104、聖女誕生
「私からも質問を良いでしょうか」
男性とラウフレイ様の話が終わったところで、また別の方が手を挙げた。
『うむ、構わんぞ』
ラウフレイ様が頷かれ、手を挙げた女性が恐る恐る口を開く。
「リリアーヌ様に怪我がないのは、その授けられたお力によるものなのでしょうか」
その問いかけに、ラウフレイ様は私とフェルナン様に視線を向けてくださった。そこで、フェルナン様が口を開かれる。
「リリアーヌが無事だったのは、ラウフレイ様が与えてくださった守護によるものです。それほどにリリアーヌは、ラウフレイ様にとって特別な存在なのです」
フェルナン様の説明に満足したのか、ラウフレイ様は鷹揚に頷かれた。
『そういうことだ。友人であるリリアーヌにはずっと幸せに生きていてほしいからな。我の守護を与えた』
守護のことまで話して良いのだろうかと思っていると、フェルナン様が私の腰に回した腕にギュッと力を入れてから、綺麗な笑みで告げる。
「したがって、リリアーヌは誰にも傷つけられません」
フェルナン様は私の安全確保を完璧にするために、わざわざ守護のことを話したのかもしれない。そう思ったら、なんだか恥ずかしくなった。
私が顔を赤くしていると、ある国の王子殿下が口を開く。
「つまりリリアーヌ様は――聖女様である、ということでしょうか」
突然の言葉は、中庭全体に響き渡った。
聖女という聞いたことのない言葉に戸惑っていると、王子殿下が続けて口を開かれる。
「聖獣様の守護を受ける女性ということで、聖女様です」
続いた言葉には、皆様がすぐに反応された。
「確かにその通りですわ」
「とても良い呼び名ですね」
「まさにその通りですな。リリアーヌ様に似合っている気がします」
次々と発される賛同の声に、慌ててしまう。
聖女様だなんて、私はそんな荘厳な響きのある名前で呼ばれるような存在じゃないのだ。ラウフレイ様と出会えて守護をいただけたのだって、運が良かったからとしか理由を説明できない。
ただ少し光魔法が得意なだけで、未熟な部分が多くあるのが私なのに……!
この流れをどうすれば良いのかとオロオロしているうちに、リナーフ王国の国王陛下が真剣な表情で口を開かれた。
「ユルティス帝国のリリアーヌ様――どうか、どうか聖女様として、竜討伐の現場に向かってはいただけないでしょうか。今回のような厳しい現場では、皆の希望となるような旗印の存在が大きく戦況を左右するのです。よろしくお願いいたします」
国王陛下が頭を下げられるのを見つめながら、私は気づきを得て言葉を失っていた。
私は今まで、自分が物事の中心になることはないと思っていたのだ。誰かの手助けならばできるけれど、私自身が何かを成すことはないと。
だから聖女様だなんて、大層な名前は相応しくないと思った。
でも、それは逃げなのかもしれない。失敗が怖い、責任を持つのが怖い、皆の中心となるのが怖い。そんな無意識の気持ちから、逃げていたのかもしれない。
聖女様だなんて名前が私に相応しいとは……やはり思えないけれど、その名前をいただいて私が皆さんの前に立つことでお役に立てるのであれば、頑張りたい。頑張るべきだろうと、素直にそう思った。
それに竜討伐の現場にはフェルナン様が行かれるのだ。現場に行くのは怖いけれど、フェルナン様の無事を祈るだけで、何もできずに待っているよりはずっと良い。
覚悟を決めた私が口を開きかけたその時、先にフェルナン様が口を開かれた。
「リナーフ国王陛下、リリアーヌは騎士ではありません。現場に向かうだなんて、危ないことはさせられません」
「もちろん、それは分かっています。しかし話を聞いていた限りでは、リリアーヌ様ご本人に危険が及ぶ可能性は低いのではないでしょうか」
「……守護があるからといって、危険地帯にいくらでも飛び込んで良いというわけではありません。心に傷を負う可能性もあるのです」
フェルナン様の言葉に、リナーフ国王陛下はグッと言葉に詰まる。フェルナン様のお言葉が正論であるからこそ、それ以上強くは要請できないのだろう。
そんな中で私は、一歩前に出た。
「フェルナン様、ありがとうございます。しかし、私は大丈夫です。――リナーフ国王陛下、その要請を受け入れます。私がどこまでお役に立てるのか分かりませんが、聖女として皆さんと共に戦場に立ちます」
私の宣言に、リナーフ国王陛下は目を見開いた。そして恐れ多いことに、頭を下げて感謝を示してくださる。他の方々も私の決定を賞賛するように拍手してくださって、気が引き締まった。
「リリアーヌ様、ありがとうございます」
「素晴らしいご決断ですわ」
しかしそんな中で、フェルナン様が険しい表情で私の腕を引く。
「リリアーヌ」
咎めるようなその言葉に心配をかけて申し訳ない気持ちが湧くけれど、ここは自分の意思を貫こうとフェルナン様の顔を見上げた。




