精霊の加護047 工作員捕縛
精霊の加護
Zu-Y
№47 工作員捕縛
ウィンとの契約と言う目的を達した俺たちは、ポリーナ経由でラクシーサへ戻ることにした。
ここは風の谷の最深部だ。ポリーナからここに来るまでは、徒歩で数日掛けて、谷を削る川添いを登って来た。帰りは下るから、登りよりは早くなると思う。
風の谷は、リシッチャ島にふたつだけある山=双子山の間の谷で、外洋に面する南の断崖から、南部湾側に向けて北に広がる平地へと下っている。双子山の裾野の扇状地に位置するのがポリーナ、その先の平地は大きな港町のラクシーサがある。
昼過ぎまで仮眠を取って、海風を背に受け、ここ風の谷の最深部から、風の谷の入口の村のポリーナへ向かう帰還の途に就いた。
第二形態のツリ、クレ、フィアのうち、交代で両横の位置のふたりと手を繋ぎ、最後のひとりは俺の後ろから服の裾をつまんで付いて来る。
第一形態のチルは右肩、ワラは左肩、ウィンは頭の上にそれぞれ座った。頭に座ったウィンは俺の帽子と化している。笑
精霊は非常に軽いと言うか、そもそも浮いて漂ったりもするので、3人が俺に乗ってもまったく重くない。
精霊たちを纏わり付かせた俺、お姉様方、スノウとナイトの仔馬コンビは順調に風の谷の底を流れる川に沿って、川岸を下って行った。昼の海風を追い風として背に受けながら進んで行くので、帰路は昼に進み、夜に野営することにした。
昨夜、夜通しだったせいで、昼過ぎまで仮眠を取ったので、今日の行程は昼から夕方までの半日だ。
日が暮れて来たので、野営する場所を決め、その準備に取り掛かった。
俺は、精霊たちと精霊魔法で仮眠所を作る。お姉様方は夕餉の準備だ。途中、狩りで仕留めた猪を解体して、牡丹鍋とイノシシ肉のソテーを作ってくれている。野営の夕餉とは思えない程、豪華な夕餉である。
夕餉の後、俺と精霊が最初に仮眠でお姉様方が見張り、深夜で交替して、俺と精霊たちが見張り、明け方までお姉様方が仮眠となった。
無事に夜をやり過ごし、朝餉を摂って出発。こんなサイクルが2日続いて、風の谷を半分下った。
明け方前の俺たちの見張りのときに異変が起きた。ワラが俺に近寄って来て驚くことを告げたのだ。
『ゲオルク、黒い魔術師の、気配がする。』
「え?ワラに吸魔の羽衣を巻き付けた奴か?」
『うん。』
「皆、聞いたか?十分警戒して、そいつらの情報を集めてくれ。」
『下流から登って来る。』
『あと300m。』
『5人いる。それと馬1頭。』
様子を窺っていると、
『精霊はいないか?いたら返事してくれ!』いきなり念話が来た。おそらく黒い魔術師と組んでた精霊士だろう。
「皆、返事をするなよ。」
『ゲオルク、こいつは、ワラに、話し掛けて、来た奴。』ワラが思い出したのか、かなりムッとして告げて来た。やはりそうか!
「よし、油断させて捕まえてやろう。」
俺は、お姉様方に声を掛けて起こし、かいつまんで状況を語った。
「と、言う訳でこれから一網打尽にしてやろうと思う。」
精霊たちには毛布を被せて隠し、焚火を俺とお姉様方で囲み、警戒しながらしばらく待っていると一行が川伝いに登って来た。
「こんばんは。いや、もうおはようか。あんたらも猪狩りか?」俺から話し掛ける。
「まぁそんなところだ。」こいつはポーターだな。ポリーナで雇われたのかな?
「夜通し登って来たのか?」
「登りはきついからな。夜の陸風を利用しない手はないぜ。」
「俺たちはもう下りるとこだ。残念だが、成果はあまり良くなかった。あんたら、これから休むんなら、俺たちが作った小屋を使うか?安くしとくぜ。金貨1枚でどうだ?」
「高ぇよ。いくらなんでも吹っ掛け過ぎだぜ。銀貨1枚。」
「それはねぇだろ?大銀貨5枚。」
「話にならねぇな。銀貨5枚。」
「この強欲め。大銀貨1枚。これ以上値切ったら交渉決裂だ。小屋は潰す。」こういうやり取りが微妙に楽しい。
「旦那、どうしやす?」ポーターが、黒い魔術師に聞いた。
黒い魔術師が大銀貨1枚を放って寄越したが、俺はキャッチしなかったので、大銀貨1枚がチャリンと音を立てて地面に落ちた。
俺は小屋に右手を向け、
「いらねぇみたいだな。」と言うと、クレが反応して、小屋を一気に潰す。
「え?」黒い魔術師が驚いた。
「おい、黒いの。支払いは手渡しでするもんだ。覚えとけ。」俺のこのひと言に護衛らしきふたりが身構えたので、それに反応してお姉様方が立ち上がって戦闘態勢を取る。
「待て、誤解だ。こちらに悪気はない。」止めに入ったこいつが精霊士か?
「あんたはそうでも、この黒いのと、チンピラふたりはそうでもなさそうだぜ。」
チンピラ=護衛のふたりが剣を抜いた。
次の瞬間、俺の思惑通りにツリが反応し、蔓を生やして5人を縛り上げていた。
「何をするんだ!」精霊士が抗議して来たが、聞く耳など持つ必要はない。こいつらはワラを追い込んだ敵だ。
「先に剣を抜いたのはお前らだろう?」
「待ってくれ。行き違いだ。こちらに敵意はない。」
「敵意のない奴がいきなり剣を抜くかよ。黒いのとチンピラふたりは敵意丸出しじゃねーか。」
フィアに思念を送ると、一瞬の炎が、黒の魔術師とチンピラふたりを舐めて、黒い魔術師の帽子ごと頭髪を、そしてチンピラふたりの鉢金の上の頭髪を焼いた。
「「「あちち。」」」蔓で縛られた芋虫のように転げまわる3人。
「熱いのか?じゃぁ冷やしてやるよ。」
チルの冷気が、黒い魔術師とチンピラの顔を襲う。鼻や耳などの突起物が凍結し、3人とも芋虫のまま、悲鳴を上げてのたうち回っている。凍傷は確実だ。ざまぁみろ。
俺は黒い魔術師の襟首をつかんで引きずり起こした。
「ワラ、こいつで間違いないか?」全員を拘束したから、もう精霊たちを隠す必要はない。
『うん。こいつ。』黒い魔術師の顔が驚愕に変わる。
いきなり川の水から龍のような水柱がせり上がり、黒い魔術師の顔を襲った。まるで川からホースで、黒い魔術師の顔をめがけて放水しているようだ。
「うぷぷ。」まぁろくに息はできまいな。
ワラの水柱攻撃は延々と続く。
「おい、いい加減にやめろ。死んでしまうぞ。」精霊士が抗議して来たが、俺は冷たく言い放つ。
「構わんよ。こいつは俺の精霊に危害を加えたからな。」
「なんだと?」
「次はお前な。お前はこの黒いのの協力者だから当然だな。」
「まさか、あのときの水の精霊か?」
「ようやく思い当たったか?さぁ、答えろ。この黒いのは、帝国か?教国か?」
「…。」答えない。あっそ。それでもいいけどね。
放水が続いて、とうとう黒い魔術師は動かなくなった。気を失ったようだが、黒い魔術師への放水は続く。ワラが相当怒っているのだ。
「あーあ、お前がさっさと答えねぇからこうなったんだぞ。このまま放水で溺れ死ぬんだろうな。」
「…帝国だ。」ほんとに帝国だろうか?まぁどっちでもいい。黒い魔術師が帝国だと言うのなら、これで帝国に因縁を付ける切っ掛けになる。東部公爵様は喜ぶだろう。
ワラの放水のターゲットは、精霊士に変わった。
『すまなかった。勘弁してくれ。やめてくれ。』精霊士の念話が来た。一旦放水をやめて、
「で、お前はどこだ?教国か?」
「帝国だ。」
「そうか。ワラ、やれ。」
ワラの放水が再び精霊士を襲う。俺としてはこいつからは教国という言質が欲しい。そうすれば、東部公爵様が、教国にも圧力を掛ける口実ができる。
『勘弁してくれ。息ができない。頼む。』再び念話が来た。すぐには放水をやめず、しばらく引っ張ってから放水をやめた。
精霊士は息絶え絶えだ。
「おい、嘘を吐くなよ。よーく考えて答えるんだ。いいな?お前は教国か?」
「…帝国だ。」
「チル、やれ。」
チルが精霊士の全身に冷気を浴びせた。ワラにびしょびしょにされた後だからたまったものではない。
「ワラ、やれ。」
「やめてくれ。教国だ!」
ワラが放水を始めた。
『頼む。やめてくれ。』念話が来たが、気を失うまではスルーだ。
精霊士も動かなくなった。溺れたな。
「で、お前らはどこだ?」チンピラふたりに聞く。
「「…。」」答えに窮するふたり。どっちと応えたらいいのか迷っているようだ。もうどっちでもいいがな。
「そうか、答える気はないか。」ふたりは股間を濡らした。
「どっちでもいい。」「あんたの好きな方にしてくれ。」
「お前らは正直に答えろ。帝国も教国も言質を取ったから、もうどっちでもいいんだよ。真実を話せ。」
「俺たちは王国だ。武器商人の配下だ。」
「王国と帝国と教国を仲違いさせて、緊張させて武器を売るのが目的だ。」
「そうか。こいつらもお前らの仲間か?」
「「そうだ。」」ふうん、黒い魔術師と精霊士も実のところは王国か。
「武器商人が絵を描いていた訳か。まぁ、真実はどうでもいい。こいつらをダシに帝国と教国に譲歩をさせる。それと武器商人たちからはたんまりと和解金を吸い上げてやろう。武器商人が応じなければ徹底的に潰しゃいい。
お前らは犯罪奴隷がいいよな?それとも武器商人の下に送り返そうか?」
「それだけはやめてください。」武器商人の下に帰したら、まぁ処分されるわな。
「犯罪奴隷でも何でもやります。」チンピラふたりは完全に怯えていた。
「で、お前は?」
「俺はただのポーターで、こいつらとは何の関わりもねぇです。ポリーナで聞いてくだせぇ。」
「ほんとかな?じゃぁ聞くけどさ、リシッチャ島で有名な武術は何?」え?ここでビーチェさんが割り込んで来た。
「リシッチャ流刀術でさ。ラクシーサに道場がありやす。」
「うん、正解。ゲオっち、こいつはリシッチャ島民だよ。」おい、そこかよ!
「ビーチェさん。リシッチャ流刀術は有名だからさ、リシッチャ島民でなくても知ってるんじゃないの?」
「なるほどー、確かにそうかもね。」ビーチェさんが事細かにリシッチャ島のことを聞くと、ポーターはすらすらと応え、ポリーナに住んでると言うポーターの言い分は信用できると判断したので、蔓による拘束を解いた。
馬はポーターのもので、積荷はすべて黒いの一行のものだった。積荷から吸魔の羽衣2枚が見付かったので、ウィンを無力化しに行くとこだったと思われる。もう1枚は、北部の金属の特大精霊の無力化用かもしれない。
ここで手に入れた吸魔の羽衣は、ルードビッヒ教授への手土産にしよう。教授の喜々として喜ぶ顔が目に浮かぶ。笑
チンピラ=護衛ふたりの拘束を緩めて歩けるようにし、黒いの=黒ずくめの魔術師と、精霊士を起こさせた。半分溺れていた状態から復活したふたりはよろよろとしており、完全に俺たちを警戒している。
馬の積荷から吸魔の羽衣を取り出し、これを黒装束の魔術師と精霊士に巻き付けた。これでこいつらの魔力はどんどん吸われる。魔力切れを起こしてぶっ倒れる前に引き剥がせばいい。
「おい、やめてくれ。魔力が吸われる。」黒いのが抗議して来た。
「お前、ワラに巻き付けといて、どの口が言うんだ?」
「俺は通訳を頼まれただけだ。やったのはこいつだ。」精霊士が黒いのを売った。笑
このひと言でふたりは罵り合いを始め、この仲間割れに護衛のふたりは呆れているようだ。
俺たちは風の谷からポリーナまで下りるので、昼に海風を背に受けて移動する。夜通し陸風を背に受けて登って来た捕虜どもは、休む間もなく下山だ。体力的にとことん追い込んでおけば、脱走も諦めるだろう
途中の昼餉や夕餉はもちろん振舞ってやった。俺は捕虜を大切にする主義だ。もっとも食材は、こいつらの積荷からぶん捕ったものなのだが。笑
設定を更新しました。R4/4/10
更新は火木土の週3日ペースを予定しています。
2作品同時発表です。
「射手の統領」も、合わせてよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n2002hk/
カクヨム様、アルファポリス様にも投稿します。




