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(あら、あれはライセル王国の第5王女様・・・・・。今日陛下にお会いする予定なんて入っていたかしら。)
豪奢な赤いドレスをまとい美しく包装された箱を侍女に持たせてこちらへと歩いてくるのは、南の大国ライセル王国の第5王女ローズ様。執務室のほうから歩いてくるからどうかしたのかしら?と思っているとふ、とした拍子に目がバッチリと合う。
フェンジェルベルに招待された身の上である彼女が自分から王妃である私に声をかけるわけにはいかない、とはいえ、こうも明確にアピールされたのを無視するのもマナー違反。私は立ち止まると、柔らかくほほえみ王妃の顔を作り彼女の声をかける。
「ごきげんようローズ様。いかがお過ごしですか?」
声をかけられたローズ様はさっと腰を折りカーテシーを取る。そして
「楽になさい」
と私が言うと、姿勢を戻し、話し始める。
「王妃様もごきげん麗しいようで。皆様のおかげで素敵な時間を過ごさせていただいております」
「それは何よりだわ」
そこからも他愛のないない世間話を二言三言続けるがその後に続く言葉が私をドキッとさせた。
「ところで今日は『精霊のお菓子祭り』なんだそうですわね。精霊様にお菓子を捧げる日、だなんて素敵ですわ。それに愛する人にお菓子を上げる習慣もロマンチックですわね。私も腕によりをかけて手作りしたケーキを先程陛下にお渡ししてまいりましたの。とっても喜んでくださいましたわ」
「あら、そうなのですか、素敵な贈り物を陛下にしていただき私からも感謝いたします」
私はそう返事をしつつ、彼女の言葉に驚いていた。
突然饒舌になったローズ王女にも驚いたがそれ以上に驚いたのは話の後半部分。手作りのケーキを陛下にお渡しした、という部分だ。
恋人にお菓子をあげると・・・・・、から派生し友人やお世話になった人にもお菓子をあげる習慣があるこの日、陛下のもとにもたくさんのお菓子が届く。陛下がいくら甘い物が好きでも自分で食べられる数には限界がある。そこで陛下は学園にいた頃から、頂いたお菓子は気持ちだけ受け取って、王都の孤児院へ寄付すると宣言していた。それでも大量のお菓子をいただくことになるのだが、手作りについては寄付された側も困るだろう、ということでお断りすることを明言していたのだった。
そのことをフェンジェルベルの人々はよく知っているが、ローズ王女はこの国に来たのは初めてだそうだし、よく知らなかったのかもしれない。手作りは断る、と公言する陛下だが、流石にライセル王国の王女の品は断りづらいのもわかる。それにこんな可愛らしいい子が作ってくれたお菓子をすげなく突き返すのも罪悪感があるだろう。
ってどうして私はこんなに悶々としているのかしら。お菓子を一つ余分に頂いたからって甘い物が好きな陛下ならもちろん私のケーキも食べてくださるのに。
やや上の空になりつつ、挨拶をしてそれぞれの向う方向へ進もうとし、二人がまさにすれ違おう、としたその時、ローズ王女がこちらへ倒れ込んできたのがわかった。足でももつれたのかつまずいたらしい、私めがけて倒れ込む体を慌てて両手で支える。その勢いで私も転けそうになったが、ローズ王女がかなり軽い方なのもあってなんとか支えきれた。
「大丈夫ですか?ローズ王女。お怪我はありません?」
「えっと、その、申し訳ございません王妃様!私ったらなんてことを」
そう言いつつ彼女を見ると、彼女の青く済んだ瞳は潤み今にも泣きそうだった。それもそうだろう、外国でその国の王妃を巻き込んで転けそうになるなど焦るに決まっている。彼女の全身を見渡しとりあえず大きな怪我はなさそうなことを確認すると、努めて優しい声を作る。
「気にすることはありませんわ。私はなんともありません。ローズ王女もお怪我はなさそうですわね。立てますか?」
そう言って手を貸そうとしたところで、我に帰ったらしい彼女の侍女が慌ててこちらへ来る。
「見た感じでは怪我はしてなさそうだけど部屋に戻ったらもう一度確認してあげて。もし歩けないようだったらもっと使用人を呼ぶけど・・・・・」
「いえ、歩けます。本当に申し訳ございませんでした!」
そう言い、立ち上がると、もう一度深く腰を折って侍女とともに急ぎ足で去っていいく。あれだけ歩ければ本当に問題ないのだろう。
と彼女が見えなくなったところで大きな問題に目を向けることにした。彼女を両手で支えようとして吹っ飛んでいってしまったケーキの箱だ。
彼女がこれを見れば更に恐縮することは言うまでもないだろうからあえて気づかないふりをしていたが私が抱えていたケーキの箱は廊下の角でひっくり返っている。幸い中身は出ていないようだが、中に入っているのはデコレーションケーキだ、確実に原型をとどめていないだろう。
「王妃様!怪我はございませんか。私がついていながら申し訳ございません」
ローズ王女の前では私に合わせて平静を装っていたアンリだが、彼女がいなくなった途端顔を青くしてこちらへ駆け寄る。
「大丈夫よ。怪我もしてないわ。それに私もとっさにしたことだわ。それよりも」
そう言ってケーキの箱を見る私に、アンリも顔を歪める。
「とりあえずこれは陛下には渡せないわね。一度部屋に戻りましょうか」
努めて明るく言って私はいま来た道をアンリと共に戻る。
そして部屋に戻ると汚れても良い調理台の上で箱を開けてみた。
「あぁ、やっぱり駄目ね。食べても問題はないでしょうけど、贈り物には出来ないわ」
そんな私の言葉にアンリも悲しげに同意する。
「せっかく作られたのに残念ですがそうですわね。もう一度作り直されますか?」
「本当はそうしたいのだけど残念ながら時間がないわ。少なくとも同じのを焼くのは無理ね」
そう言って私は天を仰ぐ。なんだかんだと言って王妃として忙しい身の上にある私。実を言うとこうして今日お菓子を作る時間を用意してもらうのでもかなり頑張ってもらっている。夜にはまた予定があるから自由な時間はあまり残っていない。
「とにかく、落ち込んでいても始まらないわ。なにか良い案がないか考えてみるわ。申し訳ないけど少し一人になっても良い?」
そう言うと、心配そうにしたアンリだったが、こちらの様子を伺うと、
「かしこまりました。御用がありましたらすぐにお呼びください」
といって、部屋をあとにする。先程までは賑やかだった部屋で潰れてしまったケーキを見つめていると段々瞳が潤んでくるのが分かった。