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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第9話 任務
115/228

12.次なる任務 ☆

 飽きるほど長い冬の時が流れた。

 ケスランの部隊は北方に出たり戻ったりを繰り返していたが、リリィたちには相変わらず出撃の声がかからなかった。ハルとシールは道場通いを続けていた。リリィは部屋や図書館で本を読んだり、調練所で乗馬を練習したりの日々だった。


 長年の懸案事項であり、自らの最重要任務であった大平原南部・南西部のならず者掃討におおむね成功し、ザヅツの仕事もいくぶん落ち着いていた。仕事熱心な彼は当事者たちの希望を聞きながら、配下の部隊の統廃合を進めたり、これまで手付かずだった案件の情報収集を始めたりしていた。



 ※


「精が出るな、ザヅツ」

 不意に声を掛けられ、銀髪が目を上げた。彼の執務室には扉がないので、前の石段を上り下りする者から仕事っぷりは丸見えだ。だからこうして声を掛けられることもある。


「卿こそお疲れさまです。毎夜、魔導の研究に励んでおられるとか」

 『卿』と呼ばれたギュスタンダーは、カッカッカと声を立てた。

「魔導は守るだけの古き伝統にあらず。常に探求し、改め、高めるものじゃ」

 そして彼は、顎を載せるように机を覗き込んだ。ザヅツの処理していた書類が目の前にあった。


()()か……」

 紙の山に手を添え、ザヅツも「ええ」と返した。

「東部住民からの嘆願、守備隊の報告書……先日も東のシズルで兵が三人殺されました。そろそろ放っておくわけにはいかなくなってきたと考えます」

 ギュスタンダーは後ずさると、側の長椅子にどかりと尻を落とした。


()()()()()()()を行かせてみてはどうかね」

「……………」


 彼に言われるまでもなく、それはザヅツの選択肢にも常に入っていた。危険な任務で彼女たちに傷を負わせたくなかった。だから今までは丹念に情報を集め、整理し、成功するのはもちろんのこと、部隊に損害が出ないことも考えて仕事を与えていた。

 ただ、彼女たちの能力は想像以上だった。『死神』にも対応できるかもしれない。一足飛びに始末する必要はない。背後関係を明らかにし、戦力を見極め、準備する。段階を踏んで臨めばよいのだ。手に負えない相手なら引いてもよいし、引けないほど王国にとって危険な存在なら、正規軍の投入を具申する理由もつく。

 その時に備え、彼はすでに情報戦を開始していた。秋口から、傭兵部隊が次のターゲットとして『死神』を狙う……そんな架空の情報を大平原東部に流していた。相手の出方を探るためだ。ただ今までのところ、それに対する反応はなかった。背後で糸を引いていると睨んでいる『教団』――北方至聖教団にも、目立った動きはなかった。


「そうですね……」

 しばし黙考したあと、彼はあいまいな返答をした。だがギュスタンダーにはわかった。ザヅツの答えは『イエス』だ。目に宿る意思は、その奥にある脳髄の結論を映している。そこではすでに思考が進んでいる。計算尺のように緻密で、正確な思考が。まず到達すべき第一の目標(ゴール)、そこに至る道筋はどれか。そのために必要な準備は?計画は?予算は?……


「あっ、卿……」

 ザヅツが気付いた時、すでにギュスタンダーの姿はなかった。「失礼なことをしてしまったかな」、彼は頭を掻いた。



 ※


 数日後の朝、リリィたちの宿舎を使者が訪れた。ハルが出迎え、封書を受け取り戻ってきた。寝起きで部屋着姿のリリィは、ベッドに腰掛け髪をくしけずっていた。手紙を机に置いた彼女は、紙面に目を這わせた。読み終えると、火鉢にくべて処分した。

「何て書いてあったんだ?」

 ハルが尋ねると、リリィは不敵に笑った。

「久しぶりの仕事ね。昼前に登城して話を聞いてくるわ」



 ※


挿絵(By みてみん)


「あら、ご無沙汰だったわね」

 石段を昇り、王国議会のある階まで上がったところで、リリィは見知った顔を見つけた。軽武装した赤髪の男が、手持無沙汰そうに議場の外で立っていた。

「ちっ」

 男はリリィを認めると舌打ちした。武闘大会でリリィに敗れた男、マーリックだった。


「お城に何の御用かしら?」

 ロッドを突いてリリィが尋ねると、彼は顎をしゃくった。

「ふん!木っ端役人のふんどし担ぎごときが。口の利き方に気を付けろ!俺は枢機院副議長・ギュスタンダー様の護衛長に抜擢されたのだ!」

 リリィは眉を上げ、素直に驚きを表した。武闘大会で敗れた彼がどのように王国にとり入ったかはわからないが、枢機卿の護衛長ともあろう人物になら、確かに『木っ端役人のふんどし担ぎ』呼ばわりされても仕方ない。

「それは良かったわね。これからよろしく」

 リリィは慇懃に会釈した。そして石段に足を掛けた。背中に再び舌打ちの音が聞こえた。



 ※


 ザヅツの執務室には、いつもどおりケスランが先着していた。ザヅツと亜人の状況を話しているところだった。リリィの姿を認めると、立ち上がって握手を求めた。

「久しぶりでぇ、(アネ)さん!乗馬の腕は上がったかい?」

「おかげさまで。あなたに指導されて上達しないわけにはいかないわ」

「お言葉でぇ」

 リリィはロッドを壁に掛け、ザヅツの前に腰を下ろした。

「ご苦労だったね、リリィ君。ケスランも、北方から戻って息もつかせぬ間の呼び出しに恐縮するよ」

 そして彼は表情を引き締めた。テーブルの端から端までを占める大平原全体の地図。その上に影を作るほど身を乗り出す。


「ふたりに来てもらったのはほかでもない。次の作戦を発動する。ターゲットは――」



 ※


 ザヅツは東部地方の脅威となりつつあった『死神』の討伐に、ついにリリィ中隊を派遣する決断を下した。

 責任感と判断力が彼をこの地位までのし上げた。無理をさせるつもりはなかった。段取りも、計画も思い描ける。その過程(プロセス)に迷いはなかった。答えの分かっている木片パズルを解くかのように。彼女らの実力を考えれば、リスクある判断とは思わなかった。


 だが、彼のこの判断が――

 王国の運命を大きく変えることになる。



      (第10話に続く)


ここまでお読みいただき、大変ありがとうございます。

第3部はまだ続きますが、この第9話にて前半戦は終了、物語は後半戦に入ります。


次の第10話では、ハルもシールも、なんとリリィさえ登場しません。

代わって舞台に上がるのは、第1話で退場した『あの』少年。


召喚士の村を飛び出した彼は、その後どうなったのか。

どのような形でリリィたちの前に姿を現すのか。

そして物語はどこへ向かうのか?


ご期待ください!


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