5.告白 (2)
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リリィは、まるでエスの存在など気に掛けぬように、無言で黒い布に針を這わせていた。
エスは、自分が初めてこの小屋に担ぎ込まれた時のことを思い出した。あの時も彼女は、今と同じように自分に横顔を向けて刺繍をしていた。もちろん今は、より冷静にその姿を観察することができた。
彼女の漆黒の髪は、わずかに赤みがかっていた。明かり窓から入ってくる午後の光のせいだろう。長さは十分に長く、ほとんど腰まで達していた。大人の真似をして髪を伸ばし始めた村の少女たちとは違う。完全な、成人の雰囲気を醸し出していた。
だがその髪に不釣り合いなほど、顔の造りは幼かった。ほおは子供らしく赤らみ、結んだ唇もぷっくりとしている。そんな幼さと……村人たちと対峙する言動とのアンバランスが、また得も言われぬ魅力を生み出していた。
アンバランスと言えば、彼女の華奢な体つきとあの怪力もそうであったし、豊かな女性の象徴もそうだった。みすぼらしい古びた外衣を脱ぎ、肌着しか身に付けていない今、彼女の胸の膨らみはいっそう目についた。その時のエスには、その曲面に目を置くことさえ憚られた。それほど彼女の存在は崇高に見えた。
刺繍針を持つ彼女の指は、短く、丸みをおびていた。あの幼い指がロッドを鷲づかみにするなど信じられなかった。そしてその上方の黒い布の下には、おぞましく変質し、瘡を吹く肌を隠している。
可憐な美少女、邪悪な魔導師……そんな単純な言葉の組み合わせでは表現できぬ彼女にますます魅了されていく自覚がエスにはあった。もはや、あの強烈な悪臭さえ愛しく感じられた。
「……………」
不意にリリィが手を止めた。彼女は明かり窓に目を遣った。
「あまり遅くならない方がいいんじゃない?」
エスは顔を上げた。窓の外の空は、明度を失っていた。流れ込む空気も冷えていた。いつの間にこんな時間になっていたのだろう?そう考えながら彼は腰を上げた。
「……………」
小屋の扉の前で、エスはリリィと向かい合った。残照に、彼女の頬が赤く染まった。光の加減だろうか。その顔が、はっとするほど近くに見えた。
「あ、あの……」
彼はおぼつかない手つきで、懐からそれを取り出した。
「これ……おわびと、お礼の印に」
差し出したのは、薄絹でできた帯飾りだった。
帯飾りは、召喚士の村を含む、辺境地方の女が好んで着ける装飾品だ。腰帯に巻いて垂らし、なびくようにする。そして何よりもこの地方では、男性が女性に求婚するときに贈る品だった。
無論エスは、リリィにプロポーズしたわけではなかった。だが彼は、自分の気持ちを最も強く印象づけるにはこの品物しかないと確信していた。辺境の出身でない彼女がその意味を理解できぬとしても、だ。
リリィは、エスの両手からそれを受け取った。薄紅色に染められた布は、彼女の目から見ても高価な品であることが分かった。エスは顔を逸らせた。
「好きなんだ……」
リリィが息を呑んだ。
「君のことが……初めて君を見た時から」
「そんなこと言われても……私、どうしたらいいかわからない」
彼女は、世間並の乙女のように、恥じらいに頬を染めたりはしなかった。それは彼女の正直な気持ちだった。人に嫌悪されこそすれ、好意を持たれたことなどなかったリリィには、どんな態度をとれば良いのか本当にわからなかったのだ。向き直ったエスが、彼女の両肩をつかんだ。
「もちろん、僕が嫌いならそれでいい。でも、もしそうでないなら!……」
戸惑い、混乱、懐疑……さまざまな色が混ざった瞳に、エスは手を離した。
「今すぐ答えられないなら、それでいいよ」
そして右足を半歩引く。
「……明日、また来る。その時聞かせてよ」
エスがきびすを返した。
その頼りない背をリリィは見送った。帯飾りを握りしめたまま。




