クレマチスの病室
「花になるとしたら、わたし、クレマチスの花になりたいわ」
姉の真理夜は病室でそんなことを言った。
一切、病について僕から話したことはないが、姉は自身の未来を悟っているのかもしれなかった。
姉の色素が抜けかけて灰色に近づく頭に、赤の目を見るたび、僕は痛ましい気持ちになる。
もとは僕と同じ綺麗な黒髪・黒目だったのに、花枯病は姉から色素と生命力を奪っていく。
花枯病というのは、体を結晶化させて、最後に花のような破片を残して死に至らしめる病だ。その過程で、患者から色素を奪っていくのだ。
色素の抜けた体は陽光に弱い。だから姉はあまり陽のしたに出ることもできず、病室で編み物をしたり、読書をしたりしている。満足に太陽を浴びることもできないのに、最期には大輪を咲かせて逝くなんて皮肉な病だと、僕は白くなった姉の姿を見ながら思っていた。
「姉さんは、なんでクレマチスの花になりたいんだい?」
「青い花が好きだから。それに、そういう曲があるのよ。クレマチスっていう曲が」
僕は姉に喜んでもらおうと、通販でクレマチスの苗を買い、病室に置いた。病室に鉢植えを置くことはタブーだと僕は知っていたが、姉が喜んでくれたからいいのだ。
僕は姉にさまざまなサプライズと贈り物をした。
色鮮やかなペンセットと、ファンタジーな塗り絵。
表紙のイラストが幻想的な、本たち。
繊細な色合いの毛糸や初心者向け刺繍キット。
どれもこれも、姉は喜んでくれた。……ほんとうはその素振りだけだったのかもしれないが、僕は真実を知ることはできない。
発病して一年経つ頃には、姉は足先から徐々に結晶化していき、身を起こすのがつらくなった。太ももくらいまで結晶化が進むと、今度は指先から腕が結晶化した。この病には血流と体温が関係しているらしく、体の芯は結晶化が最後になる。
塗り絵も読書も手芸もできなくなった姉は「なぶられている気分だわ」と、薄く笑った。
「公嗣、わたしがこうなって悲しい?」
「悲しくないよ、姉さん。姉さんは呼吸して、ちゃんと生きてる。いまこのときも……一生懸命」
そう答えながらも、四肢をうまく動かせなくなった姉をみるのは、ほんとうにつらかった。
姉は悲しみの感情の欠片もみせることはなく、気丈に振る舞った。そんな姉の前で僕が泣くのは申し訳なくて、僕も姉の前では涙を見せまいとした。
腹の下まで結晶に侵されても、姉は泣かなかった。
僕も泣かなかった。
心の中で我慢比べをして、最後まで決着はつかなかった。
病室のクレマチスが咲いたころ、姉は青色のきらきらとした花を遺して逝った。
僕はもう我慢比べする必要はなくなり、病室で大声をあげて泣いた。
姉の遺した名前のない花に、クレマチスと名前をつけて、心の中で呼んだ。
僕はクレマチスの花を見るたびに、姉のことを思い出すのだ。クレマチスの花言葉は「精神の美」。
美しかった姉の最期を思い出す――。