1.苦心の師範 ☆
■物語の舞台
王国の傭兵となったリリィは、大平原南部のならず者たちと対決します。
■登場人物
・リリィ
召喚士の少女。死霊を宿していた右腕と共に召喚能力を失うが、ロッドと剣の腕前は健在。失った『力』を取り戻すため、王都を拠点に据える。
・ハル
アーチャーの少女。三本の矢を同時に放つ曲芸撃ちの名手。リリィのしもべとして、リリィの旅の伴侶となる。
・シール
風使いの少女。マクベス国の将軍の娘。リリィ、ハルと行動を共にするようになる。
・ザヅツ=デヴォーウト
王都で働く役人。銀髪長身の美青年。
・エレナ
王都でリリィたちが身を寄せる下宿のおかみ。
・ナカ=サラン
王都で弓の名門道場を相続した若い師範。
・フローラ
ナカの妻。体が弱く、家に引きこもりがち。
・マーリック
武闘大会でリリィと闘った赤髪の戦士。
・ウインガルト十三世
大平原を治める現国王。
・ギュスタンダー
国王に仕える十七名の枢機卿のひとり。ザヅツの良き理解者。
・ケスラン
リリィに中隊長の座を譲った前中隊長。
「二本撃ちでも一本は囮だ!本命の狙い方は変わんねぇ!あとは二本目をいかに効果的な射線で撃てるか!それは状況による!最初は気負わなくていいぜ!」
額の汗を腕で拭うハル。風もなく、熱がこもるナカ=サランの道場で、彼女は成人の門弟にハッパをかけていた。
傍らでは、数人の子供たちが気ままに練習していた。危険がないよう、ナカが見守っている。射場の隅では、フローラが床に置いた低いテーブルに向かい、兄妹だろうか、男の子と女の子に読み書きを教えている。
王国軍への編入を受けたリリィたちだったが、傭兵部隊は正規軍と異なり、常駐の義務がなかった。任務の時だけ招集され、成果に応じた報酬を受け取り、次の任務までは解散する。だからリリィ中隊のメンバーも、普段は別の仕事をしている者が多い。
※
「精が出るわね」
聞き慣れた声がしてハルは戸口に目を遣った。リリィが外から戻ってきたのだ。シールを連れているが、幼い少女は汗だくで、つらそうにうなだれている。ちぢれた銀髪が汗で首筋に張り付いている。
「フローラ、シールに飲み物を用意して頂戴」
リリィの頼みに、フローラは「はい」と返事して腰を上げた。
「奥で休ませてもらいなさい」
「う、うん……」
シールはフローラの後を追うが、足取りがおぼつかない。ワンピースのすそを踏んづけないか、心配になるくらいだ。彼女の姿が見えなくなるのを待ち、ハルがリリィに耳打ちした。
「あまり無理させるなよ」
「そうね……」
その返事は肯定なのか、否定なのか。今ひとつ煮え切らない。
ハルは知っていた。
リリィはシールに素質があると考え、人目のない郊外の荒れ野で魔法の練習をさせているのだ。リリィとしては、少なくともエンベロペを超える程度の力は欲しいようだった。ただ、状況は芳しくない。
一方ハルは、苦心しながらも師匠としての立場を確固たるものとしていた。彼女の指導は、その性格からすると意外なほど優しく、丁寧で、的を射ていた。門弟たちの受けもよく、尊敬を集めた。徒弟が増え、ナカは入門者希望者を断らなければならないほどになっていた。
ただ、指導に苦心しているのはリリィと同じだった。師匠の天賦の才を他者に伝えるのは困難を極める。
門弟のひとりが矢を放った。ハル譲りの二本撃ちだ。その技に取り組むと言うことは、基本的な技術は会得していると言うことだ。それでも放たれた二本の矢は、何もない中空を虚しく滑空する。
「あちゃー」
ハルが額に手を当てる。
「んー、なんて言ったらいいんかな……」
ハルは眉根を寄せて首を振る。撃った男も申し訳なさそうにうなだれる。その様子に、「私が言えた立場じゃないけど……」とリリィが珍しく控えめな前置きをした。
「……言葉で伝えることのできる技術は半分まで。そこから先は、自分でつかみ取ってもらうしかないわ」
まあ、そうだよな……ハルは表情で答える。
「じゃあ、つかみ取ってもらうにはどうしたらいいんだ?」
「ハルがやって見せて……あなたはそれを見て、盗みなさい」
「盗む、ですか」
門弟は、『盗む』と言う表現に何か気付いたようだ。
「あとは自分でやって、ダメだったら考えて、何かを変えて、その結果どうなったかを確認して、修正して……それを繰り返すしかないわ」
「それなら自分ひとりでもできそうです」
「だったらあたいは楽だな」、ハルは笑ったが、リリィが釣られて頬を緩めることはなかった。召喚能力を失った彼女は、シールに『やってみせる』ことができないのだ。




