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精霊の加護を受ける国、フェンジェルベル。そんなこの国には精霊にまつわる行事が数多くある。「精霊のお菓子祭り」もその一つ。甘いお菓子に宿り、食べた人を幸せにしてくれる精霊、そんなお菓子の精霊に感謝を捧げるためお菓子を作る日。そんな行事がお菓子を作り、食べることが主な目的になるのはある意味当たり前かもしれない。ただそれが何故か、恋人に手作りのお菓子を送れば、その一年を仲良く過ごせる、なんていう言われが出来たのは、甘いお菓子が甘い恋人同士を思い起こさせるからか。ともかくもこの国では冬の真っ只中に訪れるこのお祭りは恋人たちにとってとても重要な日になっていた。
「とはいえ、連れ添って何年もたつ夫婦が気合を入れてする行事でもないし、それに陛下だとそれでなくてもたくさんの贈り物をいただくのよね」
「その割には今年も気合の入ったケーキだけど。それに陛下は絶対にライサ様のお菓子を楽しみにしていると思うのだけど」
ここにいる皆を代表して、とでも言いたげな彼女の声に私を囲むみんなが、そのとおり!と言わんばかりに一斉に頷く。
「確かにそのとおりだけど、それは毎年作っているからであって……なんというか恒例行事? それよりあんまりからかうと教えてあげないわよ。ほら、そろそろオーブンを見ないと!」
そう言って私は美味しそうな香りが漂ってきたオーブン近づく。私はライサ。このフェンジェルベル王国の国王の妻、つまり王妃。
国内では名の知れた公爵家に生まれ、幼い頃に王子と婚約。自分で言うのも何だけど今は隠居されたお義父様とお義母様、つまり当時の国王陛下と妃殿下の覚えもめでたく、妃教育も順調にこなした。そして王立学園を次席で卒業(主席は陛下だったわ)、と貴族令嬢としては順調過ぎる道を歩いてくることが出来た。
そんな私が他の人と少し変わっているのはお菓子作りが大好きなこと。
これは同じくお菓子作りが好きで得意なお母様の影響ね。普通は公爵家の娘が厨房に入るなんて、と言われそうだけど家庭的な趣味を良し、とするのがここフェンジェルベルのお国柄。精霊への贈り物は手作りが基本なことも関係しているかもしれない。
とにかく、幼い頃からお菓子作りが大好きだった私はせっせとお菓子を作っては色んな人に配っていた。ついでにお節介焼きなのか、学園で生徒会に入ってからは、陛下の身の回りを整理したり、お仕事を手伝ったりしている内についたあだ名は「世話好き令嬢」。
仕事を奪ってしまったであろう使用人の皆さんには悪いことをしたかもしれないが結局直されることもないままここまできてしまった。
と、言う訳で皆さんの言うとおり、今さら「精霊のお菓子祭り」に合わせてお菓子をあげるのも気恥ずかしいが、お菓子を作る、となると俄然やる気が出てしまい、結局今年も結構な力作が出来上がりそうだった。
ミトンをはめてからオーブンを開けると、ブワッと湯気と美味しそうな甘い香りが立ち上がる。これこそお菓子作りをする人の特権ね。思わずとろけたような表情になりながら程よく焼き色のついた色とりどりのケーキを見つめていると、くすくすと周りから笑い声が聞こえてくる。まあ、確かに王妃らしくない表情かもしれないけどそこまで笑うことはないじゃない。
それぞれの立場にしては質素なワンピースを身につけ、先程から笑い声を漏らしているのは私の古くからの友人達。幼い頃から家同士の繋がりで仲良くしている方もいれば、学園からの知り合いもいる。周囲から見れば王妃とその取り巻きだが、実際はそれ以上の親友だと思っている。
「にしても笑いすぎよ! 特にリネット」
「ごめんなさいね。相変わらずお菓子を作っているときのライサは可愛いなと思って」
「可愛い……ってあのね」
そう言って満面の笑みを浮かべてくるのはリネット。侯爵家の次女にして、現在は財務大臣を勤める公爵家の若奥様。
物心がついた頃からの付き合いの彼女は私に対しても遠慮がない。もちろん公の場ではわきまえているけどね。
それはさておき時間も決して多くあるわけではない。いつまでもこうしているわけにもいかない、と美味しそうに焼き上がったケーキを天板ごと一旦調理台へ置いた。