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そっちはどうですか、幸せですか?

作者: 花咲き荘



 ──あの日の君は、とても綺麗だった。



 黒い髪を肩の辺りで切り揃えて、大きな瞳はこぼれ落ちそうだった。

 筋が通った、少し小さな鼻も、笑った時にできるえくぼも、全部。全部がとても綺麗だった。


 僕よりもかなり小さな君。いや、あの時は僕と同じくらいの身長だったかも。止まったままの君の時間は、僕の伸びた身長と同じくらい。



 僕は、そんな君のいない学校を卒業した。







 どんなに時を重ねても、忘れられない記憶がある。俺──真砂(まさご) 幸一(こういち)には、どんなものよりも大切な記憶があった。



 桜の木を見ると、いつも彼女との記憶を思い出す。

 おっちょこちょいで、素直じゃなくて、いつも喧嘩ばっかりしていた。


 あの時は楽しかった。



 パソコンのキーボードを叩くことが俺の仕事だ。


 あの時の記憶は胸にしまい込んで、俺は彼女に似たキャラクターを俺の世界で動かしていく。名前は奈々。


 俺とは一文字違いの主人公は、奈々と一緒に学園生活を謳歌する。甘い甘いラブストーリー。思わず乾いた笑みがこぼれる。



 何を期待しているのか、乾ききった瞳から水滴がこぼれ落ちた。


 泣いてなんかいない。

 悲しくなんてないから、泣くわけがないんだ。


 ただ、春が近づいて来たから、花粉が俺の目を痛めつけているだけ。ただ、それだけのことなんだ。



 一人になると余計に思う。

 俺は何をしているんだろうって。


 君の髪を靡かせていたあの春風は、相も変わらず吹いている。


 神秘的な桜の木は、ピンクの花弁を撒き散らし、辺り一面に桜の道を作り出している。



 それなのに、俺の目は霞んで何も映しやしない。

 だから俺は、春が嫌いだ。







 桜が舞うあの日、僕は君を見た。駅のホームで寂しそうな君の背中を、僕ははっきりと見た。




 最近、君はおかしな事を聞いてきた。


 ──私のこと、どう思う?


 君らしくない言葉だった。僕はこう答えた。


 ──別に、何とも。


 いつもの君なら、おどけた顔で言い返してきただろうに、その日の君は悲しそうに笑っていた。




 僕は走り出した。

 絶対に届かない事は、世界の創造主でさえも分かっていた。


 でも僕は必死で走って君に手を伸ばす。



 君の細い腕を掴んで、力一杯抱きしめる。


 柔軟剤の香りが僕の鼻をくすぐり、僕の頬を水滴が伝う。火が出るほど恥ずかしい。でも、僕は大きな声で叫んだ。



「僕には君が必要だ! だから、絶対に離れるな!」



 君は笑っていた。そして君は言ったんだ。


 ──ありがとう、()()、って。







 僕はパソコンを閉じた。

 傍では、すやすやと眠る黒髪の女の子の姿があった。楽しい夢でも見ているのか、頬に可愛いえくぼができている。


 僕は祈る。


 この画面の向こうにいる()()も、奈々とは別の優しい女の子と一緒に僕らを見ている事を。



 その為に、僕はまたキーボードを叩き始めた。



最後まで読んで頂きありがとうございます!


短い、とても短い作品です。ただ、書きたい事は書けたので、私は満足しています。


難しい内容だったかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 両方の世界の二人がお互いにお互いの存在を認知してる感じなんですね。 アーヤさんの感想と、その返信でおおよそ理解できました。
[良い点] 現実の世界の「幸一」に、パソコンの中で動いている「幸二」が「幸せか?」って語り掛けていると思いました(←間違ってるかも。間違っていたら、すみません。
2022/03/09 10:43 退会済み
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