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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第10話 破戒の僧
116/228

1.出奔 ☆

■物語の舞台

挿絵(By みてみん)

召喚士の村を飛び出したエスは、行き倒れていたところをひとりの少女に助けられます。その後紆余曲折を経て、大平原北東部・クレアル地方の修道院、ランスウィールで僧になります。


■登場人物

・エス

 召喚士の村の少年。リリィに恋心を抱き、告白した。リリィが村を去ったあと、彼女の母と自らの父との因縁を知り、出奔してしまう。


・ミカ

 行き倒れたエスを助けた一人暮らしの少女。薬草の採取と薬の精製で生計を立てている。


・エステッカ(シャオリィ)

 大平原東部、クレアル地方を中心に運送業を営む女性。教団に入信する。


・ウェイイー

 エステッカと同じ村の青年。彼女を村に迎え入れるために尽力した。


■その他

・教団 (北方至聖教団)

 ランスウィール修道院を中心とする宗教集団。クレアル地方とその周辺に信徒を広げる。


・1ルート(複数形『ルーテ』)

 距離の単位。約1.8メートル


・1カロルーテ

 距離の単位。1カロルーテ=1,000ルーテ≒1.8キロメートル


・1ソータ(複数形『ソリタ』)

 通貨の単位。約0.5円。ただし食料や日用品は、我々の世界より概して安価。

 少年は()()後悔していた。

 自らの激情が、この破滅的な事態を招いてしまったことを……



 恐るべき『力』で村を救い、そして去った少女。その姿を追い、家を飛び出した彼は、ぬかるんだ街道を南へと走った。しかし金も、食料も、旅の装備も持たない衝動的な出奔はすぐさま行き詰った。


 村を出て、ほどなく日が暮れた。少年は、道端に見つけた小屋で最初の夜を過ごした。耕す者を失った畑の傍らに佇むボロ小屋だった。

 朽ちかけた農具の錆と腐った木、湿った土の匂いが満ちる小屋の中で、彼の頭はまだ泥道のようにグチャグチャだった。想いを寄せた少女を失い、父のおぞましい罪の告白を聞いた。それは自分と少女とのいかんともしがたい絆――すなわち想いの成就を永遠に絶望させる関係を予想させた。

 もう、何もかもどうでもよくなった。

 父や村人が自分を追う気配はなかった。それほど自分は無価値なのか。あるいはどうせそのうち戻ってくるとでも思っているのか。どちらも癪に障る。意地でも村には帰りたくない。帰るなら、死体になって戻りたいくらいだ。



挿絵(By みてみん)


 夜は、ただ虫と蛙の鳴き声が届く音だけの世界だった。

 雨期の明けとは言え、布服一枚では夜の冷気をしのぎようがない。野宿にも慣れていなかった。膝を抱えて震える時間が永遠のように思えた。

 その苦痛の時が、荒れ狂っていた感情を徐々に冷ました。怒り、絶望、喪失感……混ざり合った負の感情を『後悔』が押しのける。冷静に考えれば考えるほど、幾筋もあった退路を一本一本、丁寧に断ち切ってしまったように思えた。

 だから少年は考えるのをやめた。わずかに空が白むと彼は小屋を出た。じっとしていると、余計な考えが踏みつけても踏みつけても湧いて出た。それが耐えがたかったからだ。日が昇り切らないうちに、できるだけ村から離れもしたかった。


 集落に人の姿を見かける刻限になると、少年は人目が恐ろしくなった。ずいぶん村から歩きはしたが、考えてみれば、しょせんは徒歩だ。馬ででも追われれば、たちまち追いつかれてしまう。街道を呑気に歩いている場合ではない。

 また、歩けば喉も乾くし腹も減る。道に沿っては谷川があり、水はどうにでもなった。だが食べ物がなかった。他人の畑のものを盗むことも辞さなかったが、いかんせん、盗るものがなかった。野山の薬草の知識に長けていた彼は、食料を求め森に分け入った。そうすることで人目を避けることもできた。


 風に揺れる木漏れ日、小鳥のさえずり、草木(そうもく)たちの吐く息の匂い――見慣れたはずの景色の中で、彼はすぐに現実を思い知る。

 初夏は、森の蒼さが最も輝く季節だ。だが、山野で飢えをしのぐのが難しい時期でもあった。果物は実らず、芋も根が少し太った程度。掘って齧ったが硬く、苦いばかりで腹の足しにもならない。太陽の位置を頼りにとにかく南へ、食べられそうなものを探しながら歩き続け、気付けば一日が再び終わろうとしていた。

 マーロンの山影が日を隠すと、たちまち方角を見失った。夜をやり過ごす場所を見つけなければならなかったが、平坦な森の中で、身を休める洞穴や()()はなかった。上着もなく、状況はゆうべより悪化していた。露で湿った衣服は、体温を刻一刻と奪った。さらには虫にも苛まれ、一睡もできず、空が白むまで拷問のような時を過ごした。


 三日目の夜明けを迎えても事態は好転しなかった。

 食事も睡眠も取れぬまま、疲労は回復せず、脚は棒になり、とうとう食べ物を探して歩き回ることが困難になった。手に届く範囲の草花を口に入れたが、苦みに吐き出した。ことここに至って、少年は取り返しのつかない事態に身を投じてしまったことを悟った。

 正直、ここで人生を終えることになるのなら、それも仕方ないと思った。野山で行き倒れ、屍になる。自暴自棄になり、村を飛び出した愚かな自分にふさわしい。ただ、命と引き換えに自分をこの世に生み落としてくれた母や、その母に代わり自分を育て、読み書きと薬草の知識を教えてくれた祖母に申し開きが立たない。あの世で何と言って謝ればよいのか。

 そんなことを考えていると、ふと思いがよぎるのだった。

 母は、どんな(ひと)だったのだろう……

 自分と父親とは似ていない。屈強な肉体を受け継げなかったことで、劣等感に苛まれることになった。ただ、そんなことはもうどうでもいい。父に似ていないのであれば、母に似ていたのだろうか。祖母は時々話してくれた。母は優しく、聡明で、そして心の強い女性だった。最期は想像を絶する苦悶の末、自分を道連れにすることなく、ひとりで逝った。

 もしそうだとしたら、自分は母にも似ていない。優しくもなく、浅はかで、心も弱い。こんな自分に育ってしまったのは自分の責任だ。ああ、お母さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい……


 少年の瞳から、一筋の涙がこぼれ出た。

 苦痛もなくなってきた。意識もぼやける。これは眠りなのか。それとも死の淵に足を掛けているのか。わからぬまま……


 ……いつしか少年の意識は途絶えた。

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