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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第9話 任務
105/228

4.荒野の作戦 (1) ☆

挿絵(By みてみん)


 荒野の西の果てに日が落ち、夜の(とばり)が忍び寄るころ、一団は鉄街道最初の宿場町・ムサに到着した。

 泉の周りにわずかばかりの農地。その一角に数件の宿屋や飲食店があるだけの小さな町で、傭兵たちは甲冑を脱ぎ、リリィたちと同じ濃紺の軍服に変身した。そして日が落ち切るのを待った。

 御者のいない馬車。繋がれた空馬。明かりの灯る飲食店からは兵士たちの声がこぼれる。町外れで焚火を囲み、野営する者たちもいる。これまで幾度となく繰り返された、宿場町の風景。

 だがその裏で……

 荒野に身を放った闇の軍団は、密かに展開を開始していた。



 ※


挿絵(By みてみん)


「あーあ、退屈な仕事だぜ……」

 岩陰で上着を羽織り、若い男は愚痴った。真夏でも荒野の夜は冷える。


 空を仰ぐ。満天の星。雲ははるか、南の地平に張り付くのみ。無数の瞬きと、中空にかかる上弦の月が、荒れた大地の凹凸をおぼろげに浮かび上がらせる。

 そして五十ルーテほど先のくぼ地には、人工的な光が灯る。木造の平屋。アジトだ。今ごろお頭や仲間たちは、悪徳商人相手に飲み食いしながら盗品を売買していることだろう。自分はまだ下っ端だし、順番とは言え損な役回りだ。そう思った時だった。


「ンググググググ!」

 突然、息ができなくなる。視界が塞がる。そして……


 ズシュッ。


 肉に刃物が突き立つ嫌な音。呻き声は途絶えた。



 ※


 崩れ落ちる男の体を両腕で抱える。がくりと首が後ろに折れ、あごが落ちる。ところどころ欠けた歯。舌がだらりと出て垂れる。物となった人の体は重い。支えながらゆっくりと地に横たえる。胸に突き立ったダガーを抜くと、漆黒の液体が布服を持ち上げる。

 刺客が、傍らに現れたもうひとつの人影に頷いて合図する。人影は風となり、音もなく走り去る。



 ※


 伝令がやって来た。二カ所の見張りの殺害に成功したとのこと。早い。自分たちが配置についてからまだいくらも経っていない。ケスランの部下たちの手際の良さにリリィは感心した。

 斥候の情報から、見張りは三カ所に一名ずつ配されていた。アジトから見て南東、東、北東。いずれも街道の方角だ。そちらを警戒しているのがわかる。そして南東、東のポイントは攻略した。残る北東の夜番を倒すことが、リリィたちの初仕事だった。



 前方、大きな岩の上で動く人影。距離は約三十ルーテ。このポイントがリリィたちに割り当てられた理由は明白だ。他の二カ所では、見張りは岩陰に潜んでいた。そのためケスランの部隊でも接近が容易だった。綿入りの布靴で足音を殺した刺客は、目にもとまらぬ早さで夜番を討ち取った。

 だがこの場所は違った。見張りは見通しの良い、大きな岩の上に陣取っていたのだ。無論、『見張る』のが役目なのだからそれが正しい。だがそれだけに攻略が困難だった。接近できないのだ。姿を晒せば、金属の鐘がけたたましく打ち鳴らされる。遠距離からのハルの狙撃が頼りだった。



 ※


「いける?」

 リリィの問いに、ハルは無言だった。彼女は岩陰で、何度か弓を構える仕草をした。狙撃のポイントと姿勢を探っている。

「どこで構えても向こうからは見えちまう……けど、任せとけ」

 小声だったが、ハルの答えは自信に満ちていた。彼女は弓を握りしめた。今の得物は、愛用の小振りなものとは違う。後衛小隊が使う中型のものだ。遠距離から一撃で仕留めるため、飛距離と貫通力を優先した。道中で何度か試し撃ちして感触は確認している。

 ハルは目を閉じた。ターゲットの姿がまぶたの裏に浮かぶ。大丈夫だ。自分がこれまで仕留めてきた獲物は、もっと小さく、すばしっこかった。あんなデカくて動きの鈍い的を射抜くことなど造作もない。できれば苦しませたくないが、そんなのは綺麗事だ。命を奪うのに変わりはない。戦場では、とにかく相手の反撃能力を奪うことが最優先だ。今はとにかく、あの鐘を打ち鳴らさせてはいけない。ならば……!


「!……」

 ハルが立ち上がった。迷いはなかった。一呼吸の間もなく彼女は一矢を放った。カラカラカラ……と、役目を終えた弦が乾燥した笑いを立てた。ほぼ同時に、濃紺の夜空に浮かぶ影が崩れ落ちた。強い張りの弓が放つ高速の矢尻は、避ける(いとま)も与えず標的(ターゲット)の側頭部に突き立った。


「……………」

 ハルは思った。これが人を殺すと言うことか。

 何の手応えもない。弦の張力を解放した瞬間、動作(アクション)は終わりだ。あとは当たるか外れるか。結末は天に任せるのみ。こんなものなのか。これが射手(アーチャー)の業なのか。

 ……否、現実はもう少々血生臭いらしい。


「行きなさい!」

 リリィが小声で伝令に指示する。若い小柄な隊員は頷き、音もなく闇に溶ける。それを見届け彼女はシールに耳打ちする。

「ダガーを貸して頂戴」

 シールが抜き身で手渡す。リリィはロッドを置き、獣のように身を屈め荒野を駆けていった。目標に息があればとどめを刺すためだ。ハルは自らの甘さを戒めた。やはり戦いは血みどろだ。手の汚れないことなど……ないのだ。



 ※


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