117、守りと危機と助け(フェルナン視点)
ほとんど防御態勢も取れない形で竜の尻尾による攻撃を受けてしまった私は、運が良くて辛うじて生きている程度の状況だと瞬時に判断できた。
しかし、少し離れた地面に転がった時には、新しい傷が一つもなかった。確かに重い衝撃はあったはずなのだが、その衝撃は私に一切のダメージを与えていない。
不可解な状況に一瞬だけ思考が停止したが、すぐに思い出す。
「そうか、ラウフレイ様が……」
ラウフレイ様は私にも髭をくださったのだ。一度だけ命の危機から救ってくださると聞き、リリアーヌとお揃いのロックペンダントに入れて肌身離さず持ち歩いていた。
「はぁ……」
本当に良かった。私は飛ばされた地面から起き上がると、安堵感からつい大きく息を吐き出してしまう。
もうリリアーヌと会えなくなっていたらと思うと……恐怖に飲み込まれそうになりながら、ロックペンダントを強く握りしめて深呼吸をした。
ラウフレイ様、心からの感謝を申し上げます。
自然と心の中で感謝の言葉が湧き上がってくる。
しかし、ここから先はラウフレイ様が守ってくださることはないのだ。自分の力で生きて竜を倒さなければいけない。そして、リリアーヌの下へ必ず帰るのだ。
私はリリアーヌとの約束を違えそうになった自分に怒りを感じながら、その強い感情を固い決意へと変えて、また竜を睨んだ。
「グォォォォォォォォ!!」
竜はまたしても魔法を四方に放ちながら暴れている。そんな竜へと必死に対応する騎士たちの下へ、私も駆け戻った。
「おいっ、大丈夫か!?」
戻ると、焦ったレアンドル殿に声をかけられる。ラウフレイ様の守護がなければ下手したら死んでいた、もしくは命があってもかなりの重症だろう攻撃を受けたのだ。守護の存在を知らない者たちからすれば、動けているのが不思議に見えるだろう。
「ああ、問題ない。私はとても運が良かった」
リリアーヌと出会えた幸運、そしてリリアーヌも私のことを想ってくれているという何よりもの幸運。それがなければ、もう私の命はなかったかもしれない。
「そうか」
レアンドル殿は口端を持ち上げた。そして告げる。
「畳み掛けるぞ! さっきと同じ流れだ!」
「はっ!」
それからはハンマーで鱗を割って剣で攻撃するという流れで、なんとか竜にダメージを蓄積させることができた。
しかし竜は思っていた以上に頑丈なようで、私たちの方が怪我で離脱する者たちが増えていく。さらに体力にも限界がきていて、魔法で足場を作っている騎士たちや竜の魔法攻撃を防いでいる騎士たちの魔力も限界だ。
「くそっ。なんて頑丈なんだ」
竜の魔法攻撃を避けるために下がったところで、レアンドル殿の焦るような呟きが耳に入った。あと少しだと、もはや気力だけで動いているが、そのあと少しが一向に削りきれない。
私もそろそろ体力の限界が来そうだ。致命傷となるような傷はないが、体中にある細かい傷の蓄積も、かなり動きを阻害している。
周囲に視線を向けても、動きが鈍くなっている騎士たちがかなり多かった。
「……これは、まずいな」
このままでは命を落とす騎士が増えていくだろう。動きが鈍ければ、それだけ竜の攻撃を避けられない。それに注意力もかなり落ちているはずだ。
せめて細かい怪我だけでも治せるとまた雰囲気が変わるのだが……治癒薬のストックはあまりないだろう。残っていたとしても、それは重症者のために残しておくべきものだ。
突破口を見出せないまま、なんとか竜の大規模攻撃を防ぎ切った。
「皆、もう少し踏ん張るぞ!」
私はそう声を張りながら、また沼地へと駆ける。深い傷となっているところに追い打ちをかけ、なんとか竜の体力を削っていく。
「はっ! はぁ、はぁ」
剣を振るだけで息が上がる。自分の攻撃精度が落ちていることが分かるが、それをどうすることもできなかった。
そんな中でも必死に剣を振っていると――また竜が大規模魔法を放つ仕草を見せた。
「退避!!」
レアンドル殿の叫びが戦場に響く。それによって騎士たちがその場から飛び退るが、数人の騎士が体力の限界か、その場に膝をついてしまった。
私にももう、彼らを助けに向かう力は残っていない。一人ならまだしも、数人を抱えられるわけもなかった。
沼地の中に残る騎士たちを見つめ、このまま見殺しにするしかないのかとキツく唇を噛み締めた――その時。
「フェルナン様!!」
私の耳に、この場では絶対に聞こえないはずの声が届いた。空耳かと思ったが、私の目の前には確かにリリアーヌがいる。
「リ、リアーヌ?」
あまりにも突然の事態に目を見開くしかできない私に、リリアーヌは険しい表情で手を伸ばした。酷い怪我がないのかを確認され、問題ないと分かると少し表情が緩む。
そして周囲の確認のためか後ろを振り返り、魔法を放とうとする竜とその側で膝をつく騎士たちを視界に映した。
「っ」
リリアーヌが息を呑んだのが私にも伝わり、私はせめてリリアーヌが辛い光景を見なくて済むようにと、その目元に手を伸ばした――瞬間。
リリアーヌの体が強く光った。
いや、そうではない。リリアーヌを中心として強い光が戦場に広がったのだ。それと同時に鈍い痛みを発していた身体中の傷が治り、少し体が軽くなるのを感じる。
膝を突いていた騎士たちも同じ効果を感じたのか、次々と立ち上がり始めた。そして自らの力で、危機を抜け出すために走り出す。さらに竜も光に驚いたようで、魔法を放つ動作を止めた。
戦場にしては異様なほどの静けさに包まれる中――リリアーヌの凜とした声が響く。
「怪我は私が治します! 討伐まであと少しです!」
「――は、はいっ!」
「おおっ!」
「やってやるぜ!」
私は騎士たちの士気が一気に上がるのを肌で感じた。目の前のリリアーヌがあまりにも眩しくて尊くて、私は動くことができない。
そんな中でこちらを振り返ったリリアーヌは――私と視線が合うと頬を緩め、いつもの可愛らしい笑みを浮かべた。
「フェルナン様、ご無事で良かったです。他の皆さんも……もしかして、かなり危機的な状態だったのでしょうか。私がお役に立てたのなら嬉しいです」
私はたまらない気持ちになり、リリアーヌをキツく抱き寄せる。
「ひゃっ、フェ、フェルナン様!?」
「リリアーヌ、本当にありがとう。私たちは君によって救われた」
離れ難いがここは戦場だ。私はすぐにリリアーヌから体を離すと、竜を見据えた。
「今度は私たちの番だな。絶対に竜を討伐する」
「はい。信じています」