表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

タイトル未定2024/04/07 16:21

テーマ「あんたって、ほんとそう」

ガラガラと鳴る車輪の音が遠ざかっていった。

こんな辺境に来る人も少ないものだから、いくらか普段とは違う感覚に襲われる。



「リルカ、久しぶりーっ!」



サフィから声が掛かった。彼女は私の幼馴染で、さっきの馬車で唯一ここで降りた客人だ。風に靡く薄めの茶髪に太陽が煌めく、相も変わらず綺麗な人だと思う。



「こっちこそ!ほらこっちが家、入って」



サフィを家に迎え入れる。

荷物を置いた彼女はしきりに部屋を見回しているが、何か珍しいものでもあっただろうか? 


出してやったコップを持ちテーブル椅子に座ると、答え合わせをするように急に尋ねてきた。



「いやさぁ......ムルはどうしたの~?一緒に住んでたりしないの?付き合ってたでしょ?」



ああそのことか、と思う。彼女と彼女の家族がこの村を離れた頃にはよくそんな風に揶揄われていた。もう随分と経ったがあの関係のままだったらもういい年だし、互いに同棲していると思われてもおかしくない。とも思う。

でも、私は...



「別れたわよ。ムルとは」


「えっ!?」



驚かれるのも無理はない。確かにあの頃の私たち二人は順風満帆で、別れるなんて考えることさえなかった。



「やっぱり、その病気が原因......なの?」



サフィの視線が私の左手から肩、その変色した肌に向く。

本来そこにあるはずであるだろう血色の気配はとうに無く、白く濁ったような肌が服の間から覗いていた。



「まぁ、そんな感じ。ほんとはこんな服着ない方がいいかもなんだけど、もう広がり過ぎて諦めちゃった。じわじわって広がってくるのよこれ」



【白死病】、つい数年前から流行し出した奇病だ。罹ると体のどこか一部分に斑点のようなものができ、そこからゆっくりと体の表面に広がっていく。

治せる手段は見つかっておらず、一度罹ってしまったら最後、そのまま体中に白濁が広まりやがて命を落とす。

今日彼女がこの村に戻ってきたのだってこの病気のせいでもある。私の余命は長くてもあと1,2年、わざわざ辺境まで戻ってくる頻度としては十分といったところだろう。



「口出すことじゃないかもしれないけど、何で?そんな......病気にかかったからといって見捨てるような人じゃないでしょ彼」


「貴女が言うと説得力があるわね」


「あはは...それで、何でなの?」


「それは少し長くなっちゃうんだけど...そうね、ちょうど今からだし。ついて来てみる?もしかしたら理由が分かる、かも」


「どこに?」


「その"彼"のところよ」


「......行く」


「なら決まりね。準備してくるから先に外に出ておいて」





「あと髪、切ったんだね。似合ってる。長髪も好きだったけどなぁ」


「良いでしょ、短めのツインテールにしてるの。あなたもそのベリーショート似合ってるわよ」



―――――――――――――――――――――――――――――――



今日持っていくのは...あれと、これと...あと無くなってたから多分これも持っていった方が良いわね。


準備を終えて裏口から出るとサフィと目が合った。どことなく忙しないような雰囲気だがどうかしたのだろうか。



「別に緊張してるわけじゃないよ!?」


「そう? おまたせ。それじゃ行きましょうか」


「うん。彼のお父さんのお店、まだ残ってるの?」


「残ってるけど...行くのはそっちじゃないわよ。今から行くのはこっち」


「え、あっちって行き止まりじゃ...」


「そうよ?その先の森の奥にあるの。ついて来ればわかるわ」



そう言って歩き出す。昔とはいえサフィもこの村に住んでいたことだし、道くらいは覚えているだろう。

進んで角を曲がり、どこか見覚えのある気がする看板を無視して横を通る。



「あ!今の肉屋のおじさんのとこでしょ!今日はやってないんだね」



後ろから声が聞こえる。何年ぶりかも分からない帰省だし仕方もない、知っている街並みを見たら口に出したくもなるだろう。かつてと同じものかは確約できないけれども。

歩みを止めずに、また進んでいく。また看板の横を通り過ぎ、そのたびに彼女が声を上げた。



「今日はどこも休みだね~。人も歩いてないし、みんな休養日なのかな?」


「そうだったら良いんだけどね。」



そう言い捨てて先に進む。進み続けて村を外れ、大きく村を囲むように広がる森へと入った。

昔は私も彼女も危ないからと入るのを止められていたが、大きくなった今となっては特に何の障害もなく踏み入ることができている。



「懐かしいね。ムルが薬草を無くしちゃったからって大泣きして、しょうがないからってみんなで新しいのを探しに来たことがあったっけ。

あの時は怖かったな~。ほら、何も準備せずに行っちゃったでしょ?日が暮れても薬草は見つからないし、道は分からなくなって暗い中迷っちゃうし、大人に見つけて貰わなかったらどうなってたんだろうね?私たち」



随分と懐かしいことを覚えているものだ。あの時はまだ危険というものを理解していなくて、無茶をすることも多かった。



「それにしても誰にも会わなかったね。うーん...そうだ、村長さんってまだ変わってない?折角だし後で挨拶に行きたいかも」


「村長さんは変わってないよ。もう変わることも無いと思うけど」


「......なんかさっきから様子おかしくない?折角帰ってきたのに」



そんなことは...あるかもしれない。まともに人と話すこと自体がそもそも久しぶりで、ましてや、そう、幼馴染となんて。



「村の中、人の気配全然しなかったでしょ」


「ええ」


「それもそうよ。だってもう誰も居ないんだから」


「......」


「賢明な判断だと思うわ。こんな病人を抱えてまで村に残るなんて危なすぎるもの。下手をすれば村が全滅することだってあり得るわ。

街の方に居たあなたなら知ってるでしょう?この病気、人から人にうつるのよ。」


「でも...だからって...」


「正直、村に住んでいてもいいって言われるとは私も思ってなかった。普通は追い出されるのが当たり前......でも、これもあいつのおかげ。あいつが村長さんたちに話して、許可を取ってくれたの」


「彼?許可って?」


「この村を取り壊さずに使い続ける許可よ。年月が経つにつれ人も減ってきて、隣の村との合併が考えられていたの。幸い私が発症したのは帰り着く直前に分かって、村のみんなにはうつさなくて済んだ。潜伏期間が短くて助かったわ。

もちろん使い続けるにあたっての人頭税とか、村としてやらなければならないこともあるのだけれど...それはあいつに負担して貰ってるの。あいつ、凄いのよ?定期的にくる役人に薬を渡すだけで税金も免除されて、更に色々な物資まで。あいつがいなきゃ私なんてそうね、1ヶ月もすればベットの上で力尽きてたわ」


「なら、なんで」


「...それも含めて説明するわ。ほら、着いたわよ。」



これまでの道もそうだったが、やはり人為的な手が加わっているように思える。

下地は緑の地面のままだが日常的に踏み固められて固まっていたし、ところどころ通りやすいように木を切った跡もあった。


一気に森が開けた先、大きく聳え立った断崖絶壁の岩肌に一つの洞窟が見えてきた。人が二人だけ並んで通れる程度に細長く開いたその穴は、あまりこちらを歓迎していないようにも思える。



「こっち。下がちょっと濡れてるから気を付けてね」



洞窟に入ると、指摘の通り地面は薄く水が張る程度に濡れていた。また洞窟内の遮られた空気によるものだろうか、気持ちよく晴れていた外に比べて湿気が感じられ、多少肌寒くもある。

光源は少ししかなく薄暗い。足元に注意するのは賢明だろう。


そんな洞窟の中をリルカは勝手知ったる顔をして進んでいく。内部に入ると思っていたよりも空間があり、それに進むにつれて何個かの小部屋のようなものを通り過ぎた。外から見ると疑問だったが、ここにはやはり何らかの用途で人が住んでいるのだろう。



「着いた」



リルカが立ち止まる。そこは荒削りの岩壁には似つかわしくないぼろぼろの木の扉ーどこか封鎖された上からこじ開けられたようなーがあった。

扉の表面には恐らく家主...部屋主?の字で張り紙がされている。『立ち入り禁止』、『入ってこないで』、『ノックして!!』、『昨日の美味しかった』、・・・順に貼られ続けたように見える・・・、『僕が悪かった』、『もっと話そう』、『許して』、『ごめんね』。

最後の張り紙だろうモノも貼られてから時間が経っていて、扉横の光源に照らされ薄いインクを乾かせていた。



「入るわよ」


「え、リルカ!ノックとか声かけなくてもいいの!?いろいろ書いてあるけど......」


「もうどうせ気にしちゃいないわよ。ほらついてきて」



リルカが強引にドアを開けると、中の光景が目に飛び込んできた。

壁に備え付けられた棚には、何かの植物が植えられた植木鉢が一面に、天井近くまで置かれ、更に地面にも端から埋め尽くしていくかのように大きな長方形の物がいくつもある。

他にも机や窯、すり鉢に瓶がところ狭しと並べられた中にあるベッドが一つ...そこに一人の男性が寝ていた。



「あ、の人...」


「そ。その"彼"よ。また何も食べてない...いい加減食べないとあんたが先に死ぬじゃないの」



リルカはベッドの横にあった食料を見ると、持ってきたバッグの中身と入れ替え始めた。手慣れた様子で作業を終えると、サフィの方を振り向く。



「ほら、"彼"今こんな感じなの。この洞窟から全く外に出てこなくて、必要な食料とか物資とかは私が通って運んでる。私が発症してからなんだけど...もうちょっとで一年は経つのかしらね」


「一年......こんなところで?」


「何度言い聞かせても"彼"、やめてくれないの」


「そんな...」



動きが止まっているサフィを置いて、リルカはバッグのなかから一冊の本を取り出す。



「そういえば別れた理由、聞きたがってたわよね。これ、日記。こうなってからつけ始めたんだけど...お洒落でしょ?読んで良いわよ。好きに」



そう言って投げ渡された日記は、まだ一年しか使われていないにしては表面も端もボロボロで。

開いたページにはこれまでの記録が綴られていた。






―――――――――――――――――――――――――――――――



※一部抜粋




雪解 23日 日記を、付けてみようと思う。何の気休めにもならないとは分かっていても。



雪解 27日 隔離診断の結果が出た。症状も出ているし『白死病』で間違いないらしい。


雪解 28日 村から出ていくと言ったらムルに引き留められた。どうすればいいのよ。


雪解 30日 吃驚した。まさかあいつにそんな力があったなんて。出て行かなくて良くなった。



日乗 01日 ムルが森の奥に洞窟を掘り始めた。研究のため?らしい


日乗 02日 白死病を治す薬を作るって。......たすけて


日乗 06日 急に暖かくなってきた。あいつ、風邪ひかないかしら。...ひかなそうね。



日乗 15日 洞窟が完成したらしい。早すぎない?無理してるんじゃないでしょうね?



日乗 18日 あの馬鹿、洞窟ができたとたん籠りっきりになっちゃった。馬鹿。


〃  19日 まだ戻ってこない。変なところで凝り性なのは何なのかしらね...


〃  20日 まだ。


〃  21日 もう待たない。そろそろ歩けるようにはなったわ。


〃  22日 急に押しかけたら驚いてたわ。夢中だった?はぁ...食料だけ置いてきたわ。



〃  25日 街からの物資が届いた。はいはい、私は対面できないから水汲みでもしてるわよ。


〃  26日 久しぶりに料理をしたわ。あいつもうまいって食べてた。そうでしょう!



〃  28日 熱が出た。あいつが言うにはそろそろ症状が出てくるらしい。怖い。


〃  29日 ちょっと苦しかったけど、すぐ下がった。ほら、元気でしょうが!


〃  30日 あいつが謝ってきた。死病って呼ばれるくらいだもの。気にしないでよ。


日注 01日 旅に出るらしい。材料が欲しいとか。ほら、行って来たら?気にしないわよ。


〃  02日 旅の準備が始まった。でも私は病気のせいで何も触れない。まったく。



〃  05日 そういえばあんたは何で平気なの?って聞いた。教えてくれなかった。え~なんでよ。


〃  06日 教えてくれた。昔妖精?に病気にならないようにして貰ったんだって。なんでよ。



〃  14日 いよいよ出発が迫ってきた。今回は国にお金を出して貰って探しに行くんだって。



〃  18日 出発の日だ。旅団について行くのを家の中から見守った。がんばってね。



〃  28日 1通目の手紙が届いた。行き先へは今のところ順調らしい。返信を飛ばした。



日解 12日 あいつが居なくなってから物資の配給が雑になった。しかも予定の量より少ない。



〃  16日 2通目。目的地には着いたらしい。ここから探索だって。返信を飛ばした。



〃  25日 配給、さらに少なくなっていた。なんか陰湿ね。やんなっちゃう。




光乗 10日 ようやく帰ってきた。待ったんだからね。おかえり。


〃  11日 目当ての材料を見つけたんだって!良かった...でもまた籠るのかな。


〃  12日 配給が元通りになった!これで赤貧生活ともおさらばね!


〃  13日 こらーーー!引っ込むなーーー!!!怒られた。ノック?いやよ?


〃  14日 なかなか薬作りがうまくいってないらしい。



光注 23日 また旅に出るとか言い出した。またウン十日も待たせるつもりなの?嘘。ごめん。


〃  25日 ...... また切り詰めないといけないわね。動物罠でも作ろうかしら。


〃  28日 ようやく罠が完成したわ。上手くいってくれると良いのだけど。


〃  30日 うまく作動してくれたみたい。これならあいつが居なくても大丈夫かもね。




光解 14日 そろそろ手紙の一つでも寄越したらどう?今回は前よりも遠くなのかしら?



〃  18日 鳩が食べられたのかしら。本当に大丈夫でしょうね。



〃  22日 今日はちょっと洞窟に行ってみた。鍵は掛かってたし...居るわけないわよね。



〃  25日 配給に親展が折り込まれてた。


〃  26日 ///////////////////////////////////////////////


〃  2/日 おねがい。





風乗 08日 旅団が帰ってきた。お医者様にうつしちゃいけないわよね。そうよ。


〃  09日 家の前に届けられる紙でしか、何もわからない。


〃  10日 あいつは、どうなってるの、いきてるの、しんでるの、


〃  11日 わからない


〃  12日 わからない


〃  13日 わからない


〃  14日 いきてはいるらしい


〃  15日 お医者様に壁越しに会えた。命は助かったけど意識が戻らないみたい。


〃  16日 最近は毎日神様にお祈りしてる。教会に行くことなんて無いと思ってた。


〃  17日 意識が戻ったって!!!!!!良かった!!!!!!!!


〃  18日 まだ会えないらしい。どうして



〃  25日 食べ物なんて要らないから。会わせてよ。


〃  26日 隣の空き家に運ばれたらしい。明日からは自由に会っていい、らしい。


〃  27日 会いに行った。寝てた。お腹に包帯が巻いてあった。


〃  28日 会いに行った。起きてた。ごはんを食べさせてあげた。明日も来るね。


〃  29日 話をした。移動中に盗賊に襲われたんだって。ちゃんと守りなさいよ。


〃  30日 暫くは動いちゃダメみたい。面倒見てあげるから休みなさい。


風注 01日 今日もいつも通り過ごした。幸い物資はあるから無理しなくて大丈夫。


〃  02日 食事を食べさせてあげてると、何か親鳥みたいでムズムズするわね。



〃  09日 大分体調も良くなってきた。...食事もそろそろ一人で大丈夫そうね。


〃  10日 お医者様へ報告をした。驚異的な治りらしい。よく分からないけど良かった。



〃  15日 家に居なかったから探してたら洞窟にいた。まだ動いちゃダメだってば。


〃  16日 いくら言っても聞かない。だから動いちゃダメ。あんたの体のことなのよ?


〃  19日 だから!!話を聞きなさいよ!!! 私のためとか...知らないわよ...


〃  20日 久しぶりに熱を出した。今日はあいつは脱走してないわね。良かった。


〃  21日 熱が下がらないけど。あいつが大人しいから気が楽だわ。いつもそうしてなさい。


〃  22日 ちょっと苦しくなってきた。熱も上がってきてる気がする。ごめんご飯つくれない


〃  25日 3日寝込んでたらしい。なんで私が看病されてるのよ...ありがと


〃  26日 またあいつが洞窟に行くようになった。あの馬鹿......!!


〃  28日 戻ってこないと思ったら洞窟で倒れてた。応急処置はしたけど血が出てた。


風解 03日 お医者様からようやく会う許可が出た。お腹がまた破れてたらしい。


〃  04日 会った。全然反省してない。なんで?なんでそんなに無茶するの?やめて...



〃  15日 ようやくちょっと良くなってきたみたい。洞窟に行かないようにまだ見張ってる。


〃  17日 お医者様から大丈夫って許可が出た。良かったわね?



〃  21日 行けるようになったと思ったら籠り切り。はぁ......


〃  23日 ご飯食べてない?最近は話しかけても無視される。明日も持っていくわ。


〃  24日 また無視。ちょっとはこっち向いてくれてもいいじゃない。もう。


〃  26日 もう何日か食べてないんじゃない?でも話しかけても聞いてくれないし...


〃  27日 倒れてた。無茶しないでって。言ったのに。


〃  28日 家で寝かせて無理やり食べさせたら良くなった。 話を、しましょう。


〃  29日 初めて喧嘩をした。あなたとはいっしょにいられないわ。無理。ダメよ。もう決めたの。


〃  30日 病気を治すために必要だからって、それで死んだら元も子もないじゃない。


雪乗 01日 一週間に一度だけ、物資を届ける。あんたは死なないようにする。それだけ。


〃  02日 もう多分、この家には帰ってこないんでしょうね。



〃  08日 扉に張り紙があった。嫌よ。もう決めたっていってるでしょ。さっさと諦めなさい。



〃  22日 諦めが悪いわね......私は......



雪注 08日 もう白濁が肩まで上がってきてる。頭まで上がったら終わりらしいから、もう半分ね。


〃  14日 あいつもようやく落ち着いたみたい。何も言ってこずに只管何かをしてるわ。


〃  20日 サフィから手紙があった。ようやくこっちに来れるらしい...来なくても、いいわよ。


〃  27日 サフィが来ること、伝えた方がいいかしら?...いい刺激になりそうだしやめときましょう。



雪解 06日 そろそろサフィがくる。もう...着れる服なんてないわよ?










「......」



サフィが日記を読んでいる間、リルカはずっと真横でサフィのその表情を見ていた。それは純粋な興味によるものか、それとも...



「はぁっ............ごめんね。早く来てあげられなくて」



ふと、サフィが独り言ちる。謝罪と後悔とそれと何か別の感情も混じって出たような複雑な表情をしていた。

そんなサフィを見て、リルカも言葉を零す。



「...別に、そういうことを言ってほしくて見せたわけじゃないわ。こういう日々を過ごしてたって、それだけよ」


「それでも」


「いいの。命の危険さえあるのに今来てくれてる。それだけでも十分よ」



本来白死病患者に面会することは固く禁じられていて、医師さえ入念な準備をした上で間に奴隷を立てて診察を行うのだ。

ましてや自分から会いに行こう、だなんて周りも巻き込んだ自殺と考えられてもおかしくはない。そのため十分な隔離措置、検査に時間を取ることを前提として国に対して届け出をすることができる。

その手続きも時間が掛かるもので......実際に会えるまでに亡くなっていることも珍しくはない。



「ありがとうね。サフィ。」


「改まっちゃって...それと、今まで一度も村に戻ってこれなかったのもごめんなさいね?色々とあったのよ」



今度はサフィが村を離れてからのことを話しだす。二人はそれこそ昔の、幼馴染として一緒に居た時のように流れる時間を楽しんでいた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「、それでね~。ん?なにこれ」



話しながら手持ち無沙汰に彷徨わせていたサフィの手が、横の植木鉢に生えている葉っぱを掴んだ。



「ん~?ん、ふふ...なつかしいね。薬草ってこうやって掴むんだっけ?」



サフィの手が大きく葉の周りを掴む。



「えっ......あっそれダメよ!!今すぐ離して!!!」


「何!?どうしたの!?」



リルカの注意も束の間、急に葉の下が盛り上がり、小さな根菜のような見た目をした根が土の上まで出てきた。



「やばいっ!耳!耳を塞いで!!」


「本当に何!?耳!?」



二人が耳を塞いだのが早いか、その植物の根から途轍もない音が鳴りだす。



pya----------------------xu!!!!!!!!!!



人間の声とも、はたまた何かの動物の声ともー実際は植物の声というのが正しいのかもしれないーとれない奇っ怪な鳴き声が部屋に響き渡った。


その場にいる人物は皆思わず耳を塞ぎ、鼓膜が超音波によってガリガリと削られるような耐えようのない不快感に蹲るばかり。

ただ一人の男を除いては。



「......ん。またマンドラゴラが泣きだしたのか」



男はもぞりと動くと慣れたようにシーツの上を転がりながら起き上がり、未だに叫び声を上げ続ける植物の前へと近づいていった。



「ほぅら、今度は何が悲しいの?それとも嬉しいの?怒ってるの?言ってみてよ」



男が植物に話しかけるとピタリと叫び声が止まる。

男によるとマンドラゴラというらしいこの植物は、その根に付いている顔のような窪みを動かして何かを伝えようとしているようだった。



「へぇ」



男の手がマンドラゴラの葉の付け根あたりを撫でると、先ほどまで気が狂ったように泣き叫んでいたその植物は大人しくなり、もう新たに声を上げる様子は無かった。


男はマンドラゴラを元の鉢植えに戻しリルカに向き直ると、開口一番強めの口調で責め立てた。



「リルカ、何度も言ってるでしょ。勝手に周りの植物に触ったらダメだってば」


「別に今日のは私じゃないわよ...」


「だって君以外には誰も...あれ?この人は誰?」



男の目がサフィを捉える。当然知り合いのはずなのだが如何せん数年ぶりの再会、一目で見分けがつく方が難しいというものだろう。

サフィも先ほど蹲った状態のままこちらを見ているので、なおさら個人が分かりづらい状況になっている。



「サフィよ。流石に覚えてるでしょ?幼馴染の」


「サフィ、サフィ、.........あぁ!!!!」

本当!?本当にサフィなの!?戻ってきたんだ!久しぶり!!」



男は暫く本気で分からないといった風に首を傾げていたが、顔をパッと明るくし、蹲っているサフィに呼びかける。

サフィも自分が呼ばれたことに気付き、顔を綻ばせた。



「覚えててくれた...!ムル久しぶりー!」



サフィがムルに飛び込み、一緒にベッドに倒れ込む。ムルのその不健康そうな身体では一人の成人女性を支えるには力不足のようだった。



「いってて...まさかこんな何もない所に戻ってくるなんて。前に手紙を出した時は仕事が忙しかったらしいけど、大丈夫なの?」


「もう大分落ち着いたの。それに白死病に対抗するための予防薬も飲んで行かないといけなくて...しょうがないけれど辛いものよね。好きに帰ることも出来ないなんて」



離れていってから何年か振りに会うのだ。感動の再会と言っても良いだろう。二人、矢継ぎ早に聞きたいことを取り合っていた。

そんな二人にリルカが声を掛ける。



「大変盛り上がってるところ悪いんだけど、その姿勢は色々と危なくない?」



言われて二人も今の状況を確認する。

二人ともベッドに倒れ込んだ姿勢のまま話していたので、サフィがムルを押し倒すような形になっていた。



「「え?うわぁっ!」」



指摘されて直ぐ両方弾かれたように飛びのく。どちらも顔を赤くしてベッドの両端に座り込んで、さっきまでとはうって変わって黙りこくってしまった。



「ごめんね!ごめんね!」


「いや、こちらこそ...」


「まったく...もう小さい頃とは違うのよ?いい加減にその抱きつき癖直しなさいよあなた」


「ははは...嫌!」


「なんでよ!!」



笑い声が、聞こえる。それはここ一年この部屋には無かったものだった。

昔馴染みが戻ってきたことでどことなく鬱々としていた二人の顔にも久方ぶりの表情が見えるようになり、それは恐らく良い兆候なのだろう。



「まぁ、いいわ。ほら食料と着るものと身の回りの物。いつも通り置いといたから。それじゃあ私は帰るわね」


「リルカ、もう帰っちゃうの?」


「まぁ今日の分は運び終わったし、ムルに会わせるのもできたし、もう充分でしょ」


「でも......本当に、いいの?別れたままで」


「......」


「サフィはもう聞いてるんだね、僕たちが別れたこと」


「うん。でも、別れたままなんて悲しいじゃない。今さっきも楽しそうに笑ってたじゃない!二人とも、本当にこのままでいいの?」



リルカは入ってきた扉の方に向かいながらも、後ろに向かって声を上げる。



「いいのよ。これで。

私はこいつに生きるための手助けをして、その代わりにお金とかの必要な部分を頼ってる。

こいつは......勝手に。そう勝手に私の病気を治そうとしてるだけの他人なのよ。それでいいの。」


「ごめんね、リルカ。君のために何もしてあげられてなくて。」



リルカの足が止まった。



「うるさい!!」



急に叫んだリルカに、しかしムルは特に驚くことなく顔を伏せたリルカを見つめ続けている。



「ずっと言ってるでしょうが!!私なんてどうせもう少しで死ぬんだからさっさと見捨てて一人でどこかに行けばいいじゃない!

なんでそうしないのよ!!」


「だって、まだ君の病気を治していないし...絶対に、諦めたりなんかしないからね」


「っだから......!!」



リルカが振り返り視界の真ん中にムルを見据えた。そして言葉を紡ぎ出す。



「何度も何度もごめんねばっかり!なんでそっちが謝ってるのよ!

そもそも、私がこうなったのは何のせいだと思う?別に何のせいでもないわ。

流行り病なんて急に出てくるものなんだから予測なんてできるわけないでしょう!?」


「でもそれは僕が...」


「なによ!

僕が旅行になんて連れて行ったから!?

こんな病気が流行ってること知らなかったから!?

薬屋なのに病気を治す薬を作れないから!?

わたしを......死なせてしまうから......!?」


「そんなの...知ったこっちゃないわよ!!!

どれもこれも、あんたが悪いことなんて何にもないじゃない!!!そんなことをいつもいつも気にして無理ばっかりして!!!あんたの悪い癖よ!!!」


「勝手に責任感感じられても迷惑なのよ!!理解できる?迷惑なの!!」



堰を切ったようにあふれ出す言葉は次々と口をついて止まらない。



「あんたはいっつもそう!いつもいつも何かのために自分を顧みなくなって!自分ができないようなことでも...っ」


「私となんて一緒にいないで新しいパートナーでも見つけたらどうなのよ!?...黙ってないで、なんとか言いなさいよ!!」



リルカの足元に脱ぎ捨てられていた衣服、それをまとめてムルに投げる。

汚れた衣服がばっと広がって頭から掛かっても、ムルはリルカを見つめたまま動かない。



「私のことなのに勝手に自分の身を削って、なんなのよ!!!なのにわたしには何も相談してくれなくって!!ほんと...どうしようもなくて......」


(ほんと...なんでそんな人なのよあんたは...)


「分かってる。あんたのことなんてわかってるわよ!!!!!!なんであんたと一緒に居たと思ってるの...

あんたのそういうところが心配で...そのままで、そのままでずっと、ずぅーっと横で私が守ってあげようとしたのに...」


「ごめんね。 ごめんね......」



「リルカ!ちょっと待って!!」





引き止める声も空しく、それっきりリルカは顔を上げずに洞窟を出て行った

入る時は何も感じなかった森の木々が通る度に騒めき、まるで夫々が禁制の立て看板のように聳え立ち並んでいる。


日は落ちていき、後ろに伸びる影は、一つだった。

書き殴りの駄文をお読みいただきありがとうございます。なろうを自分で使うのは初めてなのでなにか拙い部分があったら申し訳ありません。

エンドは今のところ書いていませんが、、、

ハッピーエンド、バッドエンド、メリーバッドエンド、NTRエンドがあります。書く予定はまちまち、ですね。


それでは改めて、お読みいただきありがとうございました。

Special Thanks 黒鉛氏

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 生を諦めているリリカと人生を捨ててまで助けたいムル、そして2人の幼馴染のサフィ、この3人がどうなっていくのか楽しみであり悲しいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ