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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第1部 第1話 旅立ちの日
15/228

7.はるかなる王都 (1) ☆

 翌朝、父親の目をまいたエスは、裁きの庭へ進み出る罪人のような面持ちで斜面を登っていた。

 木々のあいだにリリィの小屋が見えた。無意識の使命感か、足は進んでいた。だがあの小屋に永遠にたどり着けなければいいのにと思った。そう、あたかも蜃気楼のように。もし拒絶されたらどうしよう?……巡るのは、良からぬ想像ばかり。彼にとって小屋までの道のりは、まさにあっという間だった。気付いた時、彼は朝露の乾かぬ扉の前に立っていた。


「……………」

 ふたつ、みっつ、息をついたのち、彼は扉をノックした。



 ※


 その日、リリィは朝から落ち着かなかった。

 刺繍にも身が入らない。彼女は針を投げ出し、ベッドの端に腰掛けた。口の前で手を組み、心の葛藤を抑えた。


 コンコン……


 不意にノックの音が聞こえた。この小屋の戸を叩く者などひとりしかいない。びくっと震わせた体を落ち着かせ、彼女は立ち上がった。



 ※


 苔の生えた湿った扉が、吸い込まれるように内に開いた。隙間の暗がりから、前髪のかかった少女の顔が現れた。


挿絵(By みてみん)


「……………」

 エスはしばし、その美しさに息を呑んだ。

 彼女は、いつものボロ着姿ではなかった。純白のワンピース。辺境では目にしない。どこか遠くの地方の民族衣装か。ウエストは黒の腰帯で絞られ、胸の豊かさを強調していた。見れば帯にも細かな刺繍が施されていた。

 そして……これが彼にとって最も重要なことだが、左の腰には、きのう彼が贈った、薄絹の帯飾りが付けられていた。それは、この辺境地方の習わしであった。女性が男性のプロポーズを受け入れる意思表示であると言う。リリィがそうしていたのは、何も偶然ではなかった。彼女はその風習を知っていた。その上でそうしたのだ。エスが目をつむり、大きく息を吐き出した。

「リリィ……ありがとう……」

 ……………



 ※


 エスはベッドに腰を下ろし、チャムチャを入れるリリィの背中を見ていた。

 それは昨日と全く同じ光景だった。だがふたりを隔てる空間のもつ意味は、全く違っていた。



「素敵な衣装だね」

 リリィの後ろ姿にエスが言った。

「西の方の民族衣装なの」

「あれ、リリィは東の出身じゃ……」

「私はね。これは、お母さんのおさがりなの」

 晴れの衣装を娘に託した彼女の母親は、いったいどんな(ひと)だったのだろう?彼の頭を想像が駆け巡った。たいてい母娘は似るものだが、エスは敢えて、長身のスマートな女性を思い浮かべた。耳飾り(イヤリング)なんかの装飾品が似合う。当然美人で、そして優しい笑顔……それはリリィの母親と言うより、自分の母を知らぬエスの、理想の母親像だったのかも知れぬ。


「どうしたの?」

 不意に頭上から声がして、空想は現実の景色に塗り替わった。両手にカップを持ったリリィは、左に持っていた方をエスに差し出した。

「はい」

「あ、ありがとう……」

 ひびの入った陶器のそれをエスは口元に運んだ。リリィはそばに腰を下ろし、自分のチャムチャに口を付けた。彼女は右利きなのだろう。エスは横目で、彼女のその右腕に目を遣った。

「?……」

 エスに視線にリリィが気付いた。

「どうしたの?」

「えっ、いや……今日は臭わないね」

 リリィはうつむき、一瞬だけ目を閉じた。彼女は右手首の腕輪を示した。目立つそれには彼も気付いていた。

魔封環(サーリング)……これをしていると、魔の者の力を封じ込めることができる。もちろん力も使えないけど」


 エスは、臭いに言及したことを悔いた。始めから腕輪(これ)を身に着けていれば、彼女は村人に差別されることもなかったはずだ。だがそうしなかった。それが何を意味するか。『力』を持たない彼にも理解はできた。魔導師が自分の力を封じることは、すなわち自分自身を否定することにもなる。彼女が腕輪を着ける行為は自己否定だ。村人に対してはそうしなかった。そして嫌悪された。しかし自分に対しては……エスは胸が詰まった。

 彼の苦渋に満ちた表情を救いたかったのか、リリィが言った。

「エス、気にしないで。これは自分の意思でしたことだから」

「うん……」

 彼はどうにか短い言葉を返すと、再びうつむいた。



 気まずい時間がふたりのあいだを流れた。

 リリィが明かり窓に目を遣った。そこには、四角い小さな青空があった。

「いい天気ね……」

「そうだね」

 天気とは実に便利なものである。共通する関心をもたない人間のあいだにも、何かしらの話題を提供してくれる。

「こんな天気の日は、家の中で刺繍をするより、外で野良仕事をしたり、森の中をうろついたりする方がいいわ」

 彼女は立ち上がった。麻袋を腰に提げ、壁に立て掛けていたロッドを手に取った。

「出掛けましょうか」

 ……………



 ※


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