第一話
「今日もお疲れ様、さぁ、お家に帰ろう」
私が声を掛けるとその娘は小さく頷いた。
「それじゃあまた明日も宜しくお願いしますね、先生」と言われたが気にせず分厚く冷たいドアを押開け家路に向かう。
私に先生などと呼ばれる資格なとない、そんな事を考えながら車の停めてある場所へ向かった。
先月買ったばかりの黒い外装の車を街の間を縫うようにして走らせる。時計を見るともう8時を過ぎてしまっている事に気が付いたので、私は「お夕飯はどうしようか?」と隣に静かに座っている彼女に問いかけた。すると彼女は少し遅れて「おいしいもの」と小さい声で返事をした。それではと思い国から指定された食堂とは違う、少し街の中心から外れた場所のレストランに車を運び、路肩に止め店に向かう。
店員に連れられて窓際の二人席に座った。星がよく見える座席だった。今日の夜は特に天気が良く二人とも星を見入ってしまい、ウェイトレスが水をコップに流し込む音でふと我に帰った。オーダーは決まっていたので厨房へ戻ろうとするウェイトレスを呼び止め注文をした。
ふと未だ星を見つめ続ける彼女に目をやった。まるで人形のような顔立ちにサファイアのような色の透き通った目に長いまつ毛、首まで掛かった黒く長い髪の毛、強く握れば折れてしまいそうな程に華奢な身体、長袖からはみ出た腕からは包帯がチラついている…。そんな姿に私は同情を覚えながらも仕事だからと自分を騙し続けていた。いつになれば彼女は解放されるのだろうか、そんな事を考えて居たら注文したものが届いた。
資源が少ないからか、はたまた戦時中だからかハンバーグは前に別の人と訪れた時よりも小さくなっていた。彼女はそれをじっと見つめていたので、私ははっと思い「お食べ」と声を掛けた。
すると彼女はこくりと小さく頷き、覚束ない手付きで食べ始めた。私も冷める前に食べてしまおうと食器を手に取った。私は先に終えたので、辿々しいながらも汚さず食べている彼女を静かに眺めていた。
それから少し経ち、会計を済ませた私は彼女を呼び店を出た。家に帰る道中、彼女はまだ私に見せた事のない笑顔を見せてくれた。