3.人を殺めると言うこと
七の月も終わりに近い三日後の正午、王都調練所から兵たちが出陣した。正規軍二個中隊百十名に、リリィ中隊の四十八名を加えた計百五十八名は、砂煙を上げて鉄街道を南進した。リリィ中隊の内訳は、以下のとおりだった。
歩兵第一小隊 十名 小隊長ケスラン
歩兵第二小隊 十名
騎馬小隊 十名
後衛小隊 十名
補給小隊 五名
別動隊(リリィ他) 三名
ふたつの歩兵小隊は、中隊の主力だ。ケスランとかつての舎弟を中心とする彼らは、軽装を武器に戦場を縦横無尽に駆け巡り、敵に打撃を与える。騎馬小隊は甲冑と長槍、大楯を装備しており、中隊の護りを担当する。後衛小隊は射手隊で、後方から遠隔攻撃で味方を援護する。補給小隊は、行軍に必要な物資の運搬と管理を担当する。
騎馬小隊以外の中隊員に通常甲冑は支給されないが、今回は正規軍に擬装するため、歩兵小隊と騎馬小隊の三十名には、正規軍と同じ装備が与えられた。
リリィたちは、補給小隊の率いる三台の馬車のひとつに身を隠した。荷台には行軍中の食料や水、予備の武器や矢、油などの物資を積んでいる。その奥に座り込んだ。他の二台には物を積まず、中隊のメンバーが交代で乗った。戦力の隠蔽と行軍中の疲労軽減のためだった。
今作戦は夜間の奇襲攻撃のため、三人は夜陰に紛れる濃紺の軍服に身を包んだ。リリィ中隊の他のメンバーも、今は甲冑姿だが、同じ服を用意している。リリィとシールにとって、ズボンを履くのは生まれて初めての経験だった。ハルがリリィに感想を聞くと、無表情で「悪くないわね」と答えた。
※
幌を閉じており、荷台の中は暗かった。
ガタガタと車輪の音が不規則に続く。その一瞬の間隙に、何かを引き絞る音が鳴る。膝を折ってうずくまっていたリリィが顔を上げた。向かいに座っているハルが弓を握りしめている。その音だろう。行軍を開始してからの彼女は、らしからぬ口数の少なさだった。
「ハル、わかってるでしょうね」
問い詰めるリリィにハルは「ああ……」と返答したが、声はわずかに震えていた。それをリリィが聞き逃すはずはない。ハルも取り繕わないといけないと思ったのか、すぐに続けた。
「あたいのご先祖様はずっとそうしてきたんだ。クソ親父も酔った時にイキってたぜ。『戦争で手柄を立てた』ってな。手柄を立てたってことは……つまりそう言うことだ。あたいもあの村に生まれた以上、物心ついた時から覚悟はできてるさ」
――ハルは今夜、人を殺さなければならない。
それが作戦の中で与えられた彼女の使命だ。優しい彼女にそれができるか。リリィは問うたのだ。ハルは肯定したが、リリィには不安が残った。矢を射ることはできても、ためらいが手元を狂わせる可能性もある。最悪、失敗も計算に入れておかなければならない。
「シールはどう?」
「あたしは……」
ハルの横で、シールはリリィと目を合わさなかった。彼女が直接戦闘に参加する予定は今回はないが、不測の事態は考慮しておかなければならない。シールは腰に提げたダガーに手を遣った。柄を両手で握りしめる。だが力は抜く方向にはかかっていない。むしろ鞘に押し込めている。
「刃ものはたたかいでまけたとき、自がいするためのものだっておかあさんからきいてた。リリィにはつかい方をおしえてもらったけど……人をさすなんてできないよ」
彼女は正直だった。そしてその正直さはリリィを苛立たせた。
「他人を刺せなくて、自分を刺せるの?」
「やめろ、リリィ!」
「いいよ、ハル、あたしはよわむしだから……」
シールは顔を上げた。そして毅然とした口調で返した。
「でも、あたしもたたかいでおやく立ちになりたい。てきはころせなくても、みかたのお手つだいをしたり、まもったり……そんなふうにできるようになりたい!」
ハルは胸締め付けられた。シールの言葉は彼女の精一杯だろう。いま彼女が対峙している相手は、本物の人殺しだ。しかもひとりやふたりじゃない。何千人もの命を屠った怪物だ。これ以上のものを望めば、彼女の心は折れてしまう。
「もう、いいだろ……」
ハルが絞り出した。沈黙が場を支配した。確実に鳴っているだろう、ガタゴトと言う車輪の音すら三人の鼓膜には届かない。
「ふう……」
凍り付いたような無音の世界に風穴を開けたのは、リリィのため息だった。彼女は「そうね」とつぶやきまぶたを伏せた。
「ごめんなさい。悪かったわ」
リリィは顔を上げた。氷のような表情は和らいでいた。
「私はシールのお母さんに頼まれたわ。『この子をよろしくお願いします』ってね。そしてハルは私のしもべ。だから私はハルの主。主がしもべを守れなくてどうするの」
彼女は、強い意志の宿った眼をふたりに向けた。
「私はあなたたちを守るわ。どんなことがあっても。だから存分に力を振るって頂戴」




