11.息子さんと働くぜ ☆
復路の馬車は、往路とは逆、城門から見て右手の坂路を登った。円城壁を出、スロープを下ると、にぎやかな街の東のエリアを走った。
人々は、朝とは逆向きに流れていた。馬車は目抜き通りから路地に入り、ほどなく止まった。酒場の前だった。酒場と言っても、場末感はない。ザヅツのチョイスか、それともケスランとかいう男の趣味か。それなりの店構えだ。
「ここから先は私ひとりでいいわ。あなたたちは部屋に戻ってて頂戴」
石畳にロッドを突いたリリィは、ハルとシールにそう告げた。リリィは御者に下宿の場所を伝え、出発させた。
※
「あら、お帰り。まじない師ちゃんは一緒じゃないのかい?」
ハルとシールが下宿に戻った時、エレナはカウンターの奥で針仕事をしていた。シーツを繕っているようだった。「あいつはまだ仕事だ」、ハルはそう言ってカウンターにもたれかかった。エレナを見下ろす顔は、秘密を知った子供のようにニヤニヤしていた。早く口を開きたくてたまらないと言った体だ。
「息子さんに会ったぜ。下で働くことになった」
エレナは驚き顔だ。だが、こちらも負けてはいない。すぐに口元を吊り上げた。
「そうかい。お城で給仕でもするのかい?」
「はははは」
エレナの口調は冗談に聞こえなかった。彼女は息子の仕事内容を知らないのだろう。だとすれば、ここは合わせておいた方がいい……そう考えながらハルが「エレナさんは城に行ったことないのか?」と聞くと、婦人は右手を振った。
「お城どころか、生まれてこの方、エンベロペの中にも入ったことないね」
「えっ、マジ?」
息子が城勤めなのに……あの城壁は、それほどまでに厳然としたものなのか。ハルは痛感した。
エレナが針山に針を刺した。そして縫っていたシーツを畳んだ。
「あんたたち、夕食がまだなら作ってやってもいいよ」
ここに来た日に彼女が説明したとおり、食事を頼むなら本来は事前予約が必要で、当然有料だ。ただ彼女は、リリィたちに何かと便宜を図っていた。彼女がリリィたちから食事代を取ったこともなかった。
「おお、出かけるのも面倒だし助かるぜ!腹が減ってたんだ」
「出来たら呼んでやるよ。部屋で休んでな」
「わりぃな」
目くばせし、ハルはカウンターから離れた。そして階段を上がろうとしたその時。背中がエレナの声を聞いた。先ほどとは違う、低く抑えた声だ。
「……危ない橋は渡るんじゃないよ。困ったことがあったら息子に相談するんだよ」
「……………」
(やっぱり……知ってたんだな)
彼女は振り返らず、弓を持った左手を上げて了解を示した。




