109、レアンドル様
「ノエル魔術師長のことだろうか」
私が竜王について考えていると、フェルナン様の発された言葉が耳に飛び込んできた。少し落ちていた視線を上げると、レアンドル様が頷く。
「そうだ。空を飛べると聞いたのだが、それは確かか?」
「ああ、確かにノエルは風魔法で空を飛べる。そして今回のユルティス帝国の騎士団に帯同する魔術師として、この場に来ている」
フェルナン様がそう告げると、天幕内にどよめきが起こった。風魔法で空を飛べるというのは、それほどに稀有で凄いことなのだ。
レアンドル様が、真剣な声音で口を開く。
「そのノエル魔術師長に、竜の誘導を頼めないだろうか。囮側の騎士の中心として動いて欲しいのだ。竜は目に付いたものを襲う傾向にあると言っただろう? つまり、目の前を飛んでいるものには真っ先に反応する」
確かに……ノエルさんは囮として最適なのかもしれない。私としては心配になってしまうけれど、戦場でその気持ちは封印しなければいけないのだろう。
「確かにそうだな……分かった。本人に確認を取らなければ確実なことは言えないが、我が国はノエルを囮の中心として起用することに異論ない」
「本当か! ありがとな。それなら作戦の成功率が少しは上がる」
レアンドル様がニッと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それ以外にも竜の誘導については、二の手三の手を考えておこう」
それからは竜の誘導に関する話し合いが続き、作戦がひとまずまとまったところで、次は現状の竜の居場所と作戦決行日時の話に移る。
「竜は騎士たちが上手く誘導していることで、霊峰の麓付近から大きくは動いていない状況だ。他の魔物に対応している霊峰周辺国の騎士団も疲弊していることから、早めに作戦を実行したい」
レアンドル様のその言葉に、多くの国が賛成した。
「早めで構わないぞ」
「時間が経てば経つほど、食料なども減っていくからな。体力が万全なうちに実行すべきだ」
もちろんフェルナン様も賛成される。
「私も賛成だ」
「よしっ、じゃあ作戦決行は明後日としよう。時間は戦いが長引くことも考えて早朝。まずは竜を罠に嵌めることに全力を尽くし、沼地に引き摺り込めたら、そこからは総力戦となる。とにかく数の力押しだ」
明後日……思っていたよりも早い日時に、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
「ここよりも前線に近いところにも一つ拠点があり、明日はそこに移動する。そして明後日の早朝に作戦決行だ」
そこまで告げたところで、レアンドル様は私に真剣な眼差しを向けた。
「リリアーヌ様には最前線の拠点まで同行してもらい、皆を鼓舞して欲しい。そして治癒も頼みたいと思っている。――そこまで行けるか?」
その問いかけに「ふぅ」と息を吐き出してから、私はレアンドル様をまっすぐと見つめて告げた。
「――はい。同行させてください」
「よしっ、ありがとな」
私の答えにレアンドル様は表情を緩めると、親しみやすい雰囲気となる。そして私とフェルナン様を交互に見て、イタズラな笑みを浮かべた。
「フェルナン騎士団長はこんなにも魅力的な婚約者がいて羨ましいなぁ。相手がいなかったら、俺が立候補したかったぐらいだ」
その全く予想外な言葉に私がぱちぱちと瞬きを繰り返していると、天幕内の空気が一気に緩んで、他の方たちも口を開いた。
「それなら俺も立候補を」
「俺も」
「リリアーヌ様が欲しくない国なんてないだろ」
「可愛らしいしな」
なんだかたくさんの方に請われている……?
理解できない状況に困惑してしまう。
「えっと、その」
嬉しいけれど、どうすればいいのかと焦っていると、フェルナン様にぐいっと腰を抱かれた。
「リリアーヌは私の婚約者だ」
フェルナン様の独占欲に、つい頬が赤くなってしまう。見上げると、フェルナン様は拗ねたような面白くないような、そんな表情を浮かべていた。
少しだけ子供っぽいその顔がなんだか新鮮で、まじまじと見つめてしまう。この場にいる他の方々が、ほとんど年上ということもあるのだろう。
「それに、レアンドル殿は結婚しているだろう? 奥方に睨まれるぞ」
「はっはっはっ。それは怖いな」
楽しそうに笑ったレアンドル様を見て、私たちは揶揄われたのだと分かった。
そういえば、レアンドル様には娘さんがお二人いるという話を聞いたような……。
「リリアーヌ様には、どちらかと言えば娘に対するのと同じような気持ちが湧いてくるな。何かあればなんでも言ってくれ。必ず助けになろう」
そう言って柔らかい笑みを浮かべてくださったレアンドル様に、私はやっと混乱から抜け出して笑みを浮かべた。
「はい。ありがとうございます」
「お前たち、リリアーヌ様には手を出さないようにって皆に伝えとけよ」
「はいはーい」
「ちぇ〜かなり本気で欲しかったのにな」
「おいっ、ユルティス帝国を敵に回したくはないだろ? 向こうを見ろ」
拗ねたような言葉を口にした方は、促されるようにフェルナン様へと視線を向けて――驚くような速さで姿勢を正すと手のひらを返した。
「も、もちろん冗談ですっ!」
そっとフェルナン様を見上げると、眉間の皺が凄いことになっている。
あんなに顔を顰めたら、皺が残ってしまわないかしら。そんなことが心配になって、ついフェルナン様の顔をじっと見つめてしまっていると、レアンドル様の笑い声が聞こえてきた。
「はははっ、これは手を出せないな。相思相愛のようだ。手を出したらユルティス帝国を敵に回すだけでなく、聖女であるリリアーヌ様にも嫌われると追加で伝えておくように」
そんな言葉に皆さんが笑いながら頷いている様子を見て、フェルナン様が微妙な表情を浮かべられる。表情の理由がすぐには分からなかったけど、視線の先にレアンドル様がいるのに気づいて、なんとなく察することができた。
もしかしたらレアンドル様は、雰囲気を悪くせずにさっきの忠告をするため、私たちを揶揄うようなことをしたのかもしれない。
さりげなく私を守ってくださったのならば、あとで感謝を伝えないと。そんなことを考えていたら、フェルナン様に小声で告げられた。
「一人でレアンドル殿に会いに行くことはしないように」
もちろん護衛のアガットは連れていく予定だったけれど、多分この言葉はそういう意味ではないのだろう。
さっきの揶揄いは意図があってのものだと分かっていても、嫉妬してくださっているのかもしれない。それがなんだか嬉しくて、頬が緩んだ。
「はい。フェルナン様と一緒に行きますね」
「……そうしてくれ」
そうして雰囲気が完全に緩んだところで、一度会議は終了となる。
私はフェルナン様と共にレアンドル様にそっと感謝を伝えてから、明日はさっそく移動となるので今日は少しでも休んでおこうと、ユルティス帝国に割り当てられた場所に向かった。
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蒼井美紗




