公爵令嬢は王子様に婚約破棄されたくて奔走する
城の廊下で女と男がすれ違おうとしている。女の名はアーシア、公爵家の長女だ。下を向きながら男の前を素通りした。
そして男は彼女の婚約者であるジェームズ、この国の王子だ。
「婚約者の前を挨拶もせずに素通りか?」
「これはこれは失礼しました、ジェームズ様。考え事をしていて気が付きませんでした」
そう言うとアーシアは顔を上げる。
「そ、それは……」
ジェームズはアーシアの顔を見て絶句する。彼女は白目を剝いて舌をベロンベロンに伸ばしていたのだ。
彼女達はそれぞれの親の意向で婚約をしている。
しかしアーシアはジェームズとの婚約を取り止めたいと思っている。それは何故か。
顔がタイプではないのだ。
彼は決してブサイクなわけではない。むしろトップクラスのイケメンだ。真っ白な肌にシュッとした顔立ち、一目見ただけでその人の気品の高さを感じられる。
しかしそれはアーシアの好みではないのだ。彼女はもっと筋肉質で力強い感じの男を好む。
彼女はすぐにでもジェームズとの婚約を破棄したい。しかし、自分からその話を持ち出せば王子を振った無礼者として処罰される可能性がある。だから彼女は王子の方から婚約破棄したくなるような振る舞いをしているのだ。
(気高い王子は、こんな下品な女は嫌いなはず。これで婚約破棄間違い無しよ。やったわ!)
彼女は心の中でガッツポーズを決めた。
「ふふふ……はっはっはっは!」
「え?」
「面白い、面白いぞ!」
ジェームズは手を叩きながら大笑いする。普段の彼からは想像もつかないような表情だ。
「もしかしてジェームズ様、こういうの好きなんですか?」
「私の周りには冗談も通じないお堅い人間しかいない。だからお前みたいな奴が一緒にいてくれると嬉しいよ」
「は、はあ……」
彼女の最初の作戦は失敗に終わった。
「あー、何で上手くいかないの? 婚約破棄されるどころか好感度を上げちゃったわよ!」
アーシアは枕を地面に叩きつけながら大声で叫んだ。
彼女が今いるのは城の中の一室だ。王子の婚約者という立場のため、場内に部屋を与えられているのだ。
あまりにも大きい声だったため若干外に漏れていたが、幸い部屋の近くには誰もいなかったので聞かれずに済んだ。
「あー、もう! 本当にどうしよう……」
彼女が項垂れていると部屋の扉がノックされた。
「はい」
彼女が返事をするとゆっくりと扉が開かれる。中に入って来たのは婚約者のジェームズだ。
「どうして私の部屋に?」
「一人の男が自分の婚約者に会うのはそんなに駄目なことか?」
「駄目ってことはないですけど……それで、何のご用でしょうか?」
「ちょっと休憩ついでに立ち寄っただけだ。王子の仕事も楽じゃないんでね」
「そ、そうなんですね」
(そんなことでいちいち来ないでよ。こちとらあなたのせいでストレスMAXなのに!)
アーシアは内心で舌打ちをした。それが表情に出ないように努力するが、顔に血管が浮き出てしまっている。
「その大量の書類は?」
「今後行う政治の案だ。見てみるか?」
「え、良いのですか?」
「国の重鎮しか見られない極秘資料だが、婚約者のお前は特別だ」
「それではせっかくなので拝見いたします」
かなり速いスピードで紙の束をペラペラと捲っていく。だが決して適当に流し読みしているわけではなく、隅から隅まで穴のあくほど目を通している。幼い頃から多くの本に触れてきたため、彼女は文字を読む速度が常人よりも速いのだ。
「だいたいわかりました」
「ほとんど私が作った。すごいだろう?」
「いいえ、問題点ばかりです」
「は?」
虚を突かれたジェームズは素っ頓狂な声を上げる。
彼は自分はそれなりに優秀だという自負があった。未来の国王として最高の教育環境を与えられて育ったのだから当然だ。
「この建国像の改修費用、あまりにも高過ぎやしませんか?」
「確かに私もそう思った。だが我が国が建国した時に初代国王が造った記念の像だぞ。ボロボロのままにしておくわけにはいかないだろう」
「何も改修をやめろとは言っておりません。もっと無駄を削れるでしょうと言っているのです」
「無駄?」
「人件費、材料費などなど削ろうと思えばいくらでも削れますよ。もちろん像の質は落とさずに」
「ほほう、詳しく」
「はい。例えばここを……」
アーシアは改修費用を節約する方法を熱弁する。その他にも政策の問題点などをいくつも挙げ、その修正案を語った。
ジェームズは深く頷きながらそれを聞いていた。
「……というわけで、やり方次第でこれだけ節約できます。浮いた金を少しでも民に還元してあげるべきです」
「ありがとう、参考になった。早速、皆に相談して来よう」
「お役に立てたのなら良かったです」
「それにしてもお前は頭も切れるし、民のこともしっかり考えているとは素晴らしいな。お前と私の婚約をセッティングした父の選択は間違っていなかったようだ」
そう言うとジェームズは部屋から去って行った。
「あれ? もしかしてまた好感度上げちゃった?」
誰もいなくなった部屋でアーシアはポツリと呟いた。
「ふぅ〜、ようやく完成したわ!」
城の庭でスコップを持っている女が一人。そう、アーシアだ。
彼女は婚約破棄をさせるために最終手段に出ることにした。落とし穴を掘ってそこにジェームズを落とし、怒らせて婚約破棄させるという作戦だ。
普通に考えれば王子を落とし穴に落とすなんて処刑されてもおかしくないレベルの大罪だ。しかし気が動転している彼女にそこまで考える余裕はない。
彼女は幼い頃からたくさん勉強をしていたため豊富な知識は持っているのだが、いかんせん地頭が悪いのだ。要するに勉強だけできる馬鹿である。
「さて、あとは王子を落とすだけね。ランランラ〜ン!」
アーシアは鼻歌を歌いながらスキップを始める。
「ランランラン……ギャァァァァ!?」
スキップし続け、とある地点を踏んだ瞬間にバランスを大きく崩す。自分で仕掛けた落とし穴に自分でハマってしまったのだ。とんでもない馬鹿である。
「早く抜け出さないと……って、痛い!」
かなり深い穴に落ちてしまったため足を捻挫してしまったようだ。一人の力では這い上がれそうにない。
「終わった……きっと誰にも見つけれもらえずここで餓死するんだわ……」
「おい、大丈夫か?」
絶望して俯いていると穴の外から聞き覚えのある声が聞こえる。
「ジェームズ様?」
「ああ、そうだ。今助けてやるから待ってろ!」
そう言うとジェームズは穴の中に飛び込み、綺麗に着地した。
「足を怪我しているようだな。私が外に運んでやろう」
ジェームズは来ている服を脱ぎ捨てて上半身を曝け出した。王子の服は装飾品だらけで重いので、穴から這い上がるのに邪魔なのだ。
「ジェームズ様、筋肉ムキムキ……」
「そんなに驚くことか?」
「もっと華奢な方だと思っていたので」
「着痩せするとはよく言われるな」
「なるほど……」
「さあ、早く背中に乗れ!」
「はい!」
ジェームズはアーシアを背負うと、己の腕力だけで穴をよじ登って脱出した。
「助かりました……ありがとうございます」
「礼には及ばん。婚約者なんだから当たり前だ」
「婚約者……そうですね! 私達は婚約者です!」
この日、アーシアの恋が芽生えたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
初めての恋愛小説ですがいかがでしたか?
面白いと思いましたら★評価していただけると幸いです
また私は「JK四天王のゆるふわ学園生活」という長編作品を投稿中です。
女子高生達の日常生活を描いたコメディ作品です。そちらの方もぜひ読んでみてください。