8.首狩りの夜 (1) ☆
カムジャンを東西に貫く目抜き通りは、雑踏にまみれていた。
通りに面した二、三階建ての石造りの建物は、かつて鉄山で栄えていたころに建てられたものだ。古びてひび割れてはいるが、造りは重厚だ。どの窓にも明かりが灯り、酒食に興じる者たちのシルエットを映す。通りには飲食店の客引きに混ざり、娼館のポン引きが堂々と通行人を引っ張る。この猥雑さは、折り目正しい王都にはない。それが魅力でもあるのか、鉄鉱石の生産が南西のノーシス鉄山に移っても、この街は大平原南部で最大の人口を誇っていた。
過去の栄光にしがみ付くかのように、街には錆の匂いが漂っていた。鉄製品が街中にあるからだが、それはどこか、薄めた血の臭いにも似ていた。
初秋の夕刻―――
その街の東のはずれ、王国軍の駐屯地から、正規軍二個中隊が行軍を開始した。前回の作戦でリリィたちの擬装に協力した部隊だ。甲冑に身を包み、槍を手に行進する兵士たち。その姿は珍しくないが、こんな時刻に移動するのは普通ではない。目抜き通りを突き進む姿に、道行く人々はただならぬ事態の発生を予感した。
正規軍は目抜き通りを西進し、ひとつの建物の前で静止した。三階建ての石造りの建造物。その正面に陣取り、槍を構える。それを合図に、建物の周囲で金属の擦れる音が一斉に響く。通行人に擬装していたケスランの部下たちが剣を抜いたのだ。ランプの光を反射する凶器の輝き。人々が悲鳴を上げた。
隣の二階建ての屋上にも人影が現れた。伏せて隠れていた傭兵たちだ。剣や槍を構える。弓を手にした少女もいる。ハルだ。今回の彼女の持ち場はここだ。建物の前に立っていた見張り役の男が、慌てて中に飛び込んだ。
その背を追うように、包囲する正規軍の中からひとりの少女が進み出た。腰に長剣を提げ、ロッドを手にし、ネミスの民の衣装に身を包んだ隻腕の少女は、重装の正規軍兵一名を伴い、作戦の場へと身を投じた。
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「おやおや、これは王国軍の方、どうされました?」
二階は、幾本もの柱に支えられた広いフロアになっていた。クロスのかかった丸テーブルが並び、それを囲んで百名近くはいるであろうか、男たちが宴に興じている。肩をはだけ、あるいは胸元もあらわな服装の女性も幾人かいる。
「何をしている?」
兵士が、給仕長であろう、出迎えた正装の男に問うた。正規軍の小隊長だった。男はそろえた指で奥を差した。
「今日はあちら様の誕生月のお祝いをしております」
ひときわ大きなテーブルの前に腰掛ける大男。主賓だろう。立ち上がり、慇懃に礼をする。しかし兵士はニコリともしない。彼は視線でフロアを端から端まで嘗めると、やおら腰の剣に手を掛けた。息を呑む音。
「テーブルクロスを剝げ!」
兵士が怒鳴る。フロアにざわめきが広がる。顔を見合わせる男女。指示に従う者はいない。いらだった兵士はもう一度叫ぶ。
「テーブルクロスを剝げ!これは命令だ!!」
幾人かの参加者が主賓の顔を窺った。大男の表情はこわばっていたが、すぐに作った笑みになった。
「皆さん、あちらは王国軍の方です。指示に従いましょう」
客たちはテーブルクロスをのけ始めた。フロアの色彩から白さが失せ、木目が剥き出しになる。全てのテーブルが指示に従ったのを見て、ロッドを手にした隻腕の少女が進み出る。正装の男が制止する。
「お嬢ちゃん、どうしたの?パパのところに戻りなさい」
少女はニヤリと口元を吊り上げた。彼女はロッドの先端を手前のテーブルの下に差し込んだ。そして……何の警告も発せず、力いっぱい振り上げた。
「キャアアア!!」
女性の悲鳴が上がった。ロッドが丸テーブルを真っ二つに割る。グラスや食器が左右に吹き飛び、けたたましい音を立てて砕ける。そして……
「!!……」
花吹雪のように……
数字や絵柄の描かれた色とりどりの紙札が宙を舞う。集う者の視界の中、時の流れが緩んだかのようにゆらりゆらりと散るそれは、賭博に使う札だ。テーブルの板は二重になっていて、そのあいだに隠していたのだ。ガサ入れを察知したら誕生月のパーティーに偽装する、彼らとしては事前の取り決めどおりだったのだろう。
バササッ。
戻った時が、札を床にぶちまける。
「貴様ーーーーッ!」
猫を撫でるようだった正装の男の口調が一変した。少女がロッドを右から左に振り抜く。
「グブッ」
男の頭部がちぎれる。真横に飛び、奥の壁で深紅の花を咲かす。載せる頭を失った首は、泉のように血を噴き上げる。まだ立位を保つ首なし男の胸を、リリィはサンダルの底で蹴り飛ばす。水をたたえた壺を倒すがごとく、鮮血が後方に飛び散る。
「キャアアアアアアアアッ!!」
「おのれええーーーーッ!!」
……………
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