9.引っ越し ☆
暑さが収まり、秋になると、シールの体調も回復した。ただリリィは、当面彼女を任務には参加させないことにした。
王国のおふれに記された期限である九の月が終わり、十の月になった。
少数ながら、頑強に抵抗を続けるならず者集団は残っていた。残党壊滅に前のめりになった王国は、ザヅツに指示し、それらにリリィ中隊を差し向けた。そして徹底的に叩きのめした。秋が深まるころには、王都周辺から南部にわたる地域の悪党はほぼ壊滅した。
リリィの功績に、王国は褒美を取らせることにした。望む品をザヅツに聞かれた彼女は、王立図書館へ立ち入る自由を要求した。
「そんなもので良いのか?蔵書には写本が王城外で読めるものも多いぞ」
ザヅツは念を押したが、彼女は「構わないわ」と意に介さなかった。
また彼女は、乗馬を練習できる環境を求めた。ザヅツがかけ合い、調練所内の馬場と馬を使えるようになった。馬の世話は調練所がしてくれるため、手ぶらで訪れても練習できる手軽さにリリィは喜んだ。暇を持て余していたケスランが手ほどきをしてくれた。
※
「忘れ物はないかい?」
下宿の階段を下りてきたリリィとシールにエレナが声をかけた。リリィは「大丈夫よ」と答え、そのまま外に出た。彼女は西方の民族衣装姿だった。カムジャンでの作戦で汚れたため、また買い直していた。
荷物を迎えの馬車に積み、ハルが振り向いた。リリィとシールが下宿から出てきたところだった。ふたりに続き、エレナも通りに顔を出した。日が低くなり、向かいの建物の影が、古びた三階建てのメゾネットにもたれかかっていた。
「世話になったな」
ハルは矢籠を背に掛け、弓を手にしていた。エレナは寂しそうな眼を見せたが、すぐに豪快な笑いで掻き消した。
「なあに、居場所がなくなったらいつでも戻ってきな!満室でも一部屋ぐらい叩き出して空けてやるよ」
ははは、とハルは声を立てた。
「道場の帰りにはちょくちょく寄らせてもらうぜ」
「ああ、そうしな。夕食を食べていってもいいよ」
身の安全も考えたザヅツの計らいで、三人は居をエンベロペ内に移すことになった。
農閑期になり、エレナの下宿は出稼ぎの者で埋まるようになった。以前のような静かな環境ではなくなりつつあったため、リリィは喜んだが、ハルは名残惜しそうだった。
御者の合図に、二頭立ての馬車が土を蹴った。ハルとシールは、エレナの姿が見えなくなるまで幌の中から手を振っていた。
新居は王城の北西、エンベロペのすぐ手前だった。二階建てで、城に勤める役人たちの宿舎だった。ナカの道場は遠くなったが、馬車による送迎付きとなった。ずいぶんな身分だが、エンベロペの外に出るには事前の届け出が必要になり、ハルは窮屈そうだった。円城内での行動は自由だった。




