119、喜びと竜玉の話
竜が細かい砂となって風に乗った光景に目を奪われていた私たちだったけれど、我に返ったレアンドル様が勝鬨を上げたことで、騎士たちも我に返り一切に叫んだ。
「おぉぉぉぉ!」
「やったぜ!」
「竜を倒したぞー!」
「世界は守られた!」
思い思いに叫びながら、周囲にいる人たちと喜びを分かち合っている。そんな光景に、私の頬も自然と緩んだ。
竜王の辛くて悲しい過去を知っていたとしても、過去の人間が元凶だとしても、暴れる竜王によって大勢の人たちが命を落として住む場所を追われたのは事実だ。
平和が取り戻せたことは、素直に嬉しい。
私は手の中にある竜玉の重さに複雑な気持ちを抱きつつも、今はただ喜ぶことにした。
「リリアーヌ!」
そんな私の下にフェルナン様が来てくださる。フェルナン様の顔を見たら、なんだか一気に安心できた。
「フェルナン様」
「大丈夫か? 怪我はないか?」
喜ぶよりも先に私の心配をしているフェルナン様に、恥ずかしいような嬉しいような、胸がざわつく心地がする。
「全く問題ありません。心配してくださりありがとうございます。フェルナン様は新たにお怪我をされていませんか?」
「ああ、私は全く問題ない。リリアーヌの前で無様な姿を晒すわけにはいかないからな」
「ふふっ」
フェルナン様も私が無事だと分かって安心したことで討伐成功の喜びを感じたのか、いつもの調子で口元を緩めている。
しかし私の手の中にある竜玉に視線を向けたところで、また眉間に皺を寄せた。
「それは……竜から飛んだように見えたのだが、気のせいだろうか」
「いえ、竜が私にと――」
そこまで告げたところで、私はフェルナン様の耳に顔を近づけるように背伸びをして、少し服の袖を引いた。竜王のことは他の方には知らせていないし、周囲に聞かれない方が良いと思ったのだ。
するとフェルナン様は私の意図を汲み取って、屈んでくださる。
「実は先ほど、消えてしまう前の竜の声が聞こえたのです。これは竜玉と言って、私に持っていてもらえたら幸せだと」
その説明を聞いたフェルナン様は、訝しげな表情を浮かべた。
「なぜリリアーヌに……」
そこは私も不思議に思っているところだ。同胞の気配を感じられたという気になる言葉があったけれど、私が同胞な訳がないし――考えても分からない。
「ラウフレイ様との関係でしょうか」
「確かにその可能性はあるな。リリアーヌは聖樹様に空間属性も授かっている」
「はい。それから、竜王の歴史も聞いています」
「それら全てによって、リリアーヌが選ばれたのかもしれないな」
もしかしたら、竜族とは空間属性を使えたのかもしれない。そして、それを持つ私を同族だと誤解した?
よく分からないけれど、とにかく私はこの竜玉を大切に保管するつもりだ。そんなことで過去に人間が起こしたことへの償いにはならないだろうけれど、少しでも竜王の望みを叶えたかった。
「その竜玉は何か効果があるのだろうか。もし危険ならば……」
「効果は分かりませんが、危険な感じもしません。ラウフレイ様に聞いてみても良いのでしょうか」
「そうだな。それから扱いについては考えよう」
私たちがそこまで話をしたところで、騎士たちと喜びを分かち合っていたレアンドル様が笑顔でこちらにやってきた。
「リリアーヌ様、改めて感謝を。あなたがいてくれたおかげで竜討伐は成功した」
「いえ、騎士の皆さんのお力です。ただ私も少しはお力添えできたのでしたら良かったです」
本心からそう伝えると、レアンドル様は少し微妙な表情になる。
「リリアーヌ様はあれだな、本当に聖女という名が相応しい。俺は結婚してるから問題ないが、独身の男には気をつけた方がいいぞ」
結構本気に見える忠告に私が反応に困っていると、フェルナン様に腰を抱かれた。
「わっ」
「もちろんだ。絶対にリリアーヌを他の男に渡すなどあり得ない」
そう宣言したフェルナン様に、レアンドル様は楽しそうに声を上げて笑う。
「はっはっはっ、そうだったな。怖い番犬がいるから大丈夫か」
ひとしきり笑ったところで、レアンドル様の意識も竜玉に向いた。
「それで、その宝石みたいなやつはなんなんだ? 竜から飛んだのを見たが」
「私たちにもよく分からないが、ラウフレイ様との関係性によるものではないかと推測している。この後ラウフレイ様に確認する予定だ」
フェルナン様がそう説明してくださる。それを聞いたレアンドル様はしばらく悩まれていたけれど、最終的には頷いた。
「そうだな。ではその宝石については何か分かり次第、報告してくれ。今のところ危険なものではなさそうだし、竜がリリアーヌ様を選んだなら勝手に別の者の手に移さない方がいいかもしれない。フェルナン騎士団長がついているなら問題ないだろう」
「ああ、私がリリアーヌを危険に晒すことはしない。この宝石については責任持って保管や調査をしよう」
「頼んだ」
そこで真面目な話は終わりとなり、レアンドル様が雑談のように私に声をかけてくださった。