113、リリアーヌの存在
移動中は皆のおかげでリラックスできていたけれど、さすがに最前線の拠点に着くと心臓の動きが速くなった。
そこにいた騎士さんたちは私たちの到着を歓迎してくれたけれど、疲労はかなり溜まっているようだ。
「皆、よく耐えてくれた! 明日の早朝には竜討伐作戦を開始する。あと少し踏ん張ろう。皆で力を合わせて人々の生活を守るぞ!」
レアンドル様のその言葉に、疲れを見せていた騎士さんたちの目にも闘志が宿る。やはりレアンドル様は慕われているようだ。
「はっ!」
騎士さんたちの気合いの入った声を聞きながら、レアンドル様は私を呼んだ。
「リリアーヌ様、こちらに」
「はい」
私がレアンドル様の隣に立つと、騎士さんたちの視線が集まった。それに緊張してしまうけど、グッと拳を握りしめて私も気合いを入れ直す。
「皆も知っていると思うが、聖獣様と縁を結んだ聖女リリアーヌ様だ。此度は我々の勝利を願ってこの場に来てくださった。では、リリアーヌ様よりお言葉を賜る」
レアンドル様は多分意図して、私への口調を目上に対するものに変えたのだろう。それによって私に向けられる視線の質が尊敬の方向に少し変化して、なんだか居心地が悪い。
しかし、私はここに聖女として来たのだ。その役目を果たすために、柔らかな笑みを浮かべた。
「ご紹介に与りましたリリアーヌです。皆様の奮闘によって私たちの生活が守られていること、本当にありがたく思っております。平和で幸せな未来を掴み取りましょう。聖獣ラウフレイ様も私たちの幸せを望んでくださっております」
ラウフレイ様が望んでくださっている。その事実はギリギリの状態で戦う騎士さんたちにとって、かなり大きなことだったようだ。
その言葉で騎士さんたちの瞳に強い希望が宿った気がする。
やはり、ラウフレイ様は凄いわ。私は尊敬の念を強くしながら、空間属性の伝達を使ってラウフレイ様に呼びかけた。
「ラウフレイ様、少しこちらにお越しくださいませんか?」
戦場に顔を出してくださると仰っていたラウフレイ様を呼ぶのなら、今しかないと思ったのだ。するとすぐに返答があって――。
『もちろんだ』
ラウフレイ様が私の真横に姿を現した。
「ラウフレイ様、呼びかけに応じてくださってありがとうございます」
『リリアーヌの頼みならば当然だ。戦闘に参加できぬことは心苦しいが……』
「いえ、ラウフレイ様のお立場は分かっております。この世を平和に保つ役目は、私たちにお任せください」
『うむ、皆に任せた。竜を眠らせてやってくれ』
ラウフレイ様のその言葉は辺りに響き渡り、その場にいた皆が跪いて頭を下げた。
「かしこまりました。必ず平和を取り戻します」
レアンドル様が代表して答えると、ラウフレイ様は鷹揚に頷かれる。
そうしてラウフレイ様の手も借りたことで、私は聖女として一番の大仕事を無事に終えることができた。
慌ただしく明日の準備を始める騎士さんたちの傍で、私はフェルナン様に声をかけられる。これから私とフェルナン様は別行動となるので、作戦開始前にしっかりと顔を合わせるのはこれが最後かもしれないのだ。
「リリアーヌ、何かあればすぐに転移で逃げてくれ。逃げることに責任を感じる必要はない。騎士たちは覚悟している。また、ラウフレイ様の守護を絶対だと思うな。世の中に絶対はない。予想もできない事態が起こることもある」
フェルナン様はやはり私のことを心配してくださっているようで、真剣な表情でそう言った。私はその言葉にしっかりと頷く。
「分かりました。胸に刻みます」
私の返答を聞いてゆっくりと頷かれたフェルナン様は、今度はラウフレイ様に頭を下げた。
「ラウフレイ様の守護を疑うような発言、大変申し訳ございません」
『いや、構わない。我もリリアーヌには油断してほしくないからな』
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
『ただ、安心すると良い。我は戦いには手を出せぬが、リリアーヌを守るぐらいはできるからな』
頼もしいラウフレイ様のお言葉に、フェルナン様はホッとしたように頬を緩める。
しかし、私としては少し不満だった。フェルナン様は私の心配ばかりしているけれど、本当に危険なのはフェルナン様なのだ。
「フェルナン様、どうかご自身の心配をなさってください。絶対に……絶対に、ご無事で戻って来てください」
心配で不安で泣きたい気持ちだったけど、絶対に涙は見せないと唇を噛み締めて伝えると、フェルナン様は真剣な表情に戻った。
そして、静かに告げる。
「――絶対に、リリアーヌの下へ戻ると約束する」
「はい。――約束です」
そのやりとりを最後にフェルナン様も騎士さんたちに混ざって作戦開始の準備を始め、私も光魔法で少しでも役立てるようにと忙しく動き回った。
ついに、竜討伐作戦が始まる。




