116、沼地での戦い(フェルナン視点)
「レアンドル殿」
私は沼地に着いて、まずレアンドル殿の下へ向かった。
「竜の誘導作戦は成功した。怪我人はいるが死者はゼロだ。騎士たちの体力もなんとか残っているため、このまま総攻撃に加わる。囮役を務めてくれたノエルは近くで休んでいるだろう。さすがにもう働かせることはできない」
素早く状況を報告すると、レアンドル殿はニッと口端を持ち上げる。
「最高の報告だ。あとは竜を討伐するぞ」
「ああ、必ずやり遂げよう」
私はレアンドル殿と頷き合うと、腰に差していた剣を抜いて竜に向き直った。竜は沼の中で暴れ回っている。四方八方に竜の攻撃が飛んでいるが、それは問題なく騎士たちが防いでいるようだ。
そして竜に向かって大量の魔法攻撃が飛んでいくが、そのどれもが致命傷には至っていない。
「やはり魔法はあまり効かないか……」
私の呟きに、レアンドル殿が反応した。
「魔法耐性が高くとも急所を狙って数で押せばと思っていたが、これはあまりにも効率が悪いな。今まで物理攻撃はあまり試せなかったが、竜が沼から動けないこの状況ならば比較的安全に近づくことも可能だろう。剣で倒す方針に切り替えるべきか」
思考するようにそう言ったレアンドル殿に、私は考えていた提案をする。
「沼地の一部を土魔法や氷魔法で足場として、近距離攻撃も行うべきだと思う。魔法は竜の攻撃を止める補助的役割の方が有効だ」
私の提案を聞いてから戦況をもう一度確認したレアンドル殿は、少しして頷いた。
「――そうだな。前衛と後衛に分かれる形に戦闘方針を変えよう」
「分かった」
それからレアンドル殿が的確な指示をして、素早く騎士たちの配置が変えられた。身軽で物理攻撃が得意な者たちが前衛として竜に飛び込む役を担い、魔法が得意な者は後衛で足場作りと竜の攻撃を防ぐ役割を担う。
もちろん私は前衛だ。魔法も得意だが今は魔力が心許なく、剣で戦った方が貢献できる。
「次の攻撃を防いだら前衛は一気に攻めろ! 土と氷魔法の者は足場作り、他の者は竜の意識を逸らして攻撃を防ぐ役割だ。前衛は退避を聞いたら即座に下がるように!」
「はっ!」
「はい!」
レアンドル殿のよく通る声で指示は全体に行き渡り、皆が構えた。そんな中で竜が溜めていた炎を一気に放出して――それをなんとか魔法で防いだ直後、レアンドル殿が叫ぶ。
「今だ!」
私はその声と同時に走り出していた。目の前の竜は火を吹いたことで反動があるのか、少し動きが鈍くなっている。そんなところに土魔法や氷魔法が飛び、竜ではなくその周りに着弾した。竜に近づくのには十分な足場が生まれ、私は躊躇いなく沼地に足を踏み入れる。
「はっ!」
まずは竜の硬さを理解しようと、思いっきり剣を振り下ろしてみた。鱗の隙間を狙ったが、竜が動くことで狙いが定まらず、ガキンッという固い音と共に剣が弾かれる。
これは、鱗を攻撃しても意味はないな。
一撃でそう分かり、今度は鱗の間に剣を突き刺すような形にしてみた。こちらの方が狙いやすく――グサッと剣が突き刺さる。
「グォォォォォ!」
しかしその瞬間に叫んだ竜が暴れ始め、私は剣と共に振り回された。剣を手放しても良いが、戦場で武器を失うのは最後の手段にしたい。
足に力を入れて竜の体を蹴り、剣を抜いて竜から距離を取った。
「はぁ、はぁ」
その間にも他の騎士たちが攻撃しているが、致命傷は与えられてないようだ。しかし、確かに少しずつダメージは蓄積している。
「はぁぁぁっっ!!」
一人の騎士が、巨大なハンマーを持って竜に飛びかかった。ゴンッッという鈍い音と共にハンマーは竜の鱗に勢いよくぶつかり、竜の鱗は――割れた。
その成果に騎士たちから歓声が上がる。
「それいいぞ!」
竜に何が有効なのか分からなかったため様々な武器を用意していたが、まさかハンマーだとは。竜の鱗は面での攻撃に弱いらしい。
「鱗が割れて剥がれたところを剣で狙え!」
私が叫ぶと、近くにいた騎士たちが応えてくれた。
「はいっ!」
それからしばらく攻撃を続けていたが、竜がまた大規模な魔法攻撃を放つ仕草を見せる。私がそう思った瞬間、レアンドル殿の声が響いた。
「退避だ!」
声が聞こえるよりも早く魔法で作られた足場を蹴り、沼から抜け出す。
これを続けていれば、そのうち倒せるだろう。そんな希望に、私の口元に僅かな笑みが浮かんだところで――視界の端に沼に片足をはめた騎士が映った。
騎士は必死に足を抜こうとしているが、焦っているのもあり、抜け出せないようだ。
「くそっ!」
迷っていたのは一瞬だった。私は踵を返して騎士の下に戻る。頑丈そうな足場を選んで騎士の下へ向かい、思いっきり腕を引いて沼から助け出した。
「も、申し訳ありません!」
「謝罪はいいから退避だ!」
「はっ……っ」
また沼の外へ向かおうと振り向きかけたところで、騎士が私の背後に視線を向け、顔を強張らせたのが分かる。
嫌な予感を覚えながら振り返ると――急に辺りが暗くなり、目の前には振り回された竜の尻尾があった。
「くっ」
魔法ばかり気にしていて、尻尾の動きまで把握しきれていなかったようだ。自分の弱さや拙さを呪いながら、咄嗟に動いた体は助け出した騎士を突き飛ばしていて――。
キーーーーーン。
とても美しい高音と共に、私は竜の尻尾に吹き飛ばされた。