第366話 失われた追憶
ここまで(第2話〜第365話)のあらすじ
覚醒したゲコゴンの恐るべき脚力により、竜騎兵学園にたどり着いたリク。
なんやかんやあって入学の認められたリクとゲコゴンだったが、「カエルなんて、この高貴なる竜騎兵学園の生徒とは認められないわ!」「こいつは私の着替えを見たハレンチ男よ!」とか何とか言って、リクのことを認められない高飛車なお嬢様、セシル。
彼女はリクに決闘を申し込む。
セシルの放つ『竜法』により、苦戦を強いられたリクであったが、ゲコゴンの覚醒により何とか勝利したリク。リクの強さに惚れたセシルは、彼と恋仲になる。
その後もなんやかんやあって、魅力的なヒロイン達と出会って、紆余曲折ありながらも楽しい学園生活を送るリクだったが、闇の組織『悪騎団』が時空の彼方より現れる。
こうして、竜騎兵学園生たちと、悪しき集団との凄惨な戦いが幕を開けた──。
「……リク」
「ケイト!しっかりしてくれ!」
ケイトは涙目を浮かべると、焼け焦げた手を伸ばしてリクの手をそっと握る。
「私に、幸せを教えてくれてありがとう。あなたと出会えて、楽しかっ……」
言い終える前に閉じられたケイトの瞼は、二度と開くことはなかった。
「くそっ……ケイト……どうして……!」
リクはケイトの死体の前で突っ伏し、体を震わせる。
暗転した視界の中で、リクは強烈な違和感を覚えていた。
──おかしい。なぜだ?
一筋……いや、自分の瞳からは一滴の涙さえ流れない。
──この女、一体誰だ?俺は確かにこの子のことをケイトと呼んだ。
ぞわぞわと全身に包み込む違和感。
目の前で自分の腕の中で名前を呼び、そして最期を迎えた少女なのに、全く身に覚えがない。
──ケイトって、誰だ?
「リク!!」
「……っ!?」
怒りを孕んだ大声に、リクは顔を上げる。目の前には、見覚えのない金髪の少女が立っていた。
「悲しんでる場合じゃないでしょ!立ち上がりなさいよ!!」
リクの胸ぐらを勢いよく掴み上げ、青い瞳に涙を浮かべる少女。
「あんたはいつだって、私たちを導いてくれた。仲間は散り散りになってしまった!けど、そんな時でも立ち上がるのがリーダーでしょう!?」
「お前、何言って──」
「このバカリクッ!!」
激しい平手打ち。
「私の大好きな人は、こんなところで諦める男じゃなかったわ!もう知らないっ!!」
張り裂けるような声で叫び、リクに背を向けて走る少女。
「誰だ……あの女」
やがて、リクに平手打ちをした金髪少女は空からの雷撃で「ぎゃああああっ!!」と断末魔を上げて塵一つなく消し飛んだ。
「ククク、まだ生き残りがいたのか」
漆黒の馬に跨り、闇の鎧を全身に纏う騎士が、不敵な笑みを浮かべてリクの前に現れる。
「お前たち竜騎兵の時代は終わりだ。これからの世界は、我ら悪騎団のものよ」
──竜騎兵……?悪騎団……?
まるで意味がわからない。
なんなんだこいつら……?
黒い騎士は巨大な槍を掲げると、先端から血のように真っ赤な光線がリクに向けて放たれる。
「……くっ!?」
リクに光線が当たる寸前、横から人影が彼を庇うように立ち塞がり、そのまま直撃を受ける。
「ふふふ……お兄ちゃんには、指一本触れさせないよ」
煙が晴れると、リクの前にはボロボロの白い装甲を纏う、青いツインテールの少女だった。
当然、リクには彼女が誰なのか分からない。
「お兄ちゃん、大丈夫。私は、あの時のように、弱いままじゃないから……!」
「……お兄ちゃん?」
──あの時?いつの話をしているんだ?妹……なのだろうか?
リクは自分に兄妹がいたかを思い起こすが、残念ながら彼女がいた思い出は何一つとして浮かばない。
「見ててね、私がこいつらを倒して、私とお兄ちゃんが、愛し合って過ごせる世界を──キャアアアアッ!!」
言い終える前に、黒い騎士の雷撃で跡形もなく消し飛んだ妹らしき人。
「何をやっているんだリク!!」
「しっかりしろ!」
「まだやれるだろ!!」
妹らしき人が死んだ跡地に現れたのは、またまた見覚えのない男たち。
「オレを倒した男は、こんなに情けない男だったのか?あんな黒いのに負けるのか?仕方ない、このオレが手を貸してや──ぐぇええええっ!!」
「もうひと頑張りだよ!リク、今こそ力を解放して、世界を救──ぐっほぁあああああ!!」
「ファイトじゃリク!ワシとの修行の成果を見せてやるのじゃ──げぼぉおおおおっ!!」
リクの前に現れては、次々と死んでいくよく分からない連中に、次第に頭が痛くなってくる。
──誰だコイツら!?
──くっ!どうしてだ。どうしてなんだ。
何も思い出せない……だが、全く記憶がないわけではない。
リクは狂いそうな頭を必死に整理しながら、ゆっくりとこれまでのことを言葉にしていく。
「……俺は一年前、ゲコゴンと一緒に竜騎兵学園に向かって飛び上がった」
──そうだ。そこまでは覚えている。
だが、どうしてだ。
それからの記憶があまりにおぼろげ……否、何も覚えていない。
自分がどうしてここにいるのか、誰と出会って、誰と過ごしたのか、まるっきり記憶が抜け落ちているのだ。
「ふふふ、仲間はみんな死んだようだ。では、お前も死──ぐふっ!?」
黒い騎士の胴体を鋭い腕が貫くと、騎士は一瞬にして灰になってしまう。
「教えてあげるわ」
黒い騎士のいた後ろにいたのは、またしても知らない少女────では、なかった。
「……ソラ、なのか?」
「そうよ」
彼女のことは、よく知っている。
ソラ。
リクの幼馴染で、生まれも育ちも同じで、ずっと一緒に生きてきた少女。
「そうよ。そして、あなたがただ一人、知っている人間よ」
「ただ一人……?」
ソラは不敵な笑みを浮かべる。
「どういうことだ?」
「ねぇリク。夢と現実の違いって、なんだと思う?」
一見、質問とは無関係な問いが飛んでくる。
「私は、記憶に定着しているか否かだと思っている。あなたにとって、村で一緒に過ごした私が……私だけが現実。あなたが学園で過ごしたセシルやケイトは、夢なのよ」
ソラはリクの前にまでやってくると、そっと抱きしめてくる。
その手はとても冷たく、気を抜けばすぐに意識が飛んでしまいそうだった。
「は、離せ……!!」
「良いこと教えてあげる。あなたが記憶を保持できるのは、私と一緒にいる時間だけなのよ」
ソラの力は強いどころか、初めからそこにある物質のようにくっついて離れない。彼女の手がミシミシと音を立ててリクの体に食い込んでいく。
「離……せ!離してくれ……!!」
「この世界はね、私が作ったのよ。私とリクが、平和に村で過ごせる場所を作った」
視界がどんどんぼやけていく。
空が、雲が、学園が真っ黒に染まっていく。
「けど、あなたは夢を持ってしまった。竜騎兵になりたいという夢をね。これは誤算だったわ。よくも、一年も私を置き去りにしてくれたわね」
リクの腹の中に、ソラの手が入り込んでいく。それは、まるで一つの生物に融合していくようだった。
「この世界も、リクの記憶も、一度リセットしましょう。そして今度は、共に戦う世界を作りましょう」
「ソ──」
意識を失ったリクの頭を、そっと撫でるソラ。
「新しく世界が創られるのに、おおよそ一年かかるわ。そして目が覚めたときには、全く別の世界で、私と生きている」
ソラは恍惚に顔を歪めながら、舌舐めずりをする──
「楽しみね。今度は絶対に、あなたを離さないから……!!」
──愛しの人を、深く抱きしめながら。
それでは一年後、新しい世界で。