8.首狩りの夜 (2) ☆
※
「始まったか……」
通りから二階を見上げていたケスランがつぶやいた。
悲鳴と蛮声。食器やグラスが砕ける音。そして断末魔の叫び。耳を塞ぎたくなるような喧騒が続く。彼は右手を上げた。
「構えッ!一匹たりとも逃すな!抵抗する者は殺しても構わん!」
正規軍も展開した。建物の三方を手際よく包囲する。出入り口から、蜂の巣を突いたように人影が飛び出してくる。しかしそれらの者は、まるで足元の地面を失ったかのように次々と倒れる。
「いでええぇぇぇっ!」
腿を抱えて悶絶する男たち。逃げ出す者の脚を、ハルが屋根から射抜いているのだ。倒れれば、すぐさま兵士が取り押さえる。二階の窓から飛び降りて逃げようとする者もいた。脚を折り、腰を砕いて苦痛に呻く。三階に上がり、隣の屋根に飛び移った者は、控えていたケスランの部下が捕縛した。
「何だ何だ!?」
「ガサ入れか?」
尋常ならざる騒ぎに、軍の外側には野次馬が壁を作る。
やがて二階から音が消えた。
中隊の面々も、正規軍兵も、そして野次馬たちも固唾を飲んで見守る中……恐ろしい出来事が始まった。窓から、何か丸いものが放り投げられたのだ。
ドチャッ。
「ん?……ヒイッ!」
地面に落ち、転がったそれを見て兵士が悲鳴を上げる。
「く、首ッ!」
それは切断された男の首だった。ひとつだけではない。二個、三個……次々と窓から投げ捨てられる。目をつぶっている者、恨めし気に半目の者……
「きゃあああ!」
野次馬からも悲鳴が上がる。民衆に広がる動揺を見て、正規軍の中隊長が叫ぶ。
「こ、これは王国の正当なる法の執行なり!違法な賭場の開催は死罪と定められておる!」
ゴォン!……
静まった目抜き通りに、甲冑と骨がぶつかる音が響く。
「う、うわっ!」
中隊長の背中に、飛んで来た首が直撃したのだ。
(あー、やっちまったか……)
ケスランは額に手を当てた。石畳に転がった首は十人分以上。やがてやみ、しばらくして一階の出入り口からリリィが姿を現した。純白の民族衣装は、返り血で染まっていた。
「通して!通しておくれ!」
その時、切り裂くような女の声が静寂に響いた。群衆を掻き分け、ひとりの婦人が建物に駆け寄ろうとする。すぐさま兵士が押しとどめる。それでも婦人は身をよじって抵抗する。
「うちのもんが!あたいのうちのもんが客で入ってんだよ!!」
交差した槍のあいだから婦人は両手を泳がせる。リリィにつかみかからんばかりに。だがリリィは、何食わぬ顔で中隊長を見遣る。
「賭事客の刑罰は?」
「百万ソリタの罰金、もしくは一年間の強制労働。ただし……」
「ただし?」
「……捕縛時に抵抗する者は、これを死に至らしめる事やむなしとする」
婦人の動きが止まった。目を見開く。
「……ということ。たぶん首は付いてるんじゃないかしら」
「あんたぁーーーっ!!」
絶叫する婦人はその場に崩れ落ちた。
※
のちに『カムジャンの首狩りの夜』と呼ばれるようになるこの出来事は、たちまち南部の町々に伝わった。無慈悲な傭兵部隊の所業に悪党どもは震え上がった。リーダーのリリィは、『王国の魔女』と呼ばれ恐れられるようになった。
そして翌日。王国の主要な町々に、一斉におふれが出された。
九の月のうちに無法の集団を解散、もしくは脱退し、王国に宣誓した者については、過去の罪を一切不問にすると言うのだ。それだけではない。希望する者には王国が職業を斡旋するという。ただし、宣誓に反し再び罪を犯した者は厳罰に処す。
これはギュスタンダーがザヅツに授けた策で、公布の手回しは卿の力なくしては不可能だった。
ザヅツは半信半疑だったが、彼の予想に反し、王都や町の支所には脱退者が殺到した。首領たちの中にも、団を解散する者があとを次いだ。彼らも決してその地位に胡坐をかいていたわけではなかった。敵対する集団との闘争、シノギの手段探し、部下の裏切り……常にストレスに晒されてきた。やめられるものならやめたいと考えていた者が多かったのだ。エンベロペ外周の掲示板に長らく貼りっ放しになっていた賞金首のポスターは、次々剥がされた。王都の住民たちは、その情景を驚きをもって歓迎した。
AI君に生首を描いてもらったらちょっとグロすぎたので挿絵としてはボツにしました。見たい方は以下からどうぞ……【閲覧注意】 https://bsky.app/profile/ittpgnovel.bsky.social/post/3l7lekipyzk2z




