2.行き倒れの少年 ☆
「あー、意外と見つからなかったな!」
声に出しても、聞いてくれるのは物言わぬ草木だけ。なのに愚痴が自然と口を突いてしまう。
森の空気は植物の息吹に満ち、目には眩しいほどの緑。にもかかわらず、お目当ての特徴的な丸い葉には一枚たりともお目にかかれない。やり場のない徒労感に、革靴の先端は下生えを蹴り飛ばす。
※
売れ線の胃腸薬セイロガニスの材料のひとつに、クビカンという低木がある。調合にはその根の皮を使う。それほど珍しい植物でもないのだが、近場では採り尽くしてしまった。そのためわざわざ数カロルーテも北まで歩いたのだが、収穫はなく、失意のまま戻る羽目になった。
ずっと枝で下草を分けながら歩いていたから、腰が痛くなってしまった。少し伸びをして気力を補充する。頭上を覆う、緑の屋根。重なり合う葉の隙間から覗く空は眩しさを失っている。日が傾いているようだ。つるで編んだ肩紐の下に指を通し、位置を直す。そして再び歩き始める。背中の篭には、それでも刈った草木が束になって顔を覗かせる。目当ての物ではないが、鎮痛剤や化膿止めの材料になるほかの植物はいくらか採取できた。それがまだ慰めだ。それすらなければ、とうに手の鎌を投げ出していたかもしれない。
そしてその鎌で、八つ当たり気味に草の束を払った時だった。
「うわああっ!」
森の露に濡れた下草の中から現れたのは……
「あ、脚!?」
それは、皮の靴を履いた足だった。つま先を上に向けている。行き倒れの死体か?いや、それにしては靴も、ズボンもそれほど汚れていない。腐臭もしない。蛆の湧いた、おぞましい仏さんを見るはめにならないだろうか。おそるおそる、覆いかぶさる草を分けてみる。膝、そして腰。苦痛があったのか、少しねじ曲がっている。薄い布服は汚れているが、乱れてはいない。獣にかじられた様子もない。さらに上の方をさぐる。胸元、首筋……肌はまだ血の通った色をしている。そして……顔にかかった草をはらった。
「男……の子?まだ生きてるのか?」
少年だった。
仰向けに倒れている。丸みのある顔は幼く見えるが、歳は自分と同じ……十五、六か。目を閉じているが、死んでいるようにも見えない。
あらためて全身を見渡す。背は少し低い。筋肉質とは言い難い。半袖の先に覗く二の腕も細い。腕相撲をしたら、女の自分でもいい勝負になりそうだ。ダボッとしたズボンの裾から覗く足首も骨ばっている。胴は痩せてはいないが、胸板が薄く、全体に頼りない体形だ。
「おい、お前」
声を掛けてみた。反応はない。
「……………」
仕方なく、触って確かめることにした。
鎌と、杖代わりの枝を置く。いざ指で触れてみて、冷たかったり、固かったりしたらと思うとぞっとする。恐る恐る手を伸ばし、まずいちばん無難そうな上腕部に手を当ててみる。指の腹に伝わる感触。冷えてはいるが、固まってはいない。少し安心して、次に首筋に手を添えてみた。女のような細い首だ。顎の下の柔らかい部分。まだ産毛のような無精髭を撫でながら探ると、弱々しくはあるが、脈動が指の腹に伝わった。命はあるようだ。
ただ、これだけ触っても反応がない。首は力なく垂れている。より強い刺激が必要だ。体を揺すってみた。
「う……」
喉が動き、声を発した。もしかしたら意識を取り戻すかもしれない。小屋も近く、助けられなくはない。だが……今の自分に、そんな暮らしの余裕もない。
「悪く思うなよ。森で行き倒れたのがお前の運の尽きだ」
腰を上げた。カサカサと音を立て、下生えたちはその存在を覆い隠そうとした。そうだ。最初はこうだったのだ。歩く場所がほんの一ルートずれていれば気付かなかった。さすれば出遭った時にはすでに白骨だろう。それが自然の理だ。せめてフォルフォーセス様の御許に旅立てますように……
そう祈りながら立ち去ろうとした、その時だった。
「リ、リィ……」
名前を呼んだ。かすれた、消え入りそうな声だ。自分の名でもないのに思わず振り返る。下草の隙間から覗く細い手首。わずかに動いた指が、何かをつかもうとしている。
「リリィ……」
またそいつか。せっかく安息の世界へ旅立てるよう祈ってやったのに。癪に障る。
「いまわの際に女の名かよ!」
イラっとして、怒声が口を突いた。見つけてやったのは自分なのに、ほかの女の名前を呼ぶなんて失礼な奴だ。こんな不躾な奴には、みじめに野垂れ死ぬ最期がお似合いだ。
……………




