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海外で凄腕と呼ばれた元傭兵のクリスくん、ぼっちのお嬢様を守る使用人として共に普通の高校に通います。

作者: あざね

短編です!!

応援よろしくお願いいたします!!







 ――鳴り響く銃声。


 硝煙の匂いがたちこめる。

 そこが彼の居場所であると同時に、仕事場だった。

 仲間内からは『クリス』と呼ばれた少年は、その漆黒の髪をなびかせながら戦場を駆ける。無慈悲かつ的確に相手を行動不能に陥れる戦闘術は、彼の異次元さを表していた。


 敵を圧倒し、決して命は奪わない。

 どのような状況であっても、彼は無傷で帰ってきた。



『おいおい、バケモノだな……』



 淡々と任務をこなす。

 そんな彼を見た仲間の兵士は、思わずそう呟いた。

 しかし、それに向かって笑い飛ばすようにこう冗談を口にする者がいる。



『ばーか。バケモノなんて次元じゃねぇよ。アイツは――』



 これといって貶すつもりもなく。

 その兵士は『クリス』を見て、こう称した。



『凄腕の機械だよ』――と。




 感情を持たない機械のように。

 戦場で『クリス』と名を与えられた少年は、ただ黙々と命を燃やし続ける。

 それこそが、彼にとっての存在理由。生きる意味であり、必要とされることに違いない。そして、そんな日が続くことを誰もが疑わなかった。



 そう『あの瞬間』が訪れるまでは……。









「私専属の使用人、ですか……?」



 肩までの金髪を揺らしながら、少女――リサは眉間に皺を寄せた。

 青の瞳は怪訝そうな輝きをみせている。端正な顔立ちながらも、どこか他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出す美少女は、大きなため息をついた。

 そして、突然の提案をしてきた父親こと源一郎にクレームをつける。



「いきなり何を言い出すかと思えば、お父様……どういうつもりですか?」

「どうもこうも、リサがより学業に集中できるように、という配慮だよ」

「いえ。そんなもの、不要です」

「おやおや……」



 優しく笑う源一郎に対して、リサはそっぽを向いてしまった。

 その反応に、しかし父は慣れた様子で肩をすくめる。そして一つ小さく息をついてから、娘に向かってこう言うのだった。



「しかし、慣れない環境で不便なこともあるだろう? リサは今まで、いわゆる『普通の学校』というものに通ってこなかったからね」

「そ、それは……!」

「僕はね、心配なんだよ。神楽坂グループの一人娘が果たして、一般的な高校生の中に溶け込んで生活できるのか、とね?」

「………………」



 そんな父の言葉に、とうとうリサも黙ってしまう。

 【神楽坂グループ】とは、日本の中でもトップを走る世界有数の企業組織だ。源一郎はそこの代表であり、リサはその源一郎の一人娘。

 要するに、とびっきりのお嬢様、ということになる。

 そんな彼女が、いきなり平々凡々な高校に入学して当たり前に生活できるのか。その答えはハッキリ言ってノーだろう。


 神楽坂リサは今まで、いわゆる由緒正しいお嬢様学校に通っていた。

 とても一般的な高校に馴染めるとは思えない。



「し、しかし! いくら何でも急すぎます! 海外出張から戻られたと思えば、いきなりそんな話をされても困るんです!!」



 とはいえ、専属の使用人をつける、というのもいかがなものか。

 リサは必死に源一郎へ訴えるが、彼は軽く流しながらこう続けるのだった。



「ははは、安心しなさい。彼はとても優秀だからね。年もリサと変わらないし、きっとすぐに仲良くなれるさ!」

「いや、だからそうではなく――」



 ――コンコン。


 飄々とした源一郎をリサが捕まえようとしていると、不意に部屋のドアがノックされた。それに思わず彼女は黙る。

 そんな娘を尻目に、父は大きく頷いてこう口にした。



「あぁ、どうやら来たようだね。ナイスタイミングだ――入って良いよ!」

「…………失礼いたします」



 すると、そんな返事と共にゆっくりとドアが開く。

 そこから姿を現わしたのは、執事服を身にまとった一人の少年だった。

 後ろで束ねた長い黒髪。同じく黒の瞳をしており、ただ右目に限っては前髪で隠れるようになっていた。幼さ残る顔立ちは比較的整っているが、どこか無機質に思える。

 すらりとした身体つきをしている反面、筋肉はしっかりとついているのだろう。姿勢正しく、背筋をピンと伸ばしながらリサたちのもとへとやってきた。



「リサ、紹介するよ。この少年は『クリス』だ」

「クリス……?」



 リサが首を傾げると、クリスと呼ばれた少年は恭しく頭を下げる。

 そして、一言こう口にするのだった。



「クリスです。以後、よろしくお願いいたします……お嬢様」――と。



 






「えー……。今日から、このクラスに転入することになったクリスくんだ。海外での暮らしが長かったそうだから、みんなで教えてあげるように」

「……よろしくお願いします」




 ――そんなこんなで。

 その日の朝、リサのクラスに転校生がやってきた。

 いつの間に調達したのか分からない、学校指定のブレザーに袖を通したクリス。どこかミステリアスな空気漂う彼を見て、一部の女子は色めき立った。



「どういうことですか、ホントに…………!?」



 しかしリサは、そんな様子を最後方の席から不服そうに見ている。

 父がいったいどのような伝手で、彼をこのクラスに押し込んだのかは分からなかった。だが、いまはそのようなこと些末事でしかない。

 何故なら、このままでは彼女の高校生活が一変してしまうからだ。

 少女は空席に案内されたクリスを睨みつける。



「頼むから、余計なことはしないでくださいよ……?」



 そして、真っすぐに黒板を見つめる少年へ念を送った。

 朝のホームルームが終わり、授業が開始。


 間もなくそれらも終了し、昼休みに入る時だった。

 リサにとって、最も恐れていた事態が発生したのは……。




「ねぇ、クリスくん! 一緒にご飯食べましょう?」

「えー? 私と食べようよー!」



 皆が各々に弁当を広げる。

 今日、その中心にいたのはクリスだった。

 整った顔立ちに、どこか浮世離れした空気を漂わせる少年。同世代の女子にとっては、他の男子よりも魅力あるように映るのだろう。

 そのため、彼の意に反してその周囲には人だかりができていた。

 よく見れば教室の外には、他学年の生徒もきているらしい。



「ねぇ、クリスく――」

「……失礼します。私の予定は、決まっていますので」



 その最中で、クリスはおもむろに立ち上がった。

 周囲が唖然とする中、彼が脇目もふらずに向かったのは……。




「お嬢様、お隣よろしいでしょうか?」




 ぼっち飯を開始しようとしてたリサのもとであった。

 恭しい態度で一礼したクリスは、珍しく小首を傾げながら主の答えを待つ。そうなると自然、周囲の視線はリサへと注がれるわけで。

 彼女はあからさまに狼狽えながら、視線を泳がせるのだった。



「な、なななな……!?」

「私はお嬢様と共に、学校生活を送るように言われています。また、貴女が周囲から孤立しないように、という言伝も。今日これまでの流れを鑑みるに、リサお嬢様は周囲に溶け込めているとはいいがたく、今もこうして一人でお食事を摂ろうと――」

「よ、余計なお世話です!!」



 だが、つらつらと語られた内容に。

 リサはとうとう耐え切れなくなって、そう叫んでしまった。

 周囲の喧騒が一気に消え失せる。そうなってはもう、彼女にとって針の筵だった。いよいよリサは我慢ならなくなり、弁当箱を片手に教室を飛び出す。




「……お嬢様…………?」




 そんな彼女の後姿をクリスは、黙ったまま見送っていた。

 その後、しばしの思案があって。



「ふむ……」




 彼もまた、それを追って駆け出すのだった。









「もう、なんなの……!?」




 肩で息をしながら、リサは人気のない校舎裏へとやってきていた。

 ここなら誰かに見られることもない。彼女にとってここは、学校の中でも数少ない隠れ家のような場所だった。――ぼっち飯をするには、好都合。



「…………分かってるわよ。私はどうせ、一人ぼっちだ、って……!」



 誰も近くにいないことを確認して。

 リサはそう呟いてから、力なくへたり込むのだった。



「だって、仕方ないじゃない。友達なんて――」






 ――友達なんて、できたことなかったのだから。





 リサはいじけたように、膝を抱える。

 昔から、そうだった。


 彼女は決して人当たりが良い性格ではなく、常に孤立していたのだ。

 一大企業のご令嬢という立場もあってか、それを目当てに近付こうとした相手はたしかにいた。しかしそのような相手、友達などと呼べるだろうか。


 リサの答えは、否だった。

 だから彼女はそんな相手を突っぱねてきた。

 すると次に待っていたのは孤立と、いわれなき誹謗中傷だ。




「…………私のことなんて、誰もまともに見てくれない」




 一般的な高校に進学しよう。

 リサがそう考えたのは、そんな折だった。

 逃げることは気に食わなかった。しかし自分のことで、忙しい父に迷惑がかかるのはもっと嫌だったからだ。


 そうして、少女はこの高校にやってきた。

 だが――。




「どこにいたって、私は……!」




 一度壊れたものは、簡単には戻らない。

 結局、リサを待っていたのは新しい孤立だった。

 周囲に馴染めない彼女は毎日、ただ一人で時を過ごすのだ。




「でも、どうしようもないじゃない! どうしようも……!」

「なにが、どうしようもない……って?」

「え……!?」




 そして、いよいよ諦めを口にしようとした時。

 校舎裏に客人が現れた。



「こんにちは。――神楽坂さん?」

「え、っと……」



 それは、一人の女子生徒。

 たしか同じクラスの佐藤という子だった。

 リサが慌てて立ち上がると、そんな彼女を見た佐藤は笑う。



「あれ? うふふ。そんなに怯えなくても良いじゃない?」

「いや、別に……怯えてるわけじゃ……」

「ふーん……?」



 それにリサが答えると、相手は目を細めた。

 そして、こう言う。



「アンタ、ホントに目障りよね」――と。



 本当に、感情のこもらない声で。



「え……?」



 鋭利な言葉。

 それを真っすぐに、喉元へ突き付けられたリサは困惑した。

 どうして彼女は自分に対して、このような敵意をむき出しにするのだろう。そう考えていると、佐藤は怒りに表情を歪めながら続けた。




「ずっと、自分は他の子とは違います、って態度でさ! ちょっと顔が良くて、金持ちだからって偉そうなんだよ! ――それに、今日に至っては変な男子を引き連れて!! なにが『お嬢様』よ、虫唾が走るったらないわ!!」

「そ、そんな……!」

「うるさい、見下してんじゃないよ!?」

「ひっ……!?」




 リサが反論する余地はない。

 完全に逆恨み、あるいは思い込みによる憤怒を抱えた佐藤。

 そんな彼女は真っすぐに、リサへ敵意のこもった視線を投げていた。それを受けたリサの脚は竦んで、使い物にならなくなる。

 逃げることもかなわず、人気もなく助けも呼べない。



「アンタには、一度痛い目に遭ってもらいたかったのよね……!」



 震える彼女に対して、腕組をした佐藤の後方からは数人の男子が現れた。

 各々に運動部に所属しているのだろうか。どの生徒もガタイが良く、リサのような少女など簡単に組み伏せてしまえるように思われた。

 そんな相手ににじり寄られ、リサはその場に尻餅をつく。

 佐藤はそんな彼女を見下ろして、不敵に微笑む。




「さて、精々可愛がってもらうんだね!」

「い、いやぁ……!!」




 佐藤の言葉が合図となったのか。

 男子生徒たちは、一斉にリサへと躍りかかった。だが――。





「がっ……!?」





 一人の男子の顔面に、小石がものの見事にクリーンヒット。

 軽い出血と共にその男子はうずくまり、他の生徒も何事かと周囲を確認した。するとすぐに、石を投擲したであろう人物の正体が判明する。




「大丈夫ですか? ……お嬢様」

「クリス……?」




 それは、リサの使用人である少年――クリスだった。

 彼はとくに顔色を変えずに、ゆっくりと主と敵の間に割って入る。そして状況を確認するように周囲を見回して、しばし考えてから言った。




「……なるほど。今回、私の任務は彼らの『殲滅』ですか」




 そして、静かに右腕を前に突き出して腰を沈める。

 隙のない構えだった。もしかして、クリスは格闘技の経験者だろうか。思わず、リサがそんなズレたことを考えた時だった。




「何すんだ、この野郎!?」

「クリス、危ない……!」




 先ほど小石を当てられた男子が、クリスに躍りかかったのは。

 リサがとっさに叫ぶ。しかし、それより先に――。




「――――――!」




 少年は、無駄な動き一つもなく相手の懐に潜り込む。

 そして迷うことなく、みぞおちへ目がけて拳を捻じ込むのだった。




「が、は……!?」




 悶絶する男子生徒。

 その一撃だけで、クリスの実力は一目瞭然だった。

 明らかに、動きが普通のそれとは異なっている。おおよそ学生のする動作ではなく、明確に相手を打ちのめすことに特化した攻撃だ。

 だが、それよりも恐ろしいのは――。




「…………次は、手加減しない」




 全員の背筋に、冷たいものが流れていった。

 クリスの言葉は真実だろう。



 彼はまだ、本気を一欠けらも出していない。

 下手をすれば、ここにいる相手を全員殺してしまえるのではないか。

 そう思わされるほどに、このクリスという少年の実力は底が知れなかった。




「お、おい……!」

「逃げるぞ!!」




 誰も、死にたくはない。

 このような場所で、死んでたまるか。

 佐藤を含めた全員がそう感じたようだった。




「ふぅ……」




 そして、その場に二人だけになったことを確認して。

 クリスは尻餅をつくリサに、声をかけた。




「大丈夫ですか? ……お嬢様」――と。











「あ、れ……?」




 気付けば、リサは保健室のベッドで眠っていた。

 クリスに声をかけられたところまでは、記憶がある。しかし、そこから先に何が起きたのかは分かっていない。ただ、状況は不思議と理解できた。

 どうやら、緊張から解き放たれた自分は気絶したらしい。

 運んでくれたのは、やはりクリスだろうか……。



「もう、日が暮れ始めていますね……」



 そう考えながら、差し込む日の色を確認するリサ。

 外からは野球部やサッカー部など、活気に満ちた運動部の声が聞こえてきた。



「まったく、本当に情けないですね。私は……」



 クリスに助けられ、気を失ってしまうなど。

 自分という人間があまりに弱い事実に、リサはため息をついた。すると、



「いいえ。お嬢様は、決して情けなくありません」

「え……?」



 不意に、カーテンの向こう側から彼の声。

 リサがそれを開くと、そこには少女を守る騎士のように。クリスが周囲に注意を払っている姿があった。彼女が唖然としていると、少年は淡々と言う。



「お嬢様は、ご自身のことを弁えておられますから」――と。



 それは、彼なりの慰めの言葉、だろうか。

 自分にできることや、立場を理解しているから情けなくないのだ、と。クリスはそう言って、リサのことを肯定した。

 決して、情けなくなどない、と。

 それはまるで、彼女の今までを肯定するかのようでもあって……。




「そ、そんな……。私はただ、逃げていただけです……」




 しかし、リサは思わずそれを突っぱねた。

 弱さを肯定されても、嬉しいと思うことはできなかった。

 今回の一件だって、自分が強ければ起こらなかった事態に違いない。だから少女は、さらに自分のことを情けないと思う。しかし、




「いえ、それこそ素晴らしいことです」

「…………え?」




 クリスは、それすらも肯定するのだ。

 どういう意味か分からない少女は、目を丸くしながら彼の言葉を待つ。

 すると少年は肩越しに主を見て、初めて小さく、本当に小さく微笑んでこう口にしたのだった。





「逃げるということは、戦場で生き残る上で必要不可欠な判断です。タイミングを見誤れば、容易く命を落とす結果となる。しかし、多くの兵士が己を過信し、その判断を取れなくなることが多いのですから」




 ――クリス曰く『リサは常に賢明だったのだ』という。

 賢明だからこそ、逃げるという判断や行動を選択することができた。そして、それは決して恥じることではなく誇るべきこと。

 少年はそうやって主の行動を尊重し、称えたのだった。



「…………」



 リサは、思わぬ言葉に息を呑む。

 しばしの沈黙があって、言い返そうとした少女はしかし、首を左右に振った。

 その上で大きくため息をつきながら、クリスの細身ながらもたくましい背中に手を当て、呆れたようにこう告げる。




「まったく。変な人ですね、貴方は……」





 そう口にするリサの顔には、いつにない素直な笑みが浮かんでいた。











「なん、ですって……?」




 帰宅したリサ。

 彼女は顔面蒼白になりながら、思わずそう漏らした。

 それというのも、広いリビングのテーブルにあった書置きが原因だ。そこには父――源一郎の筆致でこう記されていたのである。



『リサへ――父さん、3年ほど海外行ってるのでクリスと仲良くな!』



 ――以上。

 なんとも簡素で、それ故に意味の取り違えようのない文章だった。

 リサは一瞬だけ気が遠くなるような感覚に襲われ、しかしすぐにスマホを取り出す。そして父に電話をかけるのだが、あいにくの圏外。

 がっくりとうな垂れて、口から魂が出ていくような表情になっていた。



「……お嬢様? いかがなさいましたか」

「いかがなさいましたか、じゃないでしょう!? 私たち、この家で三年間二人きりなんですよ!? 若い男女が、ひとつ屋根の下で、二人きり…………!!」



 自分で言っていて、頬が紅潮していくのが分かる。

 リサはいよいよクリスを直視できず、その場にうずくまってしまった。

 神楽坂の家は、小さくはないが大きいという程でもない。元々、源一郎がリサと二人でゆっくり過ごすために購入した物件だからだ。

 そのため二人で役割分担すれば、生活に不自由することはない。

 もっとも、リサの頭の中はパニック状態であったが。



「なにを気にしておられるのですか?」

「なにって、それは……」



 だが、そんな彼女に対して。

 相手方――要するにクリスは、至って平静な様子だった。

 リサも薄々感じてはいたが、この少年は一般的な感覚からズレている箇所が、多分に見受けられる。そのことを察して、彼女は顔を赤らめつつも説明することにした。



「こういった状況で、その……間違いが起こらないはずがない、というか。乙女ゲームやギャルゲー、古今東西の物語においては定番のシチュと言いますか……?」

「………………?」

「……あー、もう!」



 しかし、ここまで言ってもクリスはピンときていないらしい。

 リサはついに痺れを切らし、悲鳴に近い声でこう言うのだった。





「高校生が一つ屋根の下で過ごせば、自然と【自主規制ピー】する流れになるでしょう!?」――と。





 そして、直後に耳まで真っ赤になったリサは顔を覆ってうずくまる。

 羞恥心から、いっそ殺してくれと願うのだった。



「あぁ、なるほど……?」



 すると、そこに至ってクリスはようやく意図を理解したらしい。

 顎に手を当てて考え込み、一つ頷いた。



「大丈夫です、お嬢様。ご安心ください」

「ふぇ……?」



 その上で、少年は少女にハッキリと告げるのだ。





「私がお嬢様に欲情するなど、万に一つもあり得ません」――と。





 ――沈黙。


 ひたすらに、長い沈黙が生まれた。

 リサも最初は何を言われたのか、理解できない。

 しかし、次第に彼が口にした言葉の意味を呑み込んで思うのだった。




「それって、要するに――」




 ゆっくりと立ち上がるリサ。

 ふらりと、漂うような歩調でクリスに歩み寄った少女は……。




「私には魅力がないって意味ですかァ!?」




 思わず、彼の胸倉を掴んで揺さぶるのだった。

 そんなひと悶着があって、二人の生活は始まったのである。












「…………」




 ――深夜。

 クリスはリサが寝静まったのを確認し、あてがわれた自室に向かった。

 そして、ベランダに出て外の空気を一心に浴びる。胸いっぱいにそれをため込んでから、一気に吐き出す。

 このように、ゆっくりと呼吸など今までしてこなかった。

 むしろ息をしているのが奇跡だ、と。


 クリスが今まで身を置いてきた場所は、そう考える方が自然な空間だった。




「…………変な人、か」




 夜風に髪をなびかせながら。

 少年は、保健室でリサに言われたことを思い出した。

 あえてそれを口にして、噛み締めるように口を真一文字に結ぶ。




「人、か……」




 そして、もう一度。

 今度はその一部を切り抜いて、またゆっくりと味わうのだ。




 夜空にはぽっかりと丸い月が浮かんでいる。

 クリスはそれを見上げて、とても柔らかい笑みを浮かべるのだった……。




 


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[一言] おっとぉ、ここで終わるのか~ クリス君が人間になっていく様子が見たいですね(*´ω`*)
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