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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
プロローグ
2/228

1.ゴヤ村の惨劇 (2) ☆


 ※


 荒野のオアシスとも言うべき、小さな森。

 その傍らに拓かれた、のどかなはずの村の夜の静寂を、早鐘の()が斬り裂く。


「来たー!」

「奴が来たぞーっ!」

「女、子供は森に隠れろー!」

「戦える者は武器を取れー!」

「援軍に知らせるんだーッ!」

 無論、その必要はなかった。すでに村の側方に展開していたクーパス地方の合同軍八千は、ゴヤの村をかばうように前進していた。

 その前方、軍勢の向かう南の地平線、深青と黒の境界に、ついにその者は姿を現した。



「あ、あれが!……」


 誰もがそう思った。

 比喩ではなく、本当にひとり残らず、全ての者が。浮かび上がったその姿を視覚で認識し、思考で理解を拒否した。あまりに非現実的な光景。


挿絵(By みてみん)


 大軍勢に対峙せんとするのは、ひとり。たったひとりの少女。


 腰まで届く漆黒の髪。見れば歳はまだ十一、二か。そのあどけない姿は、射抜くような冷たい視線で軍勢を一望する。右手には、身長を超える(はがね)のロッド。鎧兜の類は、いっさい身に着けていない。右手首の銀の腕輪を除けば、薄汚れた褐色のローブが、唯一防具と呼べるものだ。


「あんな子供が……『悪の大魔導士』?」

「女の子じゃないか!」

「ウソだろ?」

「信じられん……」


 口々に疑問を唱える兵たち。そんな疑念を、長の怒声が撫で伏せる。


「惑わされるな!見た目は子供でも中身はバケモノだ!撃てーーーッ!」


 作戦は決まっていた。号令とともに、数百もの矢尻が放たれた。それらは黒い虹となり少女に襲い掛かった。


「ふん!」

 少女のロッドが一閃した。幼い体を貫くはずの矢は、全て鈍った冬の蝿のごとく叩き落された。そんなことが二度、三度。

「てーーッ!てーーーッ!」

 第二射、第三射……絶え間ない射撃にも、少女は全く怯まない。相手が普通の人間なら、ゆうに三千は殺傷させていただろう。だがそんな秩序立った攻撃も、少女の周りに矢の(むしろ)を築くだけだった。


「小賢しい……」

 低い呪いの言葉を少女が吐く。


 カララン……


 空虚な音を立て、最後の一本が少女の足元に転がると、戦場――八千対一の対決を『戦争』と呼ぶなら――を再び静寂が覆った。


 その静寂(しじま)の中、ブーツを軋ませ男は進み出た。あの、戦士だ。


「お前の暴虐もこれまでだ!」


 荒野に響く、朗々とした声量。忌々しそうにその圧を受け捨て、少女は眉根を寄せる。男は歩を止めず、腰の物を抜く。重々しい輝きを放つ幅広剣(ブロードソード)。構える気配はない。右手に握り、視線を少女に置いたまま距離を詰める。少女も一歩、二歩、地の矢を踏み折り前進する。


「私と戦うのに、そんな防具でいいのかしら?」

 少女があざける。男は上半身こそ鎧で覆っているが、腕と脚はむき出し。盾もなく、兜もかぶっていない。だが男は(ひる)まない。

「どうせ妖かしの術を使うのであろう。防具など不要」

「あなたひとり相手に『力』を使うつもりはないわ」

 少女がロッドを地に突き立てた。それを合図に、二人は足を止めた。そのあいだを、夜風が一陣。少女の髪が煽られ、闇の中、おぞましい生き物のようにうねうねと泳ぐ。戦士は、月明かりに青白む顔で少女を睨む。


「ミヤコン村のことは覚えているか?」

「さあ……あなたに似たような男はいたかもしれないけど……目の前で妻子を殺されながら背を向けて逃げ出すような奴は多いから、いちいち覚えてないわ」

「ぐっ!……」

 歯ぎしりが後方の軍勢まで届く。男の屈強な体が、見えるほど怒りに震えている。


「復讐なら受けて立つわよ」

 ロッドを握る右手が節くれ立つ。握る位置には、滑り止めの皮。その上下をつなぐベルトを(たすき)にして、少女はそれを背に担いだ。これで両手は自由だ。彼女は腰から剣を抜いた。切っ先が薄闇の中、半弧を描く。


「おおお……」

 軍勢からため息が漏れる。

 刃身は真っ直ぐ。まるで滴り落ちる水のように。その細身の剣は、一般的に言えば長剣と呼ぶほど長くはない。だが少女の小さな体に比すれば、十分に『長剣』と呼べるものだった。

「あれが……」

「そうだ。名匠グスタフ=カッシニ最後にして最高の傑作、『スティグナ=ディ=アクエリア』だ」

 (おさ)が答えた。『彼の前に彼なく、彼の後に彼なし』と謳われた名刀匠、グスタフ=カッシニの最高傑作。本来ならば全ての剣士の憧憬の的となるはずだった業物(わざもの)は、少女によってその名を汚され、妖剣と恐れられることとなった。彼女はそれを、中段に構えた。反射した月の光が手元から切っ先に走った。少女はひとりだったが、呪われた剣を構えたその姿は、頭上に架かる狂気じみた色の月と、目に見えぬ幾千幾万もの暗黒の軍勢を率いているようだった。


「私に刃向かうとは、愚かな」

「今の私は、一年前の私ではない」

「私の邪魔をやめなさい。さもないと、頭と体が泣き別れることになるわよ」

「おもしろい」

 少女が柄をゆるりと腹の方へ引いた。突きの姿勢だ。反対に、男は両手剣を振りかぶった。


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