼女は子を孕んだ。しかし私たちにとって、それは大した問題ではなかった。何食わぬ顔で私たちは行為を続けた。『禁断の森』と言う場所は、村の者たちの目を遠ざけるのに好都合だった。しかし……だ。三月(みつき)経ったある日、突然彼女の姿が消えた。繋いでいた鎖は断ち切られていた。土間にはこう彫られていた。『女は貰った』と……そうだ。何者かが彼女を救い出したのだ。私たちは焦った。無論、彼女の身を案じたからではない。彼女が生きている限り、その口から私たちの行為の一部始終が白日のもとに晒されてしまう。私たちは村人たちの様子を探った。彼女を攫ったのは村の者ではないようだった。私たちは彼女の消息を求めて村を出た」

 エスは父の思考に吐き気を催した。しかし同時に、直感的に悟った。『いつか報いの時が来る』……彼は父親の言葉を耐えて待った。


「私たち三人は、まず街道沿いの南の町・ポーシャンを訪ねた。我々はあくまで、攫われた若い女性を助けんとする義賊を装った。しかしそこに手がかりはなかった。私たちは二手に分かれた。ひとりはそのまま南下し、ミルミレニアへと向かった。私ともうひとりの仲間は、東のウスバロへ赴いた」

 ミルミレニアは、東部辺境で最も栄えている街だ。ウスバロは、東のツォイボヤン山脈に向かう街道上の宿場町である。


「ウスバロで、私たちはひとりの死霊使い(ネクロマンサー)の噂を聞いた。ネクロマンサーなら、邪悪な儀式や実験のために若い女を攫うこともあり得る。私たちは危険を承知で、ツォイボヤン山脈の麓にある、そのネクロマンサーの小屋に乗り込んだ」

 ヴォラスはそこで大きく息をついた。エスをじらすようでもあった。だがその時のヴォラスに、自らの『語り』を演出する余裕などなかった。引き続き起こった、衝撃的な出来事を彼は話さねばならなかったのだから。


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