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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第1部 第1話 旅立ちの日
20/228

9.襲撃 (2)


 ※


「さ、三本だ!」

「狼煙が三本上がっているぞ!」

 鈍色(にびいろ)の空を背に揺れる三筋(みすじ)の煙。いにしえからの決まり事にはあるが、それを見た者は最年長の老人たちの中にすらいない。敵の数が百を越えなければ使ってはいけない信号。それは村にとって破滅的な、最高に危急の事態を表していた。


「戦える者は武器を取れ!」

「いや、もうダメだ!」

 耳をつんざく早鐘。およそ亜人に対抗できるとは思えぬ貧弱な農具を手に取る男。鍋を持ったまま右往左往する婦人。状況を理解できず、怯えた目で抱き合う子供たち。平和だった朝の村は、パニックに陥った。



 そんな村の様子を、ひとつの影が見下ろしていた。森の木々に半身を重ね、ロッドを地に突く少女。西方の民族衣装に身を包んだ彼女は、動転する村に冷たい視線を向けていた。



 ※


「長老!」

 吊り橋の向こう、混乱の村を背に白髪が姿を現した。ローブ姿の老人は、街道上で烏合の集と化す男たちの目を一斉に集めた。彼は右手に珠を連ねた腕輪をはめ、木製の杖を握っていた。召喚士が戦いの場に臨むときの正装だ。


「長老……」

 男たちは彼に期待していた。だがその時の彼の出で立ちは、男たちを失望させるのに十分だった。

「長老、狼煙が三本……」

「わかっておる」

 厳しい口調。それを最後に、沈黙が場を覆った。みな彼の言葉を待っていた。絶望的なことが明白な、次の言葉を。


「このような時の来ることが分かっていながら、我々は村を捨てようとはしなかった……ならば今も村を捨てることはない。おのが命の尽き果てる、その瞬間まで戦え。そうして召喚士の血を引く者としての、最後の誇りを示すしかあるまい」

「……………」

「もし戦う気がないならば、そこで立ち、このわしの最後の戦いぶりを、しっかとその(まなこ)に焼き付けるがよい」


「冗談じゃない!」

 ひとりの男が叫んだ。

「俺は逃げるぜ」

「貴様!……」

「長老様がいくら気張ったところで勝ち目はないんだ。もっとも俺たち全員が束になってかかったとて結果は同じ。死にたけりゃ勝手に死ねばいい」

「貴様、村の男としての誇りはないのか!?」

「誇り?そんなモンで長生きできりゃ苦労しないぜ!戦いたけりゃ、リリィを呼べばいい」

「!……」

 その名前……誰もが思い浮かべながら、誰も語れなかった名を男はいともたやすく口にした。彼は、いつかの寄り合いでリリィの助力を提案し、糾弾された男だった。

「あの娘なら、亜人の百や二百、あっという間に片付けちまうだろうよ。長老様の()()()()()()()よかよっぽど頼りになるね」

「……いくらリリィとてかなうもんか。だいいち勝てたところで、我々に協力してくれるわけがない」

「わからんぜ。ヴォラスの息子なら彼女を説得できるかもしれん」

 群衆に埋もれていたヴォラスの体がびくりと震えた。彼は、副木を当てた右腕を吊ったままだ。

「ヴォラスの息子とあの娘はデキてるって噂じゃないか。あのガキなら彼女を連れて来れるかもしれんぞ」

「ヴォラスの息子は、いま見張り台だ」

「なら俺が連れて来てやる」



「その必要はないわ!」


 男たちの視線が一点に集まる。


「!………」

 街道上、群衆の後方に立つ少女。西方の民族衣装に身を包み、金属のロッドを地に突くのは……


「リリィ!」


 ふたつに分かれた人の群れのあいだを、彼女は悠然と進み出る。前方には北の渓谷。魔の者たちの姿はまだない。いくらか歩いたところで彼女は足を止めた。そして振り返った。ロッドの先端を男たちに向け、挑むような口調で告げる。


「三十ルーテは離れてないと黒コゲになるわよ」


 男たちが後ずさる。それを見届け、リリィは足元に目を落とす。ロッドの先で、地に何かを描き始める。それは魔法陣だった。二環の円の間隙に、何やら呪術的な文字を綴ってゆく。


「あっ!」

 誰かが声を上げた。リリィの後方に砂煙が上がった。

「来たぞッ!」

 街道の先、尾根の影から湧き立つ土色の雲。その中から、ついに亜人たちが姿を現した。軍団は谷を覆う土石流のごとく、一直線にこちらに向かっていた。


 リリィが顔を上げた。

 彼女は村人たちに背を向け、腕輪を外した。途端、鼻を突く臭気。彼女は腰に下げた長剣の柄に腕輪を掛けると、右腕をロッドと共に前方に差し出した。



 ※


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