諜報メイドは大好きなお嬢様のお手伝いをする。~婚約破棄?どうぞしてくださいお嬢様は私のものです~
初投稿お目汚し申し訳ありません。
私が屋根裏で潜んでいることなど気にすることもなく4人の男性と1人の女性が会話をしている。
「リリィ様はいつも私のことを虐めるんです…この前も教科書をこんなにされたんです」
「なんてやつだ!伯爵令嬢でありながら立場の弱いアリサを虐めるとは!」
「たとえ殿下の婚約者とはいえ許されることではありません!」
「ほかには何をされたんだい?その調子だとほかにもいろいろとされたのではないか?」
眼下にいるのはこの国の王太子殿下とその取り巻き、たしか宰相の息子とあちらは騎士団長の息子か…あの男爵令嬢のとりこになっているクズ男どもだ。
確たる証拠もなく一人の証言だけを信じてお嬢様を断罪しようと画策している者たちだ。
まぁこの集まり自体が証拠の一つとして私が記録をしているのだけれど。
私の名前はユリ、シルバー伯爵家で諜報メイド兼任でリリィお嬢様の専属メイドをしている。
孤児だった私がシルバー伯爵家に引き取られたのは5歳のころ。
国の決まりで孤児院で魔力測定をしたところ下手な貴族よりも魔力が多かったことから伯爵様に引き取られた。
伯爵様は当時国有数の魔力量を誇りながらもお体が弱かったリリィ様の護衛兼任のお世話係を欲し、年の近かった私をお嬢様のメイドとして育て上げることにしたんだとか。
ただし、諜報メイドとして…
護衛メイドじゃなくて諜報メイド。
お嬢様のお世話とともに魔法の訓練や勉強をしながら護衛するならば単純な護衛メイドよりも暗器を扱い、いざとなれば外敵をお嬢様に近づける前に始末してお嬢様のお目を汚さない諜報メイドのほうが何かと使いつぶしがきくという理由だそうだ。
また、5歳にして読み書き計算ができたのも大きかったようだ。
何せ私には前世の記憶がある。3歳のころに気が付いた前世の記憶が日本という国で高校生という学生だったこと。海難事故で死んだらしい。
前世の名前も詳しく何をしていたのかも覚えていないが孤児として教会で過ごしていた時に勝手に入ってみていた帳簿の計算が間違っているのを指摘したところちゃんと文字を教えてもらえたことから平民の5歳にはあるまじき学力を持っていた。
そのため、諜報として重要な身体能力だけでなく敵の帳簿や書類などの情報の精査、偽装、記録なんでもこなせるということから結局今の”諜報メイド”というちょっとその辺にはいないメイドとしてお嬢様を支えることになったのだ。
「お嬢様、今戻りました」
実際今回の婚約破棄の話はお嬢様がすでにお気づきになり私に証拠を集めるよう指示されたためこうして敵陣に乗り込み記録魔法や状況証拠を集めている一環でのことだったりする。
「おつかれさまユリ、どうでしたか?」
本を読んでくつろいでいたお嬢様が私が帰ってきたことに気が付いて声をかける。
これでも諜報メイドなので気配を消すことは得意なのにお嬢様にはすぐばれる。
「やはり卒業パーティーで大々的に婚約破棄を言い渡すように動いているようです」
「そうですか…まぁわかっていたこととは言えこの国の将来が心配ですね」
全くの同意である。
私の愛しのお嬢様と婚約しておきながらどこの馬の骨ともわからない尻軽男爵令嬢を追いかけまわしてお嬢様をないがしろにするやつらなどお嬢様に相応しくない。
あいつらが国のかじ取りなど始めた日には伯爵家としてはさっさと独立してしまうべきだろう。
それだけの準備はこっそり現当主様としていたりするが。
「私としては願ったりかなったりですが、お嬢様の名が傷つくようなこの動きは早急に王家にも報告して対応してもらうのがよいのではないですか?」
「いいえ、報告はしてよいけれどこのまま野放しにしましょう」
私は眉を顰める。
「なぜです?私としては今までの証拠をもってこちらから婚約破棄してやるべきだと思うのですが」
「ユリ、私のことになると冷静さがなくなるわね」
「当たり前です!大切なお嬢様をお守りするのが私の役目です!!」
「卒業パーティーの際に私に物理的な害が起こらない限りは今のままでいきます。あの馬鹿どもを二度と国政にかかわらせないことが重要ですから」
お嬢様は立ち上がり私に向き直るとそっと肩を抱きしめてくれる。
「ユリ、あなたの気持ちはわかっているつもりです。ですが私のわがままに付き合っていただけませんか?」
お嬢様のいい匂いに包まれは私の顔はゆでだこのようになっているはずだ。
私はお嬢様に自分の気持ちを伝えている。
同性ではあるがお嬢様のことが大好きだと。
お嬢様は答えを保留しているが、私が好きだと伝えてからやたらとスキンシップが多い気がしている。
「お、お嬢様!わか、わかりましたから最後までご協力いたしますので!!」
「ふふ、ありがとうユリよろしくね」
やっと解放された私はすぐに跳ね上がった心臓を鎮めるために深く息をする。
諜報メイドとしてあるまじき動揺っぷりであるがすぐに冷静さを取り戻す。
「とりあえず、これまでの証拠とともにこの書簡を王家に、そしてこちらを教皇に渡して、あとこちらをお父様に」
「わかりました。私から余計な動きは控えます。こちらはすぐにでも届けたほうが良いですか?」
「ええ、お願いね」
「はい」
私は静かにお嬢様の前から姿を消す。
お嬢様はまた本を読み始める。
いくら手を出すなと言われてもお嬢様に実害があってはまずい、最大限の警戒と準備はしておこう。
私は言われた通りのお使いを話した後で卒業パーティーに向けお嬢様の護衛方法を検討するのだった。
****
「リリィ・シルバー伯爵令嬢!貴様との婚約を破棄し、私はアリサ男爵令嬢を新たな婚約者とする!」
卒業記念パーティーが始まり国の貴族たちもほぼすべて集まったころ、王太子を含めたバカ5人組が入場し壇上へ上がったとところで王太子から発せられた言葉で会場が静まり返った。
リリィお嬢様とお話をしていた同窓の貴族の子息令嬢たちは巻き込まれるのを嫌ってかサッと周りから去っていく。
お嬢様とその後ろに控え、場にそぐうようにドレスを着た私と二人がホールの中央に残される。
なぜホールの中央かというとお嬢様がわざわざそこを選んで陣取っていたから。
この断罪劇を逆手に取ろうというお嬢様の計画の一つである。
「王太子殿下、一応理由をお聞かせ願いますか?本来の婚約者であるわたくしをエスコートすることもなくそちらの男爵令嬢を多数の男性と一緒にエスコートして入場されたことも含めて」
子息令嬢たちは下を向き何も言葉を発さないが、同席している国の貴族たちはかなり怖い顔をしている。
いくら婚約を破棄しようとはいえ、まだ婚約もしていない女をエスコートして婚約者を放置するのは外聞がよろしくない。
それにお嬢様に言われて集めていた以上の証拠をすでに王家以外の伯爵レベルの当主たちにはリリィお嬢様のお父様を通じて根回しをしているので余計いい顔はされないだろう。
「あぁ、聞かせてやろう。貴様は私の婚約者であることをいいことにアリサに嫉妬して執拗にいじめていたというじゃないか!そんな陰湿な女となど婚約はできない!!」
このバカ殿下はきっとまわりは見えていない。
各貴族たちは殿下をにらみつけているというのに隣の男爵令嬢が腕に押し当てる胸の感触に我を忘れているのか自信満々に言い放った。
「わかりました。婚約破棄を受け入れます」
「ふん、そうか罪を認めるということか」
「ん?バカですか殿下」
取り巻きの令息を含めバカ殿下たちが顔をしかめる。
「貴様、誰に向かってそんな口を!」
「もちろん殿下にです。私は婚約破棄を受け入れるといっただけで罪を認めるとは一言も発しておりません」
「いじめていたのが事実だから婚約破棄を受け入れるということだろう!やつを取り押さえろ!!」
顔を赤くし怒りをあらわにした殿下の指示で取り巻きの騎士団長の息子たちがお嬢様を取り押さえようと動く。
私は冷静に暗器に手をかけ近寄ってきた騎士団長の息子の首にナイフを突きつける。
騎士訓練をしている割にあくびが出るように緩慢な動きだこと。
男爵令嬢とお愉しみすぎて脳と筋肉がやられたに違いない。
「ユリ、やりすぎてはだめよ。まったく、殿下は罪とおっしゃいますが証拠はおありですか?」
「アリサがそういっている!階段からの突き落とし、教科書を破いたり、それに目撃者も…」
「証拠というのはこういうものを言うんですよ殿下」
お嬢様は私が渡していた記録水晶を起動する。
それは私がお嬢様にお渡ししていた分も含めバカ殿下が言っている犯行現場の記録映像だ。
そこにはアリサ男爵令嬢が自作自演をしている記録が次々と映し出されている。
「な、なんだこれは!!」
「記録水晶ですよ。ご存じでしょう他国との会談など後で言った言わないにならないように記録しておく魔法です」
一気にバカ殿下の顔色が悪くなっていく。
「ほかにも当時の証言記録としての書面と正式な署名、私という婚約者がいながらそこの男爵令嬢とよろしくやっていた宿の宿泊記録、国庫に手を出した証拠など殿下以外も含め国王陛下に提出済みです」
お嬢様を取り押さえようとしていたバカ騎士令息がその場に力なく膝をつき男爵令嬢をにらみつける。
あれ?君たち一人の女をみんなで廻してたんじゃなくて気が付いてなかっただけなの?
殿下に擦りついていた男爵令嬢もさすがに立場が悪くなったのか真っ白な顔で一歩後ろに引いている。
「というわけで、国王陛下正式に殿下の口から婚約破棄が宣言されましたので事前にお送りさせていただきました書面の通りでよろしいでしょうか?」
私がお嬢様の後ろに再びつくとお嬢様が国王陛下へ声をかけられた。
「私も自分の息子の一人がこれほどのバカだとは思わなかった…王太子教育も無駄だったようだ」
国王陛下は大きなため息をつき立ち上がる。
お嬢様を含め皆がすぐに平伏のポーズをとるなか王太子たちは先ほどの姿勢のまま立ち尽くしている。
「このバカの王太子権限をはく奪、その他のものも相応の罰を与えるので覚悟するように。リリィ伯爵令嬢への数々の侮辱と無礼、罪のでっち上げの証拠はすべてそろっている」
国王陛下が合図をすると騎士団員たちが元王太子たちを捕らえて会場から連れ出された。
「この度は皆に王族の恥をさらして申し訳なかった。あの馬鹿どもを多少なり更生できないかぎりぎりまで試したが暖簾に腕押しであった…ふがいない。伯爵令嬢には何か埋め合わせを…」
「国王陛下、発言の許可をいただけますか?」
お嬢様が貴族たちに謝る言葉を遮る。
大丈夫かお嬢様あの王家に出した書簡になにか書いてあったんですか!?
「なんでも申してみよリリィ伯爵令嬢」
「では、私はいま横に控えている侍女のユリを正式に妻として迎え入れます。ですので今回の埋め合わせは結構です」
ん?リリィお嬢様今なんて言いました?
お嬢様の発言の意味が理解できない私は固まったままお嬢様を見つめる。
「事前の申し入れでも了解しておる。それに関しては好きにするが良い」
え、いいの!?お嬢様も私も女ですよ???
「ありがたき幸せ。では、ここから先は私とユリの婚約祝いパーティーと卒業パーティーの続きとしていただけませんでしょうか?それが私から要求する埋め合わせです」
王様は深くため息をつくとゆっくりと頷かれた。
「許可しよう、主席卒業生の願いでもある。皆の者、反論があればこの場で申せ」
リリィのお父様が苦笑いしながらだが拍手をしてくれる。
それにつられ、ほかの貴族たちも拍手をはじめ、会場全体が拍手の音に包まれる。
「ユリ、これが私の答えです」
お嬢様がこちらを振り返りにっこりと笑いかけてくださる。
それだけで私の心臓は跳ね上がり顔が真っ赤になる。
「お、お嬢様私は女でしかも平民の出ですよ?」
「それに何の関係がありますか、私を大切に思ってくれ、いつも守ってくれ、そして好きでいてくれる人を愛することに何の問題があるでしょう」
私のほほを涙がつたう。
お嬢様がその涙をぬぐってくれ抱きしめてくれる。
「…はい、お嬢様必ず幸せにします」
「ユリを幸せにするは私よ?それにいつまでお嬢様と呼ぶつもり?」
「…っ、はい、リリィ様っ」
「様が抜けるまではしばらくかかりそうね」
そういいながらお嬢様に唇を奪われる私。
会場は万雷の拍手に包まれパーティーは無事に最後まで執り行われた。
***
「お嬢様、お茶の準備ができましたよ」
「ユリ、二人きりの時はリリィと呼んでと言いましたよね?ほらあなたも一緒にお茶にしなさい」
お嬢様に一緒に席に座らせられて私もお茶を飲むことになる。
卒業パーティーから1年、王太子は次男に引き継がれバカ殿下は幽閉され再教育中、ほかの令息たちも家督を譲られることなく放逐されたり幽閉されたりと似たような状況。
あの男爵令嬢は尻軽女として国中に知れ渡ってしまったため女好きで有名な侯爵家の40過ぎのデブ当主が引き取ったとか。
ご愁傷さまです。
私とお嬢様は国王陛下が認めたことで正式に婚姻を結び結婚した。
一応私が妻ということらしい。
おかげで同性での婚姻が認められ今や結婚ラッシュだそうだ。
子孫へ家を引き継がなくてはいけないのが貴族なので、そういった同性カップルには出生を気にせず養子をとれるようになった。
魔力が強い平民なんかがたまにいるので貴族の血の循環にはよいかもしれない。
どうしても近親化しやすいんだよね政略結婚とか繰り返していると。
そして正式に結婚したお嬢様に家督が譲られ、いまはリリィ伯爵として私とともに領地運営をしている。
私も諜報メイドとしての能力を生かして王国各領地の状況を把握しシルバー伯爵家を盛り立てるお手伝いをしている。
「しかしお嬢様、今更ですがなんで婚約破棄されると入学当初からわかっていたんですか?」
「ユリ、呼び方」
「すみませんリリィ様」
どうしても名前で呼ぶことができない。夜ならばいくらでも呼べるのだが人目がある可能性がある場所で不用意にお嬢様を呼び捨てにするのはいまだに抵抗がある。
「まぁいいわ、でも言っていなかったかしら?私にも前世の記憶があるの」
「へ?」
「ユリが明かしてくれた時に言ったわよ?」
私は昔を思い出す。
お嬢様に告白したときに私に前世の記憶があることは打ち明けてある。
しかしお嬢様にも前世の記憶が?聞いた覚えがない。
「まぁいいわ。私にも前世の記憶があってね、この世界って多分私がプレイしたことがある乙女ゲームなのよ」
「は、はぁ」
「で、私はそのゲームの悪役令嬢ってわけ。でもかわいいユリがいるのに断罪されて伯爵家もおとりつぶしなんて嫌だから学園入る前に人脈を広げて断罪を回避しようと動いてたのよ」
「そう、だったんですか…」
「ま、最終目標はユリと一緒になることだけど」
私はすっとんきょうな声を上げてしまう。顔が熱くなっているのが自分でもわかる。
お嬢様不意打ちが過ぎます!!
「ユリが前世の記憶とともに告白してくれた後、私が答えを渋ったから泣きつかれたのを装って寝たふりでもしてるのかと思って私も伝えたのに本当に寝てたのね」
「え、あの時ですか…」
お嬢様に前世の記憶と自分の気持ちを告白したときは好きという気持ちに対しての答えは保留されてしまったものの、前世の記憶があることを気持ち悪がるでもなくお嬢様が受け入れてくれたことがうれしくて泣き疲れて寝てしまっていた。
今思っても諜報メイドとしてあるまじき行為である…
「そ、もしかしたらユリとは前世でも付き合っていたのかもね」
「きっとそうですよ。運命が私たちを再び結び付けてくれたんです」
「ふふっそうね」
お嬢様が笑ってくださる。
お嬢様の笑顔は私がずっと守っていくといつも心に誓う。
愛しい人と一緒に生きていける喜びをかみしめながら私はお嬢様とお茶を飲むのだった。