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118、討伐成功と竜の言葉

 私は竜に向かっていくフェルナン様を引き止めたい衝動を、必死に押さえ込んだ。胸の前で手を組んで深呼吸をしながら、周囲の様子を確認する。


 さっきの広範囲魔法に驚いたのか一瞬動きを止めた竜だったけれど、また暴れ出しているようだ。その竜には屈強な騎士の方々が連携して攻撃を当てていて、さらに私がいる場所の後方には魔法を撃つ騎士さんたちがいる。


 私がこの場でできることは、やはり光魔法による治癒だ。戦場に来てしまったのだから、身の危険を感じるまでは少しでも手助けをしたい。


「リリアーヌ様!」


 新たな怪我人が出た時のために魔法を使う準備を進めていると、後ろから声をかけられた。


「レアンドル様」

「先ほどは騎士たちの危機を救ってくれて、本当にありがとう。ただここはあまりにも危険すぎる。すぐに移動を」


 冷静に努めようとしているけれど、レアンドル様の表情には焦りが見てとれた。それだけこの場所が危険だということだろう。


 確かに沼地で暴れる竜と、少し離れて魔法を放つ騎士さんたちのちょうど間だ。治癒を行う人がいる場所ではない。


「分かりました。しかし戦況が分かるところにいたいです」


 フェルナン様がお怪我をされたら、すぐに治すのだ。もちろん他の騎士さんたちもできる限り治す。


 そんな決意を込めて伝えると、レアンドル様はやっと少しの笑みを見せてくれた。


「もちろんだ。全体の指揮をとる俺の側にいてくれ。そこなら他よりも安全だし、全体を確認できる」

「はい」


 レアンドル様の言葉にさらに頷くと、さっそく移動しながらレアンドル様はこちらを振り返って告げる。


「俺の側にいろなんて言葉、リリアーヌ様の婚約者殿に聞かれたら怒られてしまうな」


 そう言って笑うレアンドル様に、私も自然と笑顔になった。


「ふふっ、嫉妬されるかもしれません」


 私の緊張を解そうとしてくださるレアンドル様に感謝だ。自分でも気づかないうちに、体に変な力が入っていたらしい。

 

 フェルナン様の身を案じて勢いで戦場まで来てしまったけれど、ラウフレイ様の守りがあるとは言え、やっぱり怖い場所だ。

 しかし自分の意思でここに来たのだから、覚悟を決めて私も戦おう。


 そんなことを考えているうちにレアンドル様が足を止め、竜の暴れる沼地を睨んだ。


「あと少しで倒せそうなんだ。とにかく近距離からダメージを与え、竜が大規模な魔法攻撃を放つときには退避し、魔法は魔法で相殺している。それをひたすら繰り返している状況だ。リリアーヌ様には、適切な治癒の行使を頼みたい」

「分かりました」

「魔力は有限だ。判断は任せる」

「はい」


 それからは厳しい戦場の様子を目の当たりにしながら、私は私にできることに全力を注いだ。どうしてもフェルナン様の姿を目で追ってしまいながら、全体に意識を向ける。


 先ほどの治癒によって騎士さんたちは動きが良く、逆に竜は少しずつ弱っているようで、新たに大きな怪我を負う人はほとんどいない。


 しかし浅い傷でも後に大きな影響を与えることもあるので、特に最前線で戦う騎士さんたちには、軽めの傷でも光魔法の蝶を飛ばした。


「退避!!」


 レアンドル様が叫び、また竜が大規模魔法を放つ――。


 そう誰もが身構えていたけれど、想定していた攻撃が来なかった。竜は苦しそうに呻くと、その場で弱々しく尻尾を振る。


「グルゥゥゥ……」


 その姿に胸が締め付けられるような気持ちになる中で、レアンドル様が叫んだ。


「もう竜は大規模魔法を撃てないっ、一斉攻撃だ!」

「はっ!」

「おぉ!」


 騎士さんたちは自らを鼓舞するように声を張り上げると、一斉に竜の下へ飛び込んだ。その中にはもちろんフェルナン様もいて、フェルナン様が鋭く振り下ろした剣が竜の首元を深く切り裂く。


「はあぁぁぁ!」


 それによって竜からは大量の血が噴き出し、それが致命傷だろうことは戦闘の素人である私でもすぐに分かった。


 誰もが竜と少し距離を取って、その様子を真剣に見守る。私も『どうか安らかに眠れますように』と祈りながら見守っていると、さっきまでは理性を失っているような様子だった竜の瞳が、突然知性的な光を取り戻した気がした。


 それと共に――誰かの声が脳内で優しく響いた。


『これでやっと、皆の下へ行ける』


 その声に驚いてすぐに周囲を確認したけれど、他の誰にも聞こえていないようだ。この声の持ち主は多分、目の前にいる竜ではないかしら……。


『我を眠らせてくれたこと、心から感謝しよう。最期に僅かな時間でも、同胞の気配を感じられて幸せだった……どうか、我の竜玉を受け取ってくれ。お主に持っていてもらえるならば、これ以上の幸せは……な、い……』


 竜はそこまで告げると、力尽きるように目を閉じ、そのまま動かなくなってしまった。するとそんな竜の中から手のひらに載るサイズの光る宝石のようなものが現れ――私の目の前に飛んできた。


 ほぼ無意識に両手を伸ばすと、宝石――いや、竜玉が手のひらにそっと収まり、それと同時に神々しい光は消える。


 しかし、竜玉は光がなくとも美しかった。


 澄んだ青のような色合いをじっと見つめていると、騎士たちのざわめきで顔を上げる。


「竜が」

「消えていく……」


 沼地で永遠の眠りについたはずの竜の体が、サラサラと砂のように崩れていた。竜はとても細かい砂となり、風でふわりとどこかに飛んでいく。


 その光景からは、なぜか目を逸らせなかった。私も含めてその場にいた誰もが声を発さずに、静かに見守る。


 全てが砂となって竜の体が跡形もなくなったところで、我に返ったらしいレアンドル様が勝鬨を上げた。


「――討伐成功だ! 俺たちの勝利だ!」

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