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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第1部 第1話 旅立ちの日
16/228

7.はるかなる王都 (2) ☆


 ※


「あっ、プラセボカリス」

 声を上げたエスがしゃがみ込んだ。少し前を歩いていたリリィも、二、三歩戻って覗き込んだ。


「花?」

「薬草だよ。こいつの茎を煎じると、いい鎮痛剤ができるんだ。まあモルフィンほどじゃないけどね。でも森の外じゃ、そうありふれた植物じゃないよ」

 エスは根元から茎を折った。

「薬草に詳しいのね」

「はは……でも、リリィもモルフィンを作ってたじゃないか」

「私の作れるのは、モルフィンのほかはほんの少し。それだけよ」

「……………」

 モルフィンには恐るべき副作用がある。時には痛み止めとしてよりも、その副作用の方が積極的に利用される。彼女がモルフィンの作り方を覚えた理由があるとするなら、それは金のためだろう。原料のモルフォ草は栽培できず、自生地も、人の侵入を拒む険しい場所が多い。さらには精製にも知識と技術がいるため、高値で取り引きされる。禁制品であり、当然売買には盗賊団など非合法組織が入り込んでくる。カタギの薬師なら扱わないシロモノだ。彼女はひとりで生きるため、そうしたものにも手を出したのだろう。エスは、あらためてリリィの特殊性を認識した。

「今度、薬の作り方を教えてよ」

 そんな彼の心理にも気付かぬのか、リリィが無邪気に言った。エスは表情を和らげた。

「うん。何がいい?」

「どんなのが作れるの?」

「何でも作れるよ。お腹の薬のセイロガニス、頭痛・生理痛のセデセリン、お尻の薬のボラギノン……」

 肩をすくめるエスの言葉に、リリィは吹き出した。こぼれ出た笑みは、紛れもない、普通の、それでいてとびきり愛らしい少女のそれだった。エスは、プラセボカリスの茎を花柄(かへい)で手折るとリリィに差し出した。幾重もの花弁からなる、手のひらほどの白い花を、リリィは自分の髪で縛って頭に留めた。



 森に道らしい道などなかったが、純白の民族衣装は、そこに生まれた()()()のように迷いなく進んだ。いや、「登った」と表現すべきか。彼女が選んだ進路は、ひたすら上り傾斜だった。エスは息を上げ、言葉を発する余裕を失った。やがて木々はまばらになり、露出した岩がそれにとって代わった。ついには眼前に岩肌が立ちはだかった。

「こ、これ、どうするの……?」

 両手を膝に突くエス。振り返ったリリィはロッドを背に担いだ。

「登るわよ」

「えっ……」



「はあ、はあ……」

 彼女はカモシカのように足場を見つけ、時には両手を岩にかけよじ登った。エスは懸命にそのあとに従った。足を滑らせれば命を失うような場所を何度も越え、登りきると、傾斜は緩やかになった。

「もう少しだから、頑張って」

「ど、どこに行くの?」

「内緒。でも素敵なところよ」


 肌に熱を感じる初夏の木漏れ日とは不釣り合いに、鼻腔をくぐる空気はしんと冷えていた。相当な高所まで来たことをエスは悟った。やがて前方、木々が途絶えた。振り向いたリリィは、彼をまばゆいばかりの光の世界に招き入れた。


「着いたわ」

 エスは額に手をかざし、前方に広がる光景を見遣った。


挿絵(By みてみん)


「!……」


 その絶景を、なんと形容しようか。

 眼下には、一面に青い山々が脈打つ。その向こう、山の青さと空の蒼さの溶け合う狭間に、ひときわ高い峰々が連なっていた。(いただき)の雪が、精緻なレースとなって蒼穹に架かっていた。この世のものとは思えぬ、そう、エスにはその言葉しか思い浮かばなかった。まさに、この世のものとは思えぬ光景だった。


「……………」

 彼は立ち尽くした。

「綺麗でしょ?」

 『綺麗』、その陳腐な言葉が、彼には宝石のように輝いて聞こえた。

「マーロン山系よ」

「マーロン山系!……」

「そう。あの峰々の向こうには、王都のある中央大平原が広がってる」

「……………」

 彼にとっては、まだ伝聞と想像の世界でしかない王都。それがあの山の向こうにある!……その事実に彼は震えた。そしてそれと同時に、その果てしなさも痛感した。


「あの山は……」

 陽光を反射する、ひときわせり上がった峰をエスが指した。

「あれが最高峰、マーロン峰よ」

「そっか……」

 その峰は、村からは見えぬ。前衛峰が、地べたに這いずる生き物の視線を遮るからだ。

「今、人が見つけた最も高い山……と言われてる」

「どれくらいあるの?」

「文献には、二千八百十ルーテと書かれていたわ」

 ルーテはルートの複数形だ。一ルートは、成人男性の身長に相当する。エスはあらためて頂に目を遣り、その神秘と、偉大さと、絶対性を噛みしめた。



 ※


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