リベンジ
濱島綾人
高校の同級生
5年前の同窓会で再会して学生時代の話でかなり盛り上がった。
実は彼は高校時代、私に告白してくれたのだけどその頃の私は同級生が幼く見えて恋愛の対象にはならなかったのだ。
その頃の話を自虐を交えて面白おかしく話すので悪い気はしなかった。
「おまえは相変わらず高嶺の花だなあ 調子乗んなよ」
褒めてるのか貶してるのか分からないようなセリフを、当時からはワントーン低くなった心地の良い声で言う。
CAになって10年以上経ち周りの男性から「おまえ」などと呼ばれることはない。
他の男に「おまえ」なんて言われたらその場で蹴り倒すだろうが、彼の「おまえ」には何故か好意しかもてなかった。
そんな同窓会から3年くらいたったころ不意にInstagramのフォローリクエストが届いた。
正直あの同窓会以降彼を思い出した事はなかったのだけど、また不意にあの心地よさが思い出されてすぐに了承した。
仕事で行った各国の景色や食べたものを備忘録を兼ねて載せているポストにコメントが来るようになった。
<そこのブルーチーズバーガーめちゃうまだから次回食べてみて!>
<へーー素敵な景色だね今度行ってみよう!>
とか。
彼はどんな仕事で海外に行ってるのか気になってダイレクトメールで聞くことにした。
<<なんの仕事してるの?>>
<おまえもいきなりだなー笑
久しぶり!とかないのかよ笑 俺は貿易会社直属の民間パイロットなんだよ。ちょうどおまえの行く先が被るから面白く見てるよ!>
<<笑ごめんごめん久しぶり!そーなんだ!今度話聞かせてよ!>>
<おーけーお酒はどうなの?>
<<大好物です!>>
<笑じゃあ是非今度!>
こんなやりとりのあと、LINEのIDが送られてきてそこからはほぼ毎日のようにLINEで会話するようになり
そのうちLINEでは話が終わらずに電話がかかってかるようになった。
相変わらず口は悪いのになんとも心地の良い声で。
自分のことを俺といい、私のことをおまえという学生のようなやりとりに新鮮さを感じたのかも知らない。
<今日会えない?>
突然それだけ送られてきた。
その日はちょうど新宿で友達と飲むことになっていて、残念ながら無理だわと断って2件目のお店で飲んでいた頃
<今新宿〜迎えに来たよ〜>
と。
あまりの強引さに驚いたけど、酔いも手伝って「お釣りは取っておいて」と友達に1万円札を預けそそくさとお店を後にした。
「なになに、どこにいるの?」
「大通りの電気屋の前に停まってるグレーのプリウス」
「えー。ナンバーいくつ??」
「な の35」
「あ!あったあった!」
グレーのプリウスに走り寄り窓から覗き込むと、濱嶋君がゆっくりと笑っていた。
「うぃーす おつかれー」
「うぃーすじゃないわよ笑 どうしたのよ」
といいながら助手席に滑り込む。
LINEや電話でやりとりはしていたものの、会うのは5年ぶり。
まして2人で会うのは初めてだ。
それなのにものすごく普通の流れでさっと手が出され、私も流れでその上に手を重ねる。
まるで何年もそうしてきたかの様に。
そして一つ目の信号で停まった時には唇も重なった。
毎回行われている挨拶の様に。
ゆっくりと離れて顔を見合わせると、照れ臭そうに笑う顔がそこにはあった。
CAというと華やかな仕事でパイロットと出会って結婚するというシンデレラストーリーがセットになっていると思っていたのだけど、実際にはそんなストーリーは奇跡に近い。
あるとしたら新人の2年目くらいまでに限られている。
少しでも早く一人前になろうと真面目に働いていたら気がつけば10年も経ちすっかりお局様で、10年選手のCAほど扱いにくい者はないと、酔った勢いで機長に言われた事がある。
そんな私に降ってわいた恋心に火がつくのは簡単な事だった。
朝は<おはよう>から始まり、今日の予定などを報告し合い
<ただいま>
<<おかえり ただいま>>
<おかえり おやすみ>
<<おやすみ>>で終わる
お互いの仕事の都合や、時差の関係で最初の頃ほど電話で会話することは少なかったけどLINEのやりとりだけでも幸福感は充分に味わえていた。
でもそんな関係が1年近く続き、さすがに会いたい時に会えない事が辛くなってきてそろそろ地上勤務への異動願いも考え始めていた頃
久しぶりに高校時代の友達の美沙子とランチをすることになった。
近況を報告し合う。
美沙子は結婚して子供が2人いる。
なんだかんだと大変さをアピールしながらも幸せが滲み出ていた。
私は名前は伏せて彼との近況を話し近いうちに異動願いを出そうと思っていることも話した。
「えーもったいなーい! 仕事で海外に行けていいお給料もらえていいじゃーん」
私も学生時代に思っていた事だ。
「パイロットと結婚できるじゃーん」
それも思っていた事だ。
「そうだ、パイロットで思い出したけど濱嶋綾人って貿易会社の専属パイロットらしいねー」
知ってる知ってる〜付き合ってること話しちゃおうかななどと考えていたら頭に鉄球が落ちてきた様な急に真夜中になったような感覚に襲われた。
「でさ。あいつ高校の同級生の麻生さんと結婚したんだってねー
麻生さんてあまり目立たなかった子だよね」
その後どうやって相槌を打ってどうやって切り抜けて自宅に帰ったのか覚えていない。
どうやら同窓会のすぐ後に結婚して子供もいるらしい。
何もかもが真っ暗になりしばらくは何も考える事が出来なかった。
ただただ悔しくて悲しくて。悪いのは綾人なのにどうしても麻生さんに対しての憎悪が湧いてきた。
しばらくは呆然とただ生きていた。
異動の理由はなくなってしまったけど、あの頃の自分に戻れる気がしなくて異動願を出し受理された。
明日がラストフライトだ。
相変わらずの<おやすみ>に<<おやすみ>>と返してしまう。
何を言っていいかも分からないし無視することも出来ない。
<<おはよ 今日はラストフライトなんだ>>
<えええええ そなのー?なんで急にー聞いてないよー とりあえず頑張って!>
私は傷ついた心を癒すためにまたもや必死で新しい地上勤務に慣れようと努力したがそう簡単ではなかった。
綾人を心から愛してしまっていたのだ。
一方その頃の濱嶋綾人と言えば、貿易会社の業績悪化で専属パイロット契約を打ち切られ就職活動に必死だった。
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3ヶ月が経った
<ごめんすっかり遅くなっちゃったけど ラストフライトおつかれさま! 今何してるの? 俺は色々あってやっと新しい職場見つけたとこ>
<おやすみ>
<おはよう>
<あれ?もしかして届いてない?>
<おはよーー!>
<お!!既読!!>
<<おはようございます>>
<良かったつながってた!笑なんだよ急にございますって>
<久しぶり!仕事変わってどお?元気にやってる?>
<<元気でやってます>>
<おいー笑 なんか変だぞ ま、元気ならよかった!>
<<あの。子供何歳だっけ>>
<なんで?子供は3歳だよ>
<<笑ごめんごめん久しぶりで そんなことより結婚してたなんて知らなかったよ。アウトじゃない?>>
<えー知らなかった?? そーいや改めて聞かれてはいなかったか
もな。アウトってなんだよ>
<<奥さんとうまく行ってないとか?>>
<フツーだよフツー>
フツーなんだ…独身の同級生とこんなやりとりってあり?
新宿の車の中の出来事はアウトよね?
怒りと悲しみと絶望のまま綾人を責められずにいた。
<おはよう>
<<おはよう>>
<おやすみ>
<<おやすみ>>
何事もなかったかのように毎日のように交わされる挨拶。
綾人は仕事の大変さや達成感を教えてくれる。時には上司と行くお店や取引先への手土産の相談をされて、わたしはネットを駆使して情報を漁りセンスの良い物を伝えていた。
<みっちゃんは、相変わらずセンスいいなあ助かるよ>
時にはわたしが悩み事を送ると夜中でもすぐに返事をくれたりした。
彼らしい口の悪さで。
でも彼の的確な言葉で悩みが悩みでなくなることが多かった。
<<綾人は悩みないの??奥さんと喧嘩とかしないわけ?>>
<悩みは特にないけど、昨日喧嘩した!体調悪いときにはみかんゼリー食べたいのに買ってこなかったから>
<<こどもかっ!!笑>>
スーパーでみかんゼリーを買って冷蔵庫に入れる。
結局綾人を手放せないのだ。
毎日のやりとりが私の精神安定剤になっている
好きな人とのやりとり。
相手は私であって私ではないのだけど…
<<ねえ綾人。ほぼ毎日のようにあなたとやりとりして奥さんは嫌じゃないかしら>>
<大丈夫だろ。俺にとっておまえとの時間は救いになってるんだ
仕事も頑張れる>>
<<わたしもそうなんだけどね>>
<それよりさ、この前風邪引いた時みかんゼリーが買ってあってびっくりした笑
おまえのおかげで心に余裕ができて家での態度が良くなってるのかも>
そう。最近の綾人は機嫌がいい
そしてまたどんどん綾人を好きになる。
好きな人が目の前にいる。それだけで幸せなのだけど
彼の好きな人はわたしではない。
復讐のつもりが、そのタイミングを完全に失ってしまっている。
綾人はわたしの初恋の人なのだ。
高校生の頃、廊下のロッカーにもたれて友達とケラケラ笑っている姿に一目惚れをした。
サッカー部のキャプテンで彼の周りにはいつも誰かがいた
わたしはわざとその廊下を通る事でしか近づけなかったし言葉を交わしたこともなかった。
それがあの五年前の同窓会の日。
受付で名札を探したのだけど見つからなくて困っていたら、なんと綾人の名札に重なってついていたらしく受付に戻しに来たところで会った。
「ごめんごめん麻生さん名札重なっちゃってたみたい」
私は無言で受け取ってしまった。
名前知ってたんだ。。。
顔知ってたんだ。。。
そのままなんの会話もできないまま同窓会は終わり。
その数ヶ月後、友達に誘われて行った大学のサッカー部の試合で偶然再会した。
「おー!!麻生さんじゃん!!俺の応援にきてくれたの??」
「濱嶋くんここの大学だったんだね知らなかった笑」
「あれ?大学一緒???全然知らなかったねー!これからはちゃんと俺を応援しろよ!」
そのまま試合の打ち上げに参加して、その後何回か大学で会って付き合うようになった。
大学で会ったのは決して偶然ではなく、さりげなく待ち伏せしていたのだ。
あの!あの!濱嶋くんと付き合えるなんて!!
夢のようだった。
彼はあの頃のまま無邪気な笑顔と口の悪さと。
そしてある日子供が出来たと分かって、そのまま入籍した。
私にしてみたらラッキーだった。
安全日と聞かれて嘘をついたのが当たったのかもしれない。
なんとしてもこのまま自分のものにしたかったのだ。
子供が3歳になる頃には彼は疲れていた
仕事の忙しさや子育てに奮闘している私の相手にも疲れて
ストレスが溜まっているのは分かっていた。
そんな頃私宛に宅配便が届いたのだ。
中にはパスワードの様な文字が書かれているメモとiPhoneが入っていた。
なぜそんな得体の知れないiPhoneを捨てなかったかというと、ふと触れたときに画面に映し出された写真が綾人の顔だったから。
パスワードを入れて画面を開く。
LINEのアイコンに4の数字。
それを開くと、ここから未読の下に
<ごめんすっかり遅くなっちゃったけど、ラストフライトおつかれさま!今何してるの?俺は色々あってやっと新しい職場見つけたとこ!>
綾人の感情が少しずつ冷めていっていることを感じてはいたのだけど、ここまで明らかになると悲しみ、絶望、怒り、悲しみ…が無限ループでやってくる。
そしてここからわたしの復讐が始まった。
送り主は竹内美園
同じ高校の同級生。みんなからみっちゃんと呼ばれるアイドル的存在。
綾人と同じ中学からの富裕層組で高校から編入のわたしたちとは一目で違いがわかった。
LINEにはそんな彼女とのやり取りだけが残っている。
LINEの他にメモに残された日記もあった。
綾人との再会を詳しく書いてあり綾人の言葉に一喜一憂しているのも分かった。
そして美沙子とのランチで天国から地獄へ堕ちたことも手に取るように分かった。
彼女は悪くない、悪いのは綾人だ。
彼女はなんのためにこれを私に送ったのだろうか。
わたしに復讐をしたいから?
それともわたしに復讐をさせたいから?
彼女の連絡先は書いていなかったし、知ろうと思えばどうにかしてしれるのだろうけどそうするつもりもなかった。
彼女もそれは分かっているのだろう
そのLINEを暗記するほど眺めていたら、
<おはよー!>
と新しいLINEが届いたので心臓が止まるかと思った
恐る恐る返信してみる
<<おはようございます>>
そこから奇妙なやりとりが始まった。
貴重な証拠を使ってどうにか復讐をしたかったのだが、どんどん綾人とのLINEにはまっていってしまった。
綾人の態度がつれなくて落ち込んでいる時は、それとは違う別の悩みを打ち明けて相談に乗ってもらい癒された。
綾人が風邪を引いた時に喧嘩した原因がみかんゼリーだと知った時は、笑ってしまった。
こうして綾人の悩みや仕事の大変さ最近食べた夕飯などが手に取るように分かるようになって、タイミングよく言葉をかけられるようになり、
冷めていた綾人の気持ちも少しずつ戻ってきているようにも感じた。
綾人も架空のみっちゃんとのやりとりで癒され、わたしに優しくできるようになってると言っている。
これは復讐なのか。
自問自答しながらもこの関係をやめられずにいたある日
<なあ、会えないか?>と言ってきた。
<<なにどうしたの急に>>
<なあ、会えるよな!今日偶然美沙子に会ってみっちゃんの話になって。>
<<どういうこと? わたしとのこと話したってこと?>>
<そんなことじゃないよ。 そうじゃなくて。そんなんじゃなくて。みっちゃんは去年亡くなったって>
<美沙子がそんな嘘をつく理由も分からなくて、何言ってんだよ俺連絡とってるよ!って言ったら。 これから一周忌でお墓参りにいくんだって。>
<おまえだれ?>
わたしは膝から崩れ落ちた。
凝視していたiPhoneに涙がこぼれ続けた
なんの涙なのか分からない…わからないまま止まらずに溢れてきた。
涙が枯れた後、iPhoneを初期化した。