7 サルトルーネ子爵家
翌日は朝から大忙し。子爵に会うってそんなに大変なこと? そういえば昨日は魔法学園について聞くのを忘れていたな。後で聞かないと。そんなことを考えながらも支度は進められていく。この服っていつもよりもかなり複雑で一人では着れないんだよ……。
昨日のうちに体内の魔力を少し回しておいたから、そこまで疲れていない。それがなかったらきっと朝からぐったりしていた。そう確信できるくらい朝の準備は大変だった。慣れないから、というのが一番の問題だと思うけれど、すこし養子の話を断っておいて正解だったと思ってしまったくらい。
「大隊長の屋敷まではここから少しかかる。
今日は馬車で少しゆっくり行こうか」
馬車! 本の中で見たことはあるけれど乗るのは初めて。面倒だな、と思っていたけれど少しだけ楽しみになってきた。そうだ、行く途中で学園のことを聞いてみればいいよね。
「お父様、もうお出かけですか?」
「いや、朝食を食べてからだ」
「じゃあ一緒に食べます!
そういえば今日は馬車を使うんですか?」
朝から元気いっぱいのクーリナに思わず笑顔になる。馬車を使うのか、というクーリナの質問にイオおじさまはああ、となでながら答えている。あら。昨日は気が付かなかったけれど、こうして見るとイオおじさまがクーリナにでれでれなのがよくわかる。いままでは騎士としての顔ばかり見ていたから、なんだか新鮮。
「よかったわね、ベリア。
我が家の馬車はお母様のおかげでとても乗り心地いいのよ。
……ってどうして笑っているの?」
「そうなのですね。
乗るのが楽しみです」
「それはいいのだけれど……。
ねえ、どうして笑っているの?」
「いえ、とても仲がいいなと思って」
私の言葉に二人が顔を見合わせる。イオおじさまは嬉しそうにしているし、クーリナは不思議そうにしている。その様子がまた面白くて。
「3人とも、はやく朝食を食べてしまわないと」
「そんなところで止まっていたら邪魔です」
そこを通りかかったのはサラーナおばさまとイミルさん。イミルさんは少し朝が苦手なのかな? 朝からにぎやかなミツサール家を堪能したところで朝食を食べて早速出発!
ここから子爵家までどのくらい時間がかかるかわからない。聞きたいことは早く聞かないと。焦った私は馬車が動き出すとすぐに聞くことにした。
「あの、魔法学園にはどうしたら入ることができますか?
養子の話を断ったので難しいのでしょうか……?」
「魔法学園?
ああ、あそこの入学に身分は関係ないから大丈夫だ。
ベリアは魔法学園に入りたいのか?」
「はい。
魔法の使い方を知りたいんです」
「……魔法を使ったことは?」
「あまり……」
魔法をうまく使えなかった私はお父様の監視下でしか魔法を使うことを許可してもらえなかった。……うん、許可してもらってもたぶん使わなかった。だって怖いもの。でも、これからはそういうわけにもいかない。
「そういえば、初めて会ったときに魔法を使おうとしていたよね」
初めて会ったとき。そう、確か火魔法を使おうとしていたところをイオおじさんに助けてもらったんだ。
「あの時は本当に驚いた。
……そうだ、入学の話だったな。
入学式がもう近いから、すぐに支度をしなければ。
準備はこちらでするから心配はいらない」
「イオおじさま、がしてくださるのですか?」
何から何まで申し訳ない……。何かお礼ができたらいいのだけれど、私にできることは何もない。
「いや、子爵がしてくださると思う。
魔力を持つ子の入学準備は貴族の義務だし、言い方は悪いが箔にもなる」
子爵……ってじれから会う方だよね? それでも申し訳ないけれど、でもイオおじさまに全部お世話になるよりは気が楽かもしれない。
「ああ、でもできれば日常で着る服はこちらで用意してもいいかな?」
「服、ですか?」
「その、ベリアはあまり服を持っていなかっただろう?
できれば用意したくて」
「そんな、困らない程度は持っているので!
申し訳ないです」
「これくらい気にしないでくれ。
君を見ていて妻がいろいろ作りたくなっているんだ。
むしろもらってほしい」
サラーナおばさまが作りたく……? 自分で作っているの? 申し訳ない気持ちは変わらないけれど、もらってほしいと言われると断りづらい。それに確かに服の数は心もとないから、もらえるならありがたい。
「あの、ありがとうございます。
ごめんなさい、何もお礼できないのに」
「気にしなくていいのだが……。
だが、できたらクーリナと仲良くしてもらいたい。
入学前から友人ができてクーリナも心強いだろう」
うう、なんていい人。クーリナと仲良くなんて、むしろお願いしたいくらい! 心遣いに嬉しくなってはい! と元気に答えた。とりあえず子爵の屋敷から戻ったら魔法学園の準備に忙しくなるのは決まりみたいだ。
イオおじさまとの会話を楽しみながら馬車は進んでいく。他の馬車に乗ったことがないからあれだけど、とても快適だと思う。ついついうとうととしそうになりながら、ようやく子爵の屋敷に到着した。
「イオズナ・ミツサール卿。
ようこそいらっしゃいました。
サルトルーネ子爵がお待ちです」
「ああ、ありがとう」
馬車を降りるときに自然にイオおじさまが手を差し伸べてくれる。そんなことをされたのももちろん初めてで、なんだかくすぐったい。ただ、出迎えの人を待たせるわけにはいかないから、すぐにその手を取った。
そのまま子爵のもとへとまっすぐ案内される。あ、まずい。今更緊張してきた。今から会うのは子爵様。私には貴族がどういう存在かあまりわかっていないが、本の中ではいろんな人が居た。領民に寄り添う人が居れば、私利私欲のために人を苦しめる人もいる。子爵はどんな人? いい人だといいけれど。
「どうぞ、お入りください」
扉の前で一度待たされた後に中に通される。もしかして太って剥げているおじさんがいるかも、緊張をほぐすためにそんな想像もしてみる。だが実際は違った。そう言えば大隊長と言っていたよね。つまりおそらくこの方も騎士。なるほど、と納得できる体格の男性がそこにはいた。それに側にはイミルさんと同い年くらいの男の子がいる?
「やあ、久しぶりだな、ミツサール卿。
変わりないようでなにより」
「ご無沙汰しております、サルトルーネ大隊長」
「さて、その子が例の子か」
二人のにこやかな挨拶が終るとすぐにこちらに目を向けられる。びくり、とするがその目は思っていたよりも優しかった。
「ええ、ベリアと言います」
「よろしく、ベリア。
ベリアは良ければせがれと一緒に遊んでいてくれ」
せがれ、と言われて側に控えていた男の子が一歩出る。確かに子爵とよく似た顔立ちをしている。
「初めまして。
メルディケ・サルトルーネだ」
「メルディケ、様。
よろしくお願いいたします」
頭を下げて、あげる。もう一度メルディケ様の顔を見る。あれ、どうしてそんなに驚いた顔をしているの?
「メルディケ」
「あ、すみません。
じゃあベリア嬢、行こうか」
そうして案内された先の部屋にはお菓子が用意されていた。お、おいしそう。お菓子はお母様と作ったり、自分で作ったりしたくらい。そのときはあまり見た目にこだわっていなかったからこんなにきれいなお菓子は初めて見た。
「は、ははは」
「え、あの?」
そんな急に笑われても怖いだけなのですが……? 急にどうしたのかわからなくて、混乱したままメルディケ様を見た。
「ご、ごめんごめん。
君みたいな人って初めて見たから」
くすくすと笑ったまま席を勧めるメルディケ様。むう、なんだか失礼じゃない? 初対面なのに人の顔に驚いたり、今度は笑ったり。
「ごめんって。
さっきはとても大人びた子だと思ったけど、お菓子を見たら目を輝かせるのだもの。
あまりにも違うから」
「そう、ですか?」
あまり意識していなかったから、よくわからない。でも初対面の人にそんな風に思われるのはなんだかな……。と、これを顔に出したらまたからかわれちゃう。
「それだけじゃない。
こんなに魔力が強い人なんて初めて見た……」
ふいに先ほどまでの様子ががらりと変わる。じっと私を見ながらメルディケ様はそんなことを言った。
「不思議だろう?
僕は魔力の強さを見ることができるんだ」
魔力を「見る」ことができる。正確にはその強さだけれど。そんな人はじめて見た。……やっぱり私にはわからない。思わずまじまじと見てしまうと、メルディケ様は苦笑してしまった。