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1 出立の日

『この子は私たちの愛おしい子よ』


 深い眠りから意識が浮上していく感覚がする。長い、本当に長い夢を見ていた。まだ記憶は混乱しているけれど、でも……。


 目を開けると柔らかな朝の光が窓から降り注いでいた。まだぼんやりとする頭で周りを見渡すと、すぐ横にお父様がいることに気が付いた。


「お父さん……?」


 いくら待っても返ってこない返事にやっぱり、と思う。ぐっと悲しみが胸に迫ってくるけれど、お父様の想いを無駄にしないためにもいかないと。今の私にも使える簡単な魔法でお父様の体を軽く浮かせる。そのまま庭へと運んでいった。


「こんなものかな……」


 お母様のものに比べると少し不格好かもしれないけれど許してほしい。木札にお父様の名を刻むとお父様とお母様、二人に向かって手を合わせる。今まで本当にありがとう、どうか二人で安らかに眠ってください。


 一度家に戻り身支度を整える。そうだ、指輪は絶対に忘れてはいけない。荷物は必要最低限に抑えて私は今まで生まれ育った家を出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ど、どうしたらいいの……。どうしてこんなことに。思わずぎゅっと指輪を握りしめる。けれどこの状況が変わることはなかった。


「ぐるぅぅぅ」


「ひっ」


 ま、まさかこんなにウルフに囲まれるなんて……。お父様が危険だからって戦わせてくれなかったウルフ。それが今1、2、3……。じりじりとこちらに迫っていている。


「助けて、お父様……」


 ぐっとウルフたちがこちらへととびかかる準備に入る。もう嫌! 涙で歪む視界で、それでも必死に杖を構える。私、まだ全然うまく魔法を使えないのに!


「ひ、火……って、え?」


 ざしゅっと音がする。まさに今、火魔法を当てようとしたそれが切り裂かれ、その血しぶきが私に降りかかって。降りかか……、そっと自分のほほに触れる。ぬるりと嫌な感覚が。


 ああ、もう無理……。消えていく意識の中、男性の慌てたような声が聞こえてきた。




 ことことと湯が沸く音がする。周りには何を言っているかは聞き取れないけれど、人の話し声。最近はずっと静かなところにいたからかな。他の人が出す音になんだかほっとする。あれ、そういえばここは?


「おや、目が覚めましたか?」


 穏やかな声が聞こえる。そちらを見てみると声のとおりに優しく微笑む男性が。えっと、誰?


「気分はどうかな?」


「気分、ですか?

 たぶん大丈夫、です」


 戸惑いながらも答える。この人が誰かはわからない。でも、私のことを本当に心配してくれているのがわかるから、きっと大丈夫。それにしてもお父様とお母様以外の人なんて初めて見る……。この人は何をかけているんだろう?


 私がぼーっとしている間にも質問しながら何かを確認していく目の前の人。そして一つうなずくと大丈夫そうだね、と安心したように微笑んだ。


「あの、あなたは……?」


「おや、これは失礼しました。

 私はニコラ・ルルスラ。

 グミディード王国第4騎士団ミルサール隊に所属している医務官になります」


「グミディード王国……?

ここはグミディード王国なんですか?」


 ぱっとルルスラと名乗った人の顔を見る。私、グミディード王国に来れたの? お父様が困ったことがあったらこの国に向かえと言われていたから向かってはいたんだけれど……。これは良かった、と言っていいんだよね。


「あなたの名前を教えてもらってもいいですか?」


 あ、誰かに名乗るなんてしたことがなかったから忘れていた。


「べ、ベリアです」


 言ってからしまった、と思った。ベリアはいつも呼ばれていた愛称。本当はもう少し長いんだけれど、とっさだったからつい。そんな私の様子をルルスラさんはどこまでも優しく見守ってくれていた。


「ベリアさん、ね。 

 君はどうして魔の森にいたのかな?

 保護者の方は?」


「あ、あの、えっと、いつの間にかあそこにいたんです」


 いつのまにか、うん嘘ではない。いつの間にか、というよりも生まれたときからいたのだけれど。そんな私の言葉にルルスラさんは明らかに困惑した顔をしている。


「保護者の方は……?」


「お、お父様とお母様はもう……」


 ジワリと涙がにじんでしまったのは仕方がないよね。そうだよ、まだお父様が亡くなってからそんなに経っていないのだもの。ルルスラさんはそうか、と一言いうと私の頭を優しくなでてくれた。


「お、目が覚めたみたいだな。

 大丈夫そうか?」


「隊長……」


 この声、どこかで聞いた気がする。ぱっと声の方を見ると何人かの人がそちらにはいて、その中のがっちりとした体格の男性がこちらに向かってきていた。うう、人が多いよ……。

 

 ルルスラさんはその男性の方へ向かうと何かを話し始めた。その間もこちらを見ていた男性はなんだか何とも言えない表情でこちらを見ている? 少しすると話しが終ったようで二人してこちらへとやってきた。


「まだ顔色が優れないようだが大丈夫か?」


「は、はい」


「すまなかった、うまく助けてあげられなくて」


「助けて……?

 もしかして、あの時ウルフから助けてくださったのはあなたですか?」


「ん?

 そうだよ。

 その直後に気を失ったみたいだから焦ったよ」


 ははっ、と笑うその男性。その笑みはやさしさにあふれていて、ようやく私は力を抜くことができた。


「助けていただきありがとうございました」


「いいや、それが俺たちの仕事だからな。

 君が無事で何よりだ。

 っと、名乗るのが遅れたな。 

 俺はイオズナ・ミツサール。

 ミツサール隊の隊長だ」


「ミツサールさん……」


「さて、これからどうしようか。 

 ひとまずベリア、いろいろと聞いても大丈夫か?」


「は、はい」


 気分が悪くなったらすぐに言ってくれ、と心配そうにいいながらいろいろと聞かれていく。それを答えられるものだけ答えていった。改めて名前とか両親のこと、年齢その他もろもろ。名前のことはいっそベリアで通した方がいい、そう思いなおしてそのままただベリア、と名乗った。そして最後にこれからどうしたいかを聞かれた。


「君はまだ子供だ。

 できたら俺が保護したいがどうだろうか?」


「保護、ですか?」


「ああ。

 家には君と同じ10歳の娘もいる。

 仲良くなれるのではないかな」


 何か困ったらグミディード王国に行け、そう言われてもこの後どうしたらいいのかわからない。なら、いいのかな。この人の言葉に甘えてしまっても。どうしよう、それを深く考える前に私はうなずいていた。


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