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召喚士の休日  作者: ittpg(三崎 まき)
第9話 任務
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3.人を殺めると言うこと

 (しち)の月も終わりに近い三日後の正午、王都調練所から兵たちが出陣した。正規軍二個中隊百十名に、リリィ中隊の四十八名を加えた計百五十八名は、砂煙を上げて鉄街道を南進した。リリィ中隊の内訳は、以下のとおりだった。


 歩兵第一小隊    十名 小隊長ケスラン

 歩兵第二小隊    十名

 騎馬小隊      十名

 後衛小隊      十名

 補給小隊      五名

 別動隊(リリィ他) 三名


 ふたつの歩兵小隊は、中隊の主力だ。ケスランとかつての舎弟を中心とする彼らは、軽装を武器に戦場を縦横無尽に駆け巡り、敵に打撃を与える。騎馬小隊は甲冑と長槍、大楯を装備しており、中隊の護りを担当する。後衛小隊は射手隊で、後方から遠隔攻撃で味方を援護する。補給小隊は、行軍に必要な物資の運搬と管理を担当する。

 騎馬小隊以外の中隊員に通常甲冑は支給されないが、今回は正規軍に擬装するため、歩兵小隊と騎馬小隊の三十名には、正規軍と同じ装備が与えられた。


 リリィたちは、補給小隊の率いる三台の馬車のひとつに身を隠した。荷台には行軍中の食料や水、予備の武器や矢、油などの物資を積んでいる。その奥に座り込んだ。他の二台には物を積まず、中隊のメンバーが交代で乗った。戦力の隠蔽と行軍中の疲労軽減のためだった。

 今作戦は夜間の奇襲攻撃のため、三人は夜陰に紛れる濃紺の軍服に身を包んだ。リリィ中隊の他のメンバーも、今は甲冑姿だが、同じ服を用意している。リリィとシールにとって、ズボンを履くのは生まれて初めての経験だった。ハルがリリィに感想を聞くと、無表情で「悪くないわね」と答えた。



 ※


 幌を閉じており、荷台の中は暗かった。

 ガタガタと車輪の音が不規則に続く。その一瞬の間隙に、何かを引き絞る音が鳴る。膝を折ってうずくまっていたリリィが顔を上げた。向かいに座っているハルが弓を握りしめている。その音だろう。行軍を開始してからの彼女は、らしからぬ口数の少なさだった。


「ハル、わかってるでしょうね」

 問い詰めるリリィにハルは「ああ……」と返答したが、声はわずかに震えていた。それをリリィが聞き逃すはずはない。ハルも取り繕わないといけないと思ったのか、すぐに続けた。

「あたいのご先祖様はずっとそうしてきたんだ。クソ親父も酔った時にイキってたぜ。『戦争で手柄を立てた』ってな。手柄を立てたってことは……つまりそう言うことだ。あたいもあの村に生まれた以上、物心ついた時から覚悟はできてるさ」


 ――ハルは今夜、人を殺さなければならない。


 それが作戦の中で与えられた彼女の使命だ。優しい彼女にそれができるか。リリィは問うたのだ。ハルは肯定したが、リリィには不安が残った。矢を射ることはできても、ためらいが手元を狂わせる可能性もある。最悪、失敗も計算に入れておかなければならない。


「シールはどう?」

「あたしは……」

 ハルの横で、シールはリリィと目を合わさなかった。彼女が直接戦闘に参加する予定は今回はないが、不測の事態は考慮しておかなければならない。シールは腰に提げたダガーに手を遣った。柄を両手で握りしめる。だが力は抜く方向にはかかっていない。むしろ鞘に押し込めている。

「刃ものはたたかいでまけたとき、()()()するためのものだっておかあさんからきいてた。リリィにはつかい方をおしえてもらったけど……人をさすなんてできないよ」

 彼女は正直だった。そしてその正直さはリリィを苛立たせた。

「他人を刺せなくて、自分を刺せるの?」

「やめろ、リリィ!」

「いいよ、ハル、あたしはよわむしだから……」

 シールは顔を上げた。そして毅然とした口調で返した。

「でも、あたしもたたかいで()()()()()になりたい。てきはころせなくても、みかたのお手つだいをしたり、まもったり……そんなふうにできるようになりたい!」


 ハルは胸締め付けられた。シールの言葉は彼女の精一杯だろう。いま彼女が対峙している相手は、本物の人殺しだ。しかもひとりやふたりじゃない。何千人もの命を屠った怪物(モンスター)だ。これ以上のものを望めば、彼女の心は折れてしまう。


「もう、いいだろ……」

 ハルが絞り出した。沈黙が場を支配した。確実に鳴っているだろう、ガタゴトと言う車輪の音すら三人の鼓膜には届かない。


「ふう……」

 凍り付いたような無音の世界に風穴を開けたのは、リリィのため息だった。彼女は「そうね」とつぶやきまぶたを伏せた。

「ごめんなさい。悪かったわ」

 リリィは顔を上げた。氷のような表情は和らいでいた。

「私はシールのお母さんに頼まれたわ。『この子をよろしくお願いします』ってね。そしてハルは私のしもべ。だから私はハルの(あるじ)。主がしもべを守れなくてどうするの」

 彼女は、強い意志の宿った眼をふたりに向けた。

「私はあなたたちを守るわ。どんなことがあっても。だから存分に力を振るって頂戴」


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